第84話 理解(魔女サイド:08)

 迷いの森から抜ける直前、モタはずっとそわそわしっぱなしで、こんな独り言まで呟いていた――


「セロと会ったらどうしよ」

「とりあえずごめんなさいするのは確定で……」

「でもでも、何だか恥ずかしいから、先におけつ・・・でも破壊しようかなあ」

「そいでセロが悶えて弱ってるとこにごめんなさいすれば、簡単に許してくれるかも……にしし」


「「いやいや、待て!」」


 そんないかにも不審な呟きに、夢魔サキュバスのリリンと高潔の元勇者ノーブルは同時にツッコミを入れた。


 仮にも魔王におけつ破壊の闇魔術など放とうものなら、その場で三人とも死刑確定となってもおかしくはない……


 だから、リリンが「はあ」とため息をつきつつも、当然の疑問を呈した。


「モタ。何でそうなるのさ?」

「何でもなにも、セロならおけつぐらい破壊しても許してくれるよ」

「あのさあ、モタ。百歩譲って、勇者パーティー時代はそうだったかもしれないけど、魔王となった今でも同じとは限らないだろう?」

「うーん……そうなもんかな?」


 そう言って、モタはノーブルにちらちらと視線をやった。人族から魔族に転向した身としてアドバイスを求めたのだ。


「さすがに人によるとしか言いようがないな。少なくとも、魔王セロに関する悪評はほとんど聞いたことがない」


 ノーブルがそう答えると、モタは胸を張って、「やっぱ、いけるんじゃね?」と改めて主張した。


 ここにきて、さすがにノーブルも不穏な空気を感じ取ったのか、ためしにモタに質問を繰り出した。


「そもそも、私は魔王セロを詳しく知らないのだ。今回、君たちに同行しているのも、それこそ知る為だと言っていい。まず、魔王セロはどんな外見をしているのだ?」


 その問いに対して、モタはどこからともなく青年の神官・・・・・の手を引っ張って連れてきた――


「こんな感じの神官服をいつも着て、何だか優柔不断そうに見えるけど、やるときはきちんとやって――」


 というところで、リリンがあんぐりと口を大きく空けていたので、モタは首を傾げた。


「どうしたのさ、リリン?」

「い、いや、その……モタの隣の神官は、いったいどこから連れてきたんだ?」

「え? そこらへんにいたけど?」

「たしかモタの師匠って、召喚士だったよな?」

「そだよー。術師っていうんだけどね」

「じゃあ、その亡者・・・・も今、召喚したわけか?」

「ほへ?」


 瞬間、モタは隣の青年を仰ぎ見た。


 今、まさに生ける屍リビングデッドがモタに噛みつこうとしていた。


「ぎゃあああ!」

「キャアアア!」

「うわあああ」


 リリンも、ノーブルも、むしろモタの絶叫に驚かされた。


 夕日が落ちて暗がりだったので、気づくのが遅れたが、迷いの森の入口付近には無数の亡者が徘徊していた。西の魔族領こと湿地帯よりも遥かに多い……


 これにはさすがのモタも仰天して、腰を抜かしかけたが、元神官の喰屍鬼グールはというと、ノーブルによって一刀両断された。


 一方で、モタは尻餅をついたまま、器用に後ずさってリリンに抗議する。


「何で北の魔族領に、こんなに生ける屍さんたちがいるのさー?」

「いないよ。さすがにこの状況はおかしい」


 リリンは憮然とした表情で答えた。


 ノーブルはそんな二人を尻目に、さらに襲いかかってくる生ける屍たちを横薙ぎで一閃してから冷静に周囲を観察した。


「どうやらこれは自然発生したものではないな。そもそも、この生ける屍には魔核がない。つまり、召喚されて現れ出た者たちだ」

「では、召喚士がどこかにいるということか?」


 リリンがノーブルにそう尋ねると、今度はモタが頭を横にぶんぶんと振って答えた。


「召喚されたにしては何だかおかしいよ。ていうか、魔力マナの波長が変だ。何だろう……ここで召喚されたんじゃなく、どこか遠くから転送されてきたような感じがする……んー、だけど、よく分かんないなあ」


