第73話 迷いのトマト畑
「出来るのが早すぎるんじゃないかな……」
セロは目が点になっていた。
何せ、昨日着工したばかりの温泉宿泊施設がもう完成していたのだ。
いや、たしかに魔王城を数日で改修した皆の力を考えれば、温泉宿泊施設ぐらいそこまで労せずに出来るかもしれないなあ、なんてセロも気軽に思っていた。
だが、あまりに早い。人族なら優に数か月はかかってもおかしくない建築工事のはずだ。
もっとも、これには一応の理由がある――そもそも、今回も無数のコウモリ、ヤモリやイモリたちが加わったし、迷いの森で暇をしていたダークエルフたちがほとんど出てきて手伝ってくれた。さらにはルーシーの熱い
疲れようが、眠かろうが、怪我しようが、あるいは死にかけようが、ぽわんと勝手に治っていく上に、
これで早く出来ないはずがなく、今は細かい内装と、あとは
「そこはパカっと、魔王城前の岩肌が割れてセロ様を発射するカタパルトが出てくるようにしたいですね。
通路のはずなのに、何だかおかしなことをエメスが言っていたのでセロはやや首を傾げた。
「そこの畑になっていない更地は射出口にする予定です。地下の格納庫からセロ様をリフトアップ出来るようにしましょう。
通路のはずなのに、さらにおかしなことをエメスが言っていたのでセロはしだいに不安になってきた。
「最終的には魔王城が浮かぶ仕様にしたいわけです。上空からセロ様が投下されるイメージを皆で共有してください。これで勝てます。
何に勝つのかなという以前に、地下通路のはずなのに魔王城が浮かぶとか言い始めていたのでセロはもういっそ理解することを止めた。
まあ、一応はダークエルフの近衛長こと現場監督エークやその右腕こと人狼メイドのトリーが関わっているから、そこまでおかしなことにはならないと信じたい……いや、無理かな。むしろ、悪乗りしそうだ。
「それより、セロよ。封印が先ではないのか?」
ルーシーにそう指摘されて、セロはやっと現実に引き戻された。
エメスについ振り回されそうになったが、今はちょうどドルイドのヌフと封印について打ち合わせ中だったのだ。聖剣を触媒にすることが決まったので、あとはどの箇所に、どれだけの規模の封印をかけるかという話になっている。
もとはといえば、王国が北の魔族領に侵攻してくる際に、北の街道上に防衛拠点が一つもないことをセロが憂慮して、わざわざ封印を施そうとなったわけだ。
ということは、新たに出来た温泉宿泊施設の手前あたりの道に封印をかけて、迷いの森同様に惑わすことが出来ればいい。
ただ、これには問題が一つだけあった――
森や暗がりの通路などとは違って、街道なので視界が完全に開けているのだ。これでは幾ら封印を施しても、せいぜい蜃気楼が生じる程度で大した効果が発揮されないらしい……
「それでは迷いの森と同じく、ここにも人面樹や植物系
ヌフがそう提案してくれたが、セロは頭を横に振った。
北の街道に怪しげな森が急に出来れば、やって来る者は警戒するし、当然迂回していくだろう。
そうなると結局、さらに人面樹などを増やして迂回ルートを潰すしかなくなる。これではいたちごっこだ。
しかも、最悪の場合、冒険者に討伐依頼が入ってかえって悪目立ちするかもしれない。それこそセロの求めるところではない。
「森が駄目なら、山か湖にでもするか?」
ルーシーがそう言ってくれたが、やはり同じことだった。
ヤモリやイモリたちがいるので、それほど苦労せずに地形は変えられそうではあるが、結局はこれまた迂回ルートに進まれるだけだろう。時間稼ぎにしかならない。
「要は、侵攻してくる人たちにあまり警戒されずに入ってきてくれるような場所で、しかも森のように見通しがきかなければベストなんだけど……」
セロが首をひねりながら言ったら、ルーシーも、ヌフも、いかにも「それなら簡単な話だ」といった顔つきになった。
だから、セロが「ん?」と眉をひそめると、セロの付き人ことダークエルフの双子ドゥがセロの神官服の袖をちょいちょいと引いて、遠くの方に指を差す――
そこには赤々としたトマト畑が広がっていた。
「そうか! トマト畑か!」
もっとも、本格的にトマトを栽培する必要はないだろう。
畝を作って、そこに挿し木をして、蔦なり草葉なりで視界を遮ってしまえばいいのだ。
何なら、真っ直ぐに伸びる北の街道に幾つものカーブや分かれ道を設けて、その周辺をトマト畑にしてしまえばいい。いわゆる田園が広がる田舎道風というやつだ。
そうと決まると、これまた着工は早かった――
地下通路の掘進と地盤工事もすでに終えて一息ついていたヤモリたちが一斉に動き出してくれたからだ。
そして、ドゥやディンが測量を行って、ヤモリを中心にして新しく道路を作り直して、吸血鬼たちも人面樹などと戦って怪しげな蔦などを持ってきてくれた。その報酬として新しい畑の一部を吸血鬼たち用のトマト畑に指定したら、とても喜んで開墾してくれた。
最後に、ヌフが聖剣を触媒にして封印を施すと、あっという間に『迷いのトマト畑』といった開放型ダンジョンが完成した。ついでにヌフには魔王城自体にも認識阻害をかけてもらった。
「さすがはドルイドだな」
ルーシーは「ほう」と感心しきりだった。
認識阻害を扱える者にとっては、それがどれだけの大魔術なのか一目で分かるらしい。
まだ魔術に不慣れなセロにはよく分からなかったが、それでも目の前にあった魔王城が小山ごとごっそりと消えたわけだから凄いことだけはよく伝わった。
こうして、魔王城は着々と新しい姿に変わっていったのだった。もっとも、セロたちは知る由もなかった。北の街道沿いではなく、この日の夜のうちに岩山のふもとから招かざる客が大量にやって来ることなど――
深夜。岩山のふもとに
まず、一匹。次に一匹と――しだいにその数は増えていく。とはいえ、たかが数匹では戦力にはならないので、亡者たちはふもとに着くと、そこでいったん地に還った。第七魔王こと不死王リッチの全員突撃の号令が出るまで、地中に潜伏することにしたわけだ。
ただし、ここでセロとリッチ双方にとって不幸な事態が起こった。
「キイ?(あれは何だ?)」
「キイキイ?(亡者じゃない?)」
「キキ!(倒そー!)」
と、夜行性のコウモリたちが生ける屍を襲ってしまったのだ。
当然のことながら、このコウモリたちも土竜ゴライアスのもとにいたモンスターなのでやたらと強い。一匹が発した超音波だけで生ける屍たちはほぼ倒されてしまった……
「キイイ?(雑魚じゃね?)」
「キー(あんなもんでしょ)」
そんなこんなでコウモリに雑魚認定された亡者たちは、蟻や羽虫程度に認識されて、特にセロに報告されることもなかった。
また、リッチもまさか送った先からほぼ瞬殺されていたとは夢にも思っていなかっただろう。こうして、王国と第七魔王国によって、第六魔王国にこっそりと仕掛けられたはずの戦争は、初手から無邪気な殲滅という結果で何と言うこともなく片付けられてしまったのだった。
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