第67話 パーティーは再編する(聖女サイド:04)

 王国の玉座の御前にて、聖女クリーンは簡単に会釈だけをした。聖職者なので現王の前でも起立したままだ。


 そのクリーンのすぐ横には、いかにも優等生なクリーンとは異なって、まさに本物の聖母と言ってもいい女性が並び立っていた。先輩の女神官に当たるアネストだ。


 聖女クリーンも品行方正とみなされてきたが、それはあくまで計算ずくで、飽くなき上昇志向に裏打ちされたものだった。だが、このアネストに限っては掛け値なしに清廉潔白かつ慈悲深い人柄だ。その分、融通がきかない性格でもあるので、いわゆる聖女レースからは遠ざかってきたのだが――


「王よ。報告いたします。本日より、わたくし、クリーンは第二聖女となって、こちらのアネストが第一聖女として祭祀祭礼の儀を執り行わせていただきます」

「アネストと申します。以後、何卒、よろしくお願いいたします」


 現王は短く首肯するだけだった。


 同時に、第一聖女アネストも軽く会釈を返して退室していった。


 もともと第一・第二聖女などという身分は、魔王の動きが活発だった百年以上も前に、聖女が前線に赴くことが多くあった為に設けられた制度であって、近年では完全に形骸化されていた。それが今回わざわざ蘇った。理由は言うまでもないだろう――


「それでは、第二聖女として新しくパーティーを結成いたしましたので、ここでお披露目をさせていただきます」


 第二聖女クリーンがそう告げると、玉座の間に女聖騎士キャトル、モンクのパーンチ、エルフの狙撃手トゥレスに加えて、英雄ヘーロスが入ってきてすぐに跪いた。


 巴術士ジージだけがこの場にいなかったが、それはとある・・・事情によるものだ。


「良い。ちこう寄れ」


 現王の言葉で、四人は第二聖女クリーンのそばまでやって来て、もう一度跪いた。クリーンだけはいまだに突っ立ったままだ。


 もっとも、このクリーンの態度は無礼には当たらない。そもそも、聖職者が跪くのは神に対してのみだ。天族ならともかく、人族の頂点たる現王には最低限の儀礼を示すのみである。


 すると、王のそばに控えていた宰相ゴーガンが勅書を開いて重々しく告げる。


「勇者バーバルが手放した聖剣の奪取及び、北の魔族領に新しく立った第六魔王討伐を命じる」


 以前、第七魔王こと不死王リッチに対して宰相ゴーガンは女性の声で話しかけたものだが、今はよく通る青年の声音だ。


 もちろん、魔王討伐と言っても、勇者がおらず、聖剣もなければそれは不可能に近い。だから、ここでは対抗するという程度の意味合いではあったが、五人は顔を上げて「ははっ!」と言葉を合わせた。そして、宰相ゴーガンの「下がれ」によって、皆は退室していった。


 王城の客間に戻った五人はロングテーブルを囲んで座った。


 そのとたん、モンクのパーンチが両手を上に挙げて、「はああ」と大きなため息をついた。


「いやあ、玉座なんていつも慣れねえよな。いっそ聖女様だけで十分だろ?」


 すると、英雄ヘーロスが意外にも親しげに応じる。


「そういう仕来しきたりも大事なんだ。だから、いつまでも俺たちは冒険者上がりで礼節を知らないなどと陰口を叩かれる」

「でもよ。ヘーロスの旦那。どのみち冒険者上がりなのは間違っちゃいねえだろ?」

「これからは聖女様と共に戦うのだ。少しは品格を持て。パーンチよ」

「オレにそんなものを求められてもねえ」


 そんな他愛のない二人の会話に、第二聖女クリーンが割り込んだ。


「もしかして、お二人は知り合いなのでしょうか?」

「はい。聖女様。その通りです。互いに冒険者をやっていましたから」

「てか、知っているも何も、王国で冒険者をやっていて、この旦那を知らなきゃモグリだぜ、聖女様よ」

「だから、そういう口の利き方は止めろ、パーンチ」

「へいへい」


 第二聖女クリーンは目を見張った。バーバルとは口喧嘩ばかりしていたモンクのパーンチがわりと素直に従っている。


 そのこと一つ取っても、英雄ヘーロスが加わってくれたことにクリーンは感謝した。他に王国でも最高の魔術師と呼び声の高い巴術士ジージもいるわけだから、主教イービルが絡んだ案件にしてはまともな人選になったなと、とりあえずクリーンは「ほっ」と一息ついた。