 もっとも、モタの一言で、ノーブルはふいに思い出した――


 実際に、ノーブルはおよそ百年前にこの場所に流刑されたのだ。


 その出来事がまるで昨日のことのようにまざまざと脳裏を過った。しかも、それ以降、なぜか王国の流刑者は呪人となってここによく飛ばされてくる。


「モタ、それにリリンよ。これは法術による転送だ! おそらく王国からやって来ているのだ!」

「「王国から?」」


 二人は声を合わせて驚いた。


 なぜ王国から生ける屍がこんなに大量にやって来るのか。そんな馬鹿なとは思ったが、ノーブルがそんな身も蓋もない話をいきなり切り出すとも思えなかった……


「今は転送先となっている場所を割り出すことが先決だ! 元を断たないと、永遠と湧いて出てくるぞ!」


 ノーブルの提案に、モタは「らじゃ!」と応えて、祝詞が微かに流れてくる方向を確かめた。


 どうやら岩山のふもとあたりが怪しそうだ。だから、そこに通じる道を作る為に、モタが炎の大魔術で亡者たちを焼こうとすると、急にノーブルに片手で制された。


「範囲魔術は使うな」

「どしてさ?」

「敵を見定める必要がある」

「んー……どゆこと?」

「宙にコウモリ、それに加えてヤモリやイモリがいるのが見えるだろう?」

「ええと……いるね。たしかに何匹も」

「あの三種族がさっきから共闘して、生ける屍どもを追い払っているようだ」


 たしかにノーブルの指摘した通りだった。


 生ける屍たちよりも圧倒的に強者のコウモリ、ヤモリやイモリたちがいて、畑方面に入れまいと一生懸命追い払っている。


「あれは本来、岩山の洞窟に生息している魔物モンスターたちだ」


 すると、リリンが説明を付け加えた。


 とはいえ、なぜ魔物たちが畑を守っているのかが理解できない。モタは首を傾げてリリンに尋ねる。


「あの畑はモンスターハウスなの?」

「違う。母さんが育てていたトマト畑だ」

「なぜ魔物たちが守っているんだろ?」

「私に聞くな。こっちだって知りたいぐらいだよ」


 もっとも、モタにはもう一つだけ理解出来ないことがあった――


 モタでも倒すのに相当苦労しそうなほどに強いコウモリ、ヤモリやイモリたちなのに、なぜか亡者たちを倒さずに追い払っているのだ。まるで縛りプレイでもしているかのようだ。これにはさすがにモタも眉をひそめるしかなかった。


 だが、ノーブルが「もしかしたら――」と一応の答えを出す。


「あの畑を守っているのだとしたら、土壌汚染を嫌っているのかもしれないな」

「生ける屍をその場で倒すと土が腐っちゃうから?」

「そういうことだ。さらに汚れた土壌からは亡者がまた湧き出す。清める為には光系の魔術か法術が必要だが、ここは魔族領だ。光系を得意とする者など、そうはいないはずだ」


 モタも、リリンも、納得がいった。


 となると、モタの出番だ。亡者は焼くか、清めるかのどちらかと相場が決まっている。


「コウモリさんに、ヤモリさん、イモリさん、下がっていて!」


 モタはそれぞれに視線をやった。


 そのとき、モタは不思議と懐かしさを覚えた。


 コウモリたちが纏っている空気――それがモタのよく知っているものによく似ていたのだ。


 忘れるはずもない。これは間違いなく、セロの『導き手コーチング』だ。ということは、この子たちは単なる魔物じゃない。もしかしたら、セロの友達なのかもしれない……


 そんなふうにしてモタと魔物たちはなぜか一瞬で通じ合った。魔物たちは一斉に引いていく。しかも、畑に被害が出ないようにと、ヤモリは土魔法で高い壁を作った。


「キイ」

「キュイ」

「キュキュイ」

「らじゃ! じゃあ、行くよー!」


 もっとも、その光景にリリンは首を傾げた。


 なぜモタは魔物たちとすぐに理解し合えたのだろうか。まあ、モタはちょっとばかしパーなところがあるからいいかと、リリンは納得するしかなかった。


「『火炎暴風ファイアストーム』!」


 モタは無詠唱の大魔術で一気に焼き払っていった。


 コウモリ、ヤモリやイモリたちはそれを見て、「キイー!」、「キュイ!」、「キュッキュ!」と声を合わせて喜んだ。


「えへへー。もっとほめてほめてー」


 と、モタがデレていると、今度は岩山のふもとに不死将デュラハンと妖魔将バンシーまで転送されてきた。


 これにはさすがにモタも「げえ」と、げんなりした顔つきになった。


 が。


 デュラハンはノーブルの一太刀であっけなく消えて、バンシーもコウモリたちの超音波でこれまた跡形もなく失せた。


 それでも、亡者たちの転送は止まらない。


 これにはさすがにモタも、リリンも、「切りがないよ」と根を上げたくなってきた。


 すると、ノーブルがまた提案してくれた。


「岩山のふもとあたりに転送先の出口があるはずだ。あのあたりに『炎獄』などの火炎系の設置罠を置いてみたらどうだ? そうすればずいぶんと楽になると思うのだが?」


 さすがはノーブルだと、モタも感心した。


 そして、どうせならふもと一帯を溶岩にでもして、亡者が湧いた先から全て焼き尽くされるようにでもしちゃおうかと、モタは腕まくりで杖を高々と上げてから呪詞を謡い始めた。


 無数の魔術陣が岩山のふもとに展開して、それが術式を発動しようとするも――


「あ、やば……」


 モタはそう呟いた。


 幾つかの円陣がガタガタと怪しく揺れているのだ。


 その様子を見て、リリンが「あちゃー」と額に片手をやった。ノーブルも冷静に、「これは暴発したな」と遠い目をした……


「そんなこと言ってないで、助けてー」


 モタは涙目になった。


 調子に乗ってごめんなさいと素直に謝りたかったが、今は制御をわずかにでも崩すととんでもないことになる。どれだけマズいかというと、下手をしたら畑も、迷いの森も、一緒に大火事になりかねない。


 これにはコウモリやヤモリたちも大慌てで、イモリたちはすでに血反吐のプールにスタンバイして、水魔術で何とか消火する手筈を整えている。


「もうダメー」


 モタの悲鳴が上がった。


 当然、「ああー」と、その場にいた全員が頭を抱えた。


 その直後だ――


「やれやれ、おぬしは相変わらずじゃのう。手が焼けるわい」


 モタとノーブルはその声で振り向いた。


 なぜなら、そこにはなぜか巴術士ジージが呑気に杖を突きつつ散歩していたのだ。



―――――



近況ノートの23年8月27日投稿分、『トマト畑』非限定SS「じじさんぽ」にて、この話のサイドストーリーを書いています。よろしければどうぞ。

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