第68話 お金がない
セロはまたもや困っていた……
何しろ、この魔王城にはろくにお金がないのだ……
普通、魔王城といったら金銀財宝を山のように貯め込んでいそうなものなのだが、なぜか一文も見当たらなかった。
もちろん、セロにはアイテムボックスがあるので、そこに神官職時代の給金がそこそこ残ってはいるが、そうはいっても今後の収入がなければ使いづらい。そもそも、そんな微々たる給金程度で一国の財政を支えられるとも思えない。
これにはさすがにセロも困って、ルーシーに相談したのだが、
「そもそも魔族はいちいちお金など持たないぞ。
「じゃあ、普段、お金が必要なときはどうしていたのさ?」
「略奪するに決まっている」
「…………」
さすがは魔族。王国の荒くれ者よりもよほど
「じゃあ、この魔王城はいったいどうやって作ったのさ?」
「ふむん。セロはいつから呆けたのだ?」
「え?」
「今回だって、配下が
「…………」
セロはまた無言になった。
勝手かどうかは価値観の違いだと信じたいが、たしかに配下が汗水流して積極的に改修してくれた。
ここに至ってセロはさすがに天を仰いだ。何となくボランティアに甘えてしまっていたが、よくよく考えてみたら、真祖トマトの現物支給だけで皆が嫌な顔せずやってくれたわけだから、これ以上ないブラック魔王国ここに極まれりといったところだ……
とはいえ、力のある者が欲しいと願えば、配下が我先にと差し出すのが魔族の慣習らしいので、ルーシー曰く、お金の心配をした魔王なぞセロが初めてだとのこと。
「じゃあ
「知らん。あれはこの城のどこかに置いてあったものではないか?」
ルーシーも首を傾げたので、近くにいた人狼の執事ことアジーンを捕まえた。少なくとも財産の管理に関してルーシーは全く当てにならなそうだ。ここは家宰に頼るしかない。
「はい。
「保管って……いったい、どこにあったのさ?」
「もちろん、宝物庫でございます」
「宝物庫!」
セロはついその甘美な響きに声を上げた。
早速、アジーンに頼んで行ってみる。魔王城は入口の広間から階段を上がってすぐのところに玉座の間があって、そこにある隠し扉の一つを開けると、たしかに宝物庫に繋がっていた。
だが、肝心の宝物は一切なかった。見事にすっからかんだ……
「ダメじゃん」
セロは四つん這いになってがっくりとした。
すると、ルーシーが例によって首を九十度ほど傾げた。
「こんなに何もなかったか?」
「いえ。おそらく、妹君が家出なさった際に持ち出されたのかと」
アジーンがそう答えると、セロはぴくんと反応した。
「へえ、ルーシーに妹がいたんだ。そういや、名乗るときも長女って言っていたものね」
「うむ。三姉妹だ。多分どこぞで生きているのだろう」
「何で妹さんたちは家出なんてしたのさ?」
「分からん。反抗期だったのではないか」
「ふうん」
あまり仲良くなかったのかなと思いつつ、セロはそれ以上詮索しなかった。どのみちこの魔王城にいれば、いずれ会うことになるかもしれない。
何はともあれ、セロは腕組みをしながら、「食材、料理、お金――」と呟いていると、ちょうど広間に戻ったところでダークエルフの近衛長エークに声をかけられた。
「セロ様。さほどに食材や料理などをお求めなのでしたら、やはり王国か砦に行くしかありません」
「王国は分かるけど……砦?」
「はい。西の魔族領の湿地帯と、我々の住処である迷いの森との緩衝地帯に、呪人などが住んでいる砦がございます」
そういえば、ルーシーから以前聞いたことがあったなと、セロは思い出した。
何でも、呪いつきになった人族がセロと同様に岩山のふもとに転送されてきて、迷いの森に彷徨い込むことが多かったから、ダークエルフが親切心で砦に案内してくれているんだっけ――
「親切というよりも、二つの明確な理由があります」
