第78話 バーバルは追憶する(勇者サイド:13)

「ぎいあああ――っ!」


 と、大神殿の研究棟の一室では、数日ほどずっと、情けない悲鳴が上がっていた。


 バーバルに人工人間ホムンクルスになる為の手術が施されているのだ――たとえ四肢を切断しても法術で治せるとはいえ、バーバルの口に猿轡をかませて寝かせ、その手足を寝台に固定して、大脳などの中枢神経、心臓やマナ経路以外は全て、竜、獣人や魔獣モンスターの肉体や、それらを加工した物などに置き換えていく施術だ。


 せっかくの猿轡もたびたび歯で千切られ、はたからすると、最早狂気の沙汰にしか見えない……


 もちろん、法術によって、『止血』、『麻酔』や『睡眠』、もしくは精神を落ち着かせる効果が定期的に与えられているものの、それでも眼前で己の肉体が変わり果てていく様をまざまざと見せつけられるのは悪趣味な拷問以外の何物でもないだろう。


 これまで幾人もの人族や亜人族に施されて、ほとんど失敗してきた凶悪な改造手術ではあったのだが、勇者適合者は初めてということもあって、黒服の神官たちも嬉々として、より一層の気合いが入っていた……


「被験体666号への魔核の移植が成功しました」

「竜燐の再生も順調です」

「ジョーズグリズリーの腕が適合できません!」

「ならば切り刻め。どのみち幾らでも回復出来る。この人族の被験体はなかなかに優秀だ。いっそどこで壊れるか試したいぐらいだよ」


 と、バーバルが泣こうが、喚こうが、叫ぼうが、嘆こうが、一切の容赦も躊躇もなく、その肉体を無造作に切断かつ縫合しては化け物キメラへと着実に変えていく。


 それでも、高い耐性のせいで最も効きづらかった『睡眠』によって、バーバルもやっと、うつら、うつらと、現実と夢との境、あるいは現在と過去との狭間を彷徨い始めた――


「俺は高潔の勇者ノーブルを目指す」


 野外でのキャンプ中に焚火を囲んで、バーバルがそう語ると、セロが続いた。


「じゃあ、僕は賢者になってみようか」

「ふーん。じゃ、わたしは王国随一の魔女だねー。いつかこの王国を爆破しちゃうぜい」

「勘弁してくれ、モタよ。お前は魔王にでもなるつもりか?」

「でも、バーバルが勇者、僕が賢者になるよりも、モタが王国を爆破する方がよっぽどしっくりとくるんだけどね」

「にしし。というわけで、王国爆破の礎として、早速二人にはおけつ爆破の実験体になってもらいましょー……って、あれ? バーバルどこ? いなくね? 本当、こういうときだけ逃げるの早いよねえ」


 思い返せば……散々な冒険者時代だった。


 モタはハーフリングのくせに確実に当代随一の魔術師になり得る才能を持っていた。


 セロにしても法術が使えないくせして、一緒にいると不思議と力がみなぎって、難易度の高い依頼クエストでも必ず成功に導いてくれた。


 また、たまにゲスト参加するモンクのパーンチも、パーティーにはあまり向かないものの、もとからかなり強く、個人で幾度か手合わせして完敗を喫することもあった。


 バーバルが立ち上げたパーティーのはずなのに、結局のところ、バーバル自身はその引き立て役でしかなかった。だから、セロやモタからモンスターの止めを譲られると、わずかに胸が痛んだものだ……


 ただ、それでいいと思っていた。


 セロやモタを背にして戦えることが誇らしかった。


 それに仲間の為に尽くすことがパーティーのリーダーの役割なのだと、冒険者時代のバーバルはずっと自身に言い聞かせ続けた。


 何より、バーバルは所詮、自分が三流冒険者でしかないことをうっすらと自覚していたし、一流もしくは本物というのは、英雄へーロスや高潔の勇者ノーブルのように決して手の届かない頂きにいるのだと認めていた。


 もしかしたら、セロやモタはその域にまで手をかける可能性があるかもしれない。だが、バーバル自身は無理なのではないかと、セロやモタの活躍を見るたびに痛感して、半ば諦めかけてしまっていた……


 それが悔しくて、虚しくて、哀しくて、幾度もキャンプで寝付けずに泣いた。


 自分だけが独りで取り残されていく焦燥にじっと身悶えた。


 そんなときだ。


 眠れなかったのでキャンプの火の番を買って出て、モンクのパーンチと代わろうとすると、心中でも見透かされたのか、こう言われたことがあった――


「なあ、バーバル。凡人が百回努力してやっと出来ることを、天才はたった一回でやり遂げてしまう。同様に、凡人が万ほど努力しても全く出来ないことを、天才は十ほどで軽々とこなす――才能ってやつは無慈悲だよ。残念だが、オレもテメエも凡人だ。だから、覚悟だけは決めておけよ」

「いったい……何の覚悟だ?」

「大切な仲間から離れていく覚悟さ。天才の足を引っ張って、その将来を邪魔したくはないだろう?」

「…………」


 バーバルはその思いを胸に秘めて王都に着いた。


 もっとも、どうやら神はバーバルを見放さなかったらしい。セロが賢者になるよりも、モタが大魔術師になるよりも先に、バーバルこそが勇者として聖剣に選ばれたのだ。


 その瞬間、バーバルは名実ともにパーティーの主役となった。


 それが全ての過ちだったとも知らずに。


 結局、物語はそんな凡人バーバル天才セロを見放したところから始まって――


「ぐげえええ――っ!」


 と、上体の半分をまた切断された痛みで、バーバルはふと目を覚ました。勇者になって得られた様々な耐性のせいで、『麻酔』などろくに効いてもいなかった。


 大神殿の端の暗がりでは、いつまでも悲痛な叫びが轟いていた。もう一度セロやモタに近づく為に。今度こそ、頂きに手をかける為にも――バーバルは人であることを捨ててまで、獣のような咆哮を上げ続けたのだった。

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