 そんなタイミングで肝心の巴術士ジージが客間にゆっくりと入ってきた。


「現王への挨拶は終わったかの?」


 第二聖女クリーンはやれやれと肩をすくめて、小さく息をつきつつも、


「はい。終了いたしました。しかしながら、ジージ様。ご欠席されて、本当によろしかったのですか?」

「その件でお主は現王あれから何か咎められたか?」

「い、いえ。何も特には仰っておられませんでしたが……」

「ならば、問題はない。あれの父親とも、祖父とも、親しく付き合ってきたが、あれとはどうも折が合わなくてな。わしが顔を出せば機嫌が悪くなるじゃろうから外しただけじゃ」


 現王をあれ・・呼ばわり出来る者が果たして王国にいるのかどうか……


 第二聖女クリーンはそのことに思いを馳せつつも、最初が肝要と言うことで真剣そのものの表情になると、


「さて、皆さん。今回、王命は聖剣奪取と、第六魔王討伐……というよりも対抗となっていますが、ここでパーティーとしての合意コンセンサスを得ておきたいと考えます」


 一気にそうまくしたてた。


 女聖騎士キャトル、英雄ヘーロスと巴術士ジージは「ん?」と眉をひそめた。合意も何も、その二つこそがこのパーティーの目的なのではないかと、三人共に首を傾げている。


 だが、第二聖女クリーンはその三人をよく見据えてからはっきりと言った。


「これほどの実力者を揃えたパーティーであっても、第六魔王に対抗するのは不可能だと、私は考えています」


 パーティーの中心たるクリーンの暴言に、女聖騎士キャトルは言葉を失い、英雄ヘーロスはしかめっ面をしながら即座に腕を組み、それから巴術士ジージはむしろ「ほう」と興味深げに長い顎髭に手をやった。


 それに対して、モンクのパーンチ、狙撃手トゥレスが「うんうん」と深く肯く形で同意してみせる。


「まあ、当然だよなあ。さすがにあそこはヤバい。オレでもぶるっちまうぜ」

「同意する。少なくとも超越種直系のモンスターを従えた魔王など、これまでに聞いたこともない。地下世界にも存在しないのではないか?」


 そんなトゥレスの言葉に、巴術士ジージはさらに「ほうほう」と身を乗り出した。


 が。


 女聖騎士キャトルが第二聖女クリーンに詰問する。


「新しい第六魔王が立ったわけですが、その正体は――やはりセロ様なのでしょうか?」


 わずかな間隙。クリーンは「すう」と息を吸った。


「はい、キャトル。その通りです」


 クリーンが毅然として答えると、キャトルはドンっと机を叩いて立ち上がった。


「なぜ! そう平然としていられるのですか? クリーン様の婚約者だったのでしょう? 呪いにかかっていたとはいえ、解呪は本当に出来なかったのですか?」


 そんなキャトルの厳しい問いかけに、客間はしんとなった。


 モンクのパーンチや狙撃手トゥレスは事情を知っていたが、前パーティーのごたごたに詳しくなかった英雄ヘーロスや巴術士ジージは「おや?」と訝しんだ。


 だが、そのヘーロスが皆に聞こえるように「待ってくれ」と言った。


「キャトル嬢よ。俺は事情に詳しくないが、今さらクリーン様を責めても致し方あるまい。そのセロ殿はかけられた呪いによって、魔族に変じてしまったのだろう? しかも今では魔王となった。たとえかつての仲間だとしても、心を鬼にして討たねばならないときもある」


 不思議と英雄ヘーロスの言葉には実感がこもっていた。まるでかつて断腸の思いで友でも討った経験があるかのようだった。


 そんなヘーロスに諭されたからなのか、女聖騎士キャトルは叩いた拳を渋々といったん緩めてから椅子にゆっくり座り直した。第二聖女クリーンは「こほん」と、いったん咳払いをしてから皆に粛々と告げた。