「二つ?」
「はい。一つ目の理由は、呪人が迷いの森に入って、植物系
「なるほど。植物系魔物が活性化しない為に保護するわけだ」
「その通りです。また、二つ目の理由として、保護してもさすがに森での共存は難しいので、湿地帯で無限湧きして溢れてくる亡者対策として、緩衝地帯に砦を作って、呪人たちに対応してもらっているといったところです」
「へえ。一応は共生出来ているってところなのかな」
「もしそれ以上に詳しいことを知りたいのでしたら、ドルイドのヌフにでもお尋ねください」
「なぜヌフに?」
「もともと百年ほど前にヌフが始めたことなのです」
セロがたまたま廊下にいたヌフに視線をやると、
「別に大したことはしていませんよ。偶然の産物みたいなものです」
ヌフは何事もなかったように応じた。セロはすかさず質問する。
「その砦なら物々交換でも大丈夫かな?」
「それは……さすがに難しいですね。砦内は王国の通貨が流通していますので、やはりお金は必要となりますよ」
「そっかー」
セロはがっくりとほほと項垂れた。
そして、玉座の間に戻ってそのまま緊急集会が開かれた。第六魔王国初の財政会議だ。セロが重々しい口ぶりで皆に尋ねる。
「この場にいる全員に知恵を借りたい。喫緊の課題なんだ。お金を得るには、いったいどうすればいいだろうか?」
すると、アジーンが自信満々に答えた。
「奪いましょう!」
またもやルーシーと同じことを言っている……
このままでは埒が明かないと、セロは黙殺して、常識人のヌフに「助けて」といった視線をやった。
「偽造しましょう。認識阻害で可能ですよ」
「…………」
セロはこれまた無言になりつつも、それはそれで一応、最終手段に取っておこうかなと考えた。別に魔王国なのだから悪逆非道の限りを尽くしても文句は出ないはずだ。少なくとも、略奪よりはマシな気もする。
何にしても、セロがやれやれと肩をすくめると、意外なところから答えが上がってきた。略奪推進派のルーシーからだ――
「王国からまだ賠償をもらっていないだろう? 勇者パーティーの迷惑料だ。それほどにお金が必要ならば脅しつけてみたらどうだ?」
結局脅すのかとセロはげんなりしたが、
「ついでにいっそ王国も支配してみては如何でしょうか? お金に困ることはなくなるでしょう。
ダークエルフの双子のドゥがこくこくと肯いて、セロを見つめている。
誰よりも真実を見抜くというから、まさかこれが正解なんだろうか。と、セロはつい魔族としての本性を抑えきれずに、じゃあ王国でも支配しちゃおうかな、なんていう闇深い考えに傾きそうになった。
が。
そんなときに、双子のディンが「はい!」と勢いよく手を挙げた。
「温泉はどうでしょうか?」
セロが首を傾げたので、ディンが説明を続ける。
「溶岩坂下に男湯だけではなく、温泉旅館を作って一般にも開放するのです。畑仕事をしてくれたダークエルフはともかくとして、領地内の吸血鬼、あるいはいっそ人族の冒険者まで呼び込んで、お金を取ってみては如何でしょうか?」
人族が果たしてやって来るだろうかとセロは疑問に思ったが、よくよく考えてみれば、王国から北の街道では吸血鬼たちが木陰などに隠れて棺で寝ているので意外と安全だし、魔王城そのものを封印や認識阻害で見えなくしたら、かなり辺境にある秘湯スポットとしてやっていける可能性もある。
何なら、この際、魔王城だということも隠し通して古城ツアーをしたっていい……
「やるか。魔王城前温泉宿、日帰りもしくは宿泊ツアー」
こうしてお金を稼ぐという話はどうにも可笑しな方向に進んでいったのであった。もちろん、この温泉宿泊施設が王国支配の一助になることなど、このとき誰も知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます