第69話 温泉宿泊施設建築

「行きます!」

「……す」


 そう言って、ダークエルフの双子のディンとドゥが左右からそれぞれ跳びながらやって来た。どうやらその歩数で距離を測っているらしい。ディンとドゥがしゃがみ込んで、歩数を石灰で地面に書き込んでいる。


 測量を終えた箇所はすでにヤモリたちが土魔法で地面を掘って平らにしている。木材もすでにダークエルフたちが迷いの森から伐採して持って来ていて、魔王城の修繕をしていた面々が半分ほどこちらに加わって、ダークエルフのリーダーこと近衛長エークや人狼メイドのトリーを中心に色々と指示を出している。その説明が的確なので、作業の手際がとてもいい。


 まさにダークエルフにおんぶにだっこで、しかも畑で取れるトマトや野菜の現物支給だけだから、いつかはきちんと恩返ししないと駄目だなと、セロは改めて考え直した次第だ。


「さて、次の場所はと――」

「……はと」


 ディンとドゥの測量も終わりかけている。


 このまま順調にいけば、セロはまた現場監督という名の仰け反り座り係をやらされそうな予感がしたので、とりあえず遠くにいたルーシーのところに逃げることにした。


 すると、そこではルーシーがメガホンを持って檄を飛ばしていた。


「いいか。貴様らは蛆虫だ! 最低最弱の鬼どもだ! 棺桶で寝ることしか能がない劣等種だ!」


 ルーシーの前にきれいに整列しているのは、いつぞやの攻め込んできた吸血鬼たちだった。ブラン公爵がいなくなったので、いつの間にかルーシーに鞍替えしていたらしい。


「だが喜べ! そんな貴様らに仕事をくれてやる! 死ぬ気で働け! 無様な姿を見せた者はその胸の中心に杭が打たれるものと知れ!」


 あまりにもどこかの軍曹ばりに鬼教官的なことを言っていたので、セロはつい遠い目をした。


「ルーシー……何だかすごい気の入れようだね」

「うむ。セロか。ちょうどよかった。紹介しておこう」


 ルーシーはそう言って可愛らしい笑みをセロに浮かべてみせると、一転して無表情で眼前の吸血鬼たちを指差した。


ていのいい奴隷どもだ。是非とも死ぬまでこき使ってやってくれ」


 ルーシーの白い歯があまりに眩い。そういえば、吸血鬼って真祖とか公爵とかの階級があるから、結構がちがちなヒエラルキー種族なのかなとセロはふと思った。


「おい、貴様ら! 雇い主に対する挨拶はどうした?」

「サー! イエッサー!」


 セロはその鬼気迫る様子に押されかけて、ついつい「これからもよろしくね」と言ってしまった。そのとたん、吸血鬼たちが『救い手オーリオール』によるオーラに包まれた――


「おお! 力がみなぎってきたぞ!」

「眠気が吹き飛んでデスマーチだってできるぜ!」

「ルーシー様に踏まれたい……エメス様になじられたい……」

「「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」


 そんな感じで数百の吸血鬼たちが勝手に配下になってしまった。


 ドルイドのヌフに頼んで、迷いの森の入口あたりで日当たりの悪い場所に棺をたくさん置かせてもらった。しばらくはそこが吸血鬼たちのベースキャンプになりそうだ。


 不思議なことに、植物系魔物と吸血鬼は共存共栄出来るようで、あまり襲われることもないらしい。少なくとも、ベースキャンプを作って吸血鬼が群れていたら、まず手を出してはこないとのこと。さすがに詳しくはないが、花と虫のような関係なのかもしれない。


 そんなベースキャンプ設立に協力してくれたヌフと一緒になって、セロはまた溶岩坂下に戻ってきた。その途中で、ヌフが魔王城に掛ける予定の封印について説明してくれた――


 そもそも、封印と認識阻害は似て非なるものだ。


 まず、封印とは文字通りに物や場所に掛けて、手に入らなく、またはそこに入れなくする。だから、場所のときはあるべきところに入れないので迷うことになる。


 逆に、認識阻害とは認識を巧妙にごまかしたものに過ぎない。だから、実際には手に取ることも、入ることも可能だ。そういう意味では、封印よりも認識阻害はお手軽とも言える。


「というわけで、魔術としては封印の方が高度なので、術式には触媒となる物が必要になります」

「触媒かあ……何か良い物あったかなあ」

「ちなみに迷いの森ではダークエルフに伝わる秘宝が触媒とされています。その触媒が盗まれたり、失われたりすると、封印は一時的に解けてしまいます。また、その触媒を通じて、封印の入り・切りの切り替えも可能になります」


 セロは「なるほどなあ」と相槌を打って、触媒となるような宝を検討した。


 そんなタイミングでちょうどルーシーが吸血鬼たちに指示を出し終えたのか「ふう」と息をついて満足そうに戻ってきた。


「ほう。触媒になるような宝が入用だと?」

「うん。宝物庫が空だったから、ルーシーの方で何か持っていないかなと思ってさ?」

「目の前にあるではないか」

「え?」

「真祖トマトだ」

「…………」


 セロが無言になると、ヌフが「さすがに生ものはちょっと……」と否定してくれた。


 すると、ダークエルフや人狼たちに仕事を全て任せたのか、人狼メイドのトリーがやって来て話に加わった。


「それでは、セロ様のピラミッド衣装は如何でしょうか?」

「たしかに悪くはないんだけど、あれは万が一お金がどうしても必要になったときの為に換金用に取っておきたいんだよね」


 セロがそう答えると、今度はエークが割り込んできた。


「ならば、セロ様像は如何でしょう?」

「え? 作るのを止めていたんじゃなかったの?」

「はい。止めております。ただ、首から下は完成しているのです。あとは金(きん)でセロ様のご尊顔を作り上げるだけだったのですが……」


 何だそのアンバランスな石像は……


 と、セロはツッコミを入れたかったけど、何にしても触媒としては向いていないとヌフに指摘された。


 そもそも、迷いの森では秘宝が触媒になっているように、なるべく目立たない物が適しているとのこと。まあ、セロ様像じゃ目立ちすぎるからね。特に首から上がないんじゃなおさら……


 そのときだ。


 どこからともなく、てくてく、と足音がした。


 ドゥが聖剣を持ってきてくれたのだ。もっとも、後ろから人造人間フランケンシュタインエメスがお魚咥えた猫を追いかけるみたいに、「待てー」と言っているけど。


 ともかく、セロはドゥから聖剣を受け取った。たしかに二束三文の剣ならばちょうどいいのかもしれない。新しく出来る温泉宿泊施設にでも飾っておけば、簡単にはバレないだろう。何なら、施設に武器コーナーでも作って紛らわせておけばいい。木を見て森を見ずになるかもしれない。


「よくやってくれた。ありがとう、ドゥ」


 セロはドゥをなでなでしてあげた。「むふー」とドゥも自慢げだ。


 一方で、エメスは不満顔だったが、温泉施設まで地下の研究所から直通の通路を作ってあげるという話で了承してくれた。たしかに、魔王城の地下から階段で上って、門から出て、岩山の坂を下りてぐるっと畑を回って来るのは相当に面倒だ。


 何はともあれ、こうして王国の至宝こと聖剣が第六魔王国の封印の触媒として、温泉施設に飾られることになったのだった。

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