「よろしいでしょうか。私としては、セロ様と対話することで聖剣を取り戻したいと考えています」


 巴術士ジージが相変わらず顎髭をいじりながら面白がって尋ねる。


「魔王と対話など、はてさて出来るものかね?」

「セロ様は暴虐非道な魔王には見えませんでした。私が言うのもなんですが、礼を尽くせば先方は応えてくれるのではないかと」


 より正確に言えば、先方こと第六魔王国には真祖カミラの長女ルーシーがいて、人造人間フランケンシュタインエメスまでいる。さらにそれらを従えるほどの力を持った愚者セロだ。勇者も聖剣もないパーティーで対抗出来ようはずがない――


 第二聖女クリーンはそう考えて、もし聖剣を返してもらう為に靴先でも舐めろと言われたなら、そうする覚悟でいた。まともに戦うなど愚の骨頂でしかなかった。


 そのときだ。


 客間の扉が、こん、こん、とノックされた。


 第二聖女クリーンが「どうぞお入りください」と言うと、主教フェンスシターが入室してきた。


「やあ、諸君。お忙しいところ、失礼いたしますよ」


 突然の来訪に、クリーンは眉をひそめながら尋ねた。


「フェンスシター卿……いったいご用件は?」

「なあに、皆様には早速、北の魔族領に行ってもらいたいのです」

「そんな! 早急に過ぎます!」

「おやおや、皆様は魔王討伐のパーティーでしょう? こんなところで遊ばせておくわけにはいきませんよ」

「討伐には準備も必要です。各人との連携の確認もしなくてはいけません」

「そんなもの、北の街道を進みながらやればよろしい。まあ、ご安心ください。王国から兵も出ます。すでに正門前や北の拠点に集結させています。皆様方だけではございません。ですから、くれぐれもよろしくお願いいたしますよ――第二・・聖女様」


 主教フェンスシターはわざとらしく第二の部分を強調して嘲笑った。


 クリーンはギュっと下唇を噛みしめた。主教イービルの腰巾着に過ぎない輩に口答えするだけ時間の無駄だ。それに、またどんな嫌がらせをイービルから受けるか分かったものじゃない……


 そんないびつな空気を察したのか、パーティーの面々は押し黙ってしまった。


 主教フェンスシターは「くく」と、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべてみせる。だが、その卑屈な笑顔を巴術士ジージがあっけなく崩した。


「ところで、王国ではいつから神官如きが軍事に介入するようになったのじゃ?」


 主教フェンスシターは目を丸くした。そして、ジージが王家の魔術指南役で、古株の貴族たちに慕われているという情報を思い出して、いかにも日和見主義者らしく、恭しく手もみまでし始める。


「こ、これは失礼しました。ジージ様……私はただ、伝達をしに来たに過ぎません」

「それに付け加えるが、魔王を討つパーティーとは、本来、王命以外に従う必要もなかったはずじゃが? 卿が話した内容は本当に王命によるものかね? ならば、なぜ先ほどの玉座で発されなかったのじゃ? 大神殿が軍事に介入してくるなぞ前代未聞じゃろうて?」


 主教フェンスシターは顔を引きつらせた。


 ここにいてもボロを出すだけだと、「そ、そ、それでは、たしかに伝えましたからな!」とだけ言って、慌てて退室していった。


 そんないかにも小者らしい様子に、パーティーの面々も呆れて見送ったわけだが、結局、英雄ヘーロスが話をまとめた――


「まあ、急な話ではあるが、どのみち北の魔族領には行かねば始まらないのだ。第一回の遠征は偵察もかねよう。相手の実力を見定めることが肝要だ。また、フェンスシター卿の言っていた出兵に関しては、現地で指揮官としっかりと話をつけるべきだな。後々でどちらに主導権があるのか云々などと難癖を付けられても詰まらんだろう?」


 その言葉に皆が肯いた。


 第二聖女クリーンは今こそ神に感謝した。


 聖女パーティーとはいうが、実質的には英雄ヘーロス、巴術士ジージとその仲間たちといったところだ。とはいえ、それでいいとクリーンは思った。リーダーシップと戦闘経験値があまりに違い過ぎる。


 とまれ、こうしてヘーロス、ジージとその仲間たちは急いで北の魔族領に赴くことになったのだった。

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