第66話 園遊会で蠢くもの(聖女サイド:03)


 王国の南西にある辺境伯邸の広間にて、宵闇よいやみ――


 聖女パーティー結成の祝宴が半ばを過ぎても、女聖騎士キャトルはいまだに落ち着かなかった。


 もともとこうした祝宴に出るのが苦手な武辺者ということもあるが、王女プリムが一向に会場に姿を現さなかったのだ。


 そもそも、この園遊会に出席したのも、父シュペルから王女プリムの身辺警護を示唆されたからだ。もちろん、プリムの周辺には同性の近衛騎士が常に付いているから問題など早々に起きないのだが、それでもキャトルは金髪をいじりながら苛々と貧乏ゆすりを続けた。


 キャトルは「ふう」と息をついて自身を落ち着かせてから、プリムを探し求めるかのように大広間をざっと見渡す――


 英雄ヘーロスはシュペルを筆頭とした武門貴族たちの集まりに顔を出して談笑している。


 また、巴術士ジージは引退した公侯爵たちの中にいて、どうやら昔の出来事を偲んでいるようだ。


 どちらにしても、王女プリムの到着が遅いなどというキャトルの単なる懸念だけで邪魔をしては申し訳ない。


 もっとも、キャトルの周囲とて貴族の女性たちが群がっていた。


 今、キャトルはシンプルなイブニングドレスを纏っているものの、どこか男装令嬢といった趣きがあるので同性に大人気だった。キャトル本人はどちらかといえば無愛想で塩対応なのだが、そこらへんもかえって女性たちには良いらしい……


「やれやれ。私が探しに行ってみるしかないかな」


 キャトルはそう呟いて、また「ふう」と息をついた。そして周囲に、「失礼」と短く告げてから、つか、つか、と歩み出すと――ちょうどそのタイミングだった。


「プリム王女、御入内!」


 広間の扉がゆっくりと開くと、当のプリムがやっと姿を現したのだ。


 その背後には近衛騎士二人と、王女付きのメイドも距離を置いて侍っていた。


 キャトルはやっと、「ほっ」とした。


 ただ、同時に「ん?」とやや首を傾げた。


 夕方に談笑したときの王女プリムとはどこか印象が違ったからだ。


 とはいえ、この祝宴の為にドレスを着替えたせいかなと、キャトルはすぐに思い直した。どのみちプリムが無事ならば些細なことだ。


 そんな王女プリムはというと、キャトルが入口のそばに突っ立っていることに気づいて、笑みを浮かべて親しげに近寄ってきた。キャトルもなぜ疑心など持ってしまったのかと、昔と変わらぬプリムのままなので安心して微笑を返した。


 周囲からすれば、美麗な男装令嬢と愛らしい人形姫の組み合わせということで、まるで演劇のワンシーンでも見ているかのように「おおお!」と声が漏れた。


 が。


「お待ちなさい」


 そう声を上げたのは巴術士のジージだった。


 キャトルが何事かと思って視線をやると、巴術士ジージは王女付きのメイドにそれ以上近寄るなと制しているようだった。英雄ヘーロスもすぐにアイテム袋から片手剣を取り出す。


 もちろん、どちらにしても社交界ではあってはならない行為だ。


 王女の御前でそのメイドに杖や剣を向けるなど、大逆罪に問われてもおかしくはない……


 だから、王女付きの近衛騎士もさすがにギョっとして、それぞれ剣に手を掛けた。一人は王女の護衛に、もう一人はむしろ英雄ヘーロスに対応しようとする。


 だが、巴術士ジージは淡々と告げた。


「この園遊会場に着いてからというもの、どこか臭いなと思っていたが、今はっきりと分かった。なぜ魔族がメイドの格好をしているのかね? もしや、わしが知らんだけで、最近は魔族如きがメイド服を着て、人族の社交界に出席するのが流行っているんじゃろうか?」


 そのとたん、辺境伯邸の広間はざわついた。


 武門貴族たちは万が一の為に携帯していたアイテム袋からそれぞれの武器を取り出した。女性たちは彼らに守られるようにして隅に集まる。


 一方で、メイドは頬が裂けるほどに、にんまりと笑った。


 次瞬、英雄ヘーロスに対応しようとしていた近衛の女性騎士の首を背後から爪で切り裂いた。


「きゃあああ!」


 広間に女性たちの悲鳴が響いた。


 そのままメイドは王女プリムに突っ込むも、キャトルが聖盾を取り出してメイドの進行を遮る。


「ちいっ!」

「プリム様には傷一つ付けさせません!」


 メイドは諦めたのか、広間入口へと踵を返したが、そこにはすでに英雄ヘーロスが回り込んでいた。


「逃がしはせんよ。さっさと観念したらどうだ?」


 英雄ヘーロスがそう告げると、メイドは立ち止まって「すう」と息を吸った。そして、自らの認識阻害を解いていく――


 現れたのは、バンシーだった。


 第七魔王こと不死王リッチの配下として知られる、老婆の姿をした亡者アンデッドだ。素早さと状態・精神異常攻撃に全振りした能力で、墳丘墓などの室内で圧倒的な強さを誇る。


 そんなバンシーに向けて英雄ヘーロスはゆっくりと歩み始めた。


「ほう。不死将デュラハンと同格とされる妖魔将バンシーなぞが迷い込んでいたか。面白い。ジージ様、ここは俺に任せてほしい」

「いいじゃろう。ただし、彼奴きゃつには泣かせるな。ここには女が多くいる」

「分かりましたよ。やれやれ。中々に難しい注文だ」


 英雄ヘーロスはそう応じて、片手剣を構えた。


 バンシーの泣き声は特に女性に対して凶悪な精神異常をきたすので、たしかにこんな広間でやらせるわけにはいかない。


 そのバンシーはというと、巴術士ジージを見て瞬時に敵わないと悟り、次にキャトルを見て聖盾を突破するのも面倒臭いと考えたのか、結局は英雄ヘーロスと対峙することに決めた。


「あたいとやろうなんて酔狂な人族がいたもんだね」


 バンシーがしわがれた声を上げると、英雄ヘーロスはまた進み始めた。


「しかも、一人きりで戦うとは……なめられたもんだよ!」

「本当にそう思っているなら、身の程を知るがいい」


 刹那。


 英雄ヘーロスとバンシーが交錯した。


 武門貴族の重鎮たちでも目を瞬いた。二人の動きを捉えきれなかったのだ。


 直後、ヘーロスは片手剣を華麗に鞘に納めた。バンシーは横一文字に、さらには真っ向にも斬られていた。まさに達人による鮮やかな剣技だ。その凄まじさがよく理解出来る武門貴族たちからすると、「ほほう」と吐息しか漏れなかった。


「英雄ヘーロス……これほどとは……」


 バンシーが呻いて、その体が黒いもやのようになると、英雄ヘーロスは「おや」と首をひねった。魔核が見当たらなかったからだ。


「まだ脇が甘いのう」


 だが、巴術士ジージが光魔術の『光の雨ホーリーレイン』をその黒いもやに降らすと、それらはあっという間に霧散していった。


「ヘーロスよ。ただの魔族ではないぞ。不死王リッチが亡者を模して召喚した魔力マナの塊のようなものじゃ。魔核はもとから存在しないので、光属性で打ち消すか、もやそのものをさらに切り刻んでやらん限りは再生し続ける」

「なるほど。お見それいたしました」

「次からは爺に楽をさせよ」

「はっ!」


 英雄ヘーロスが巴術士ジージに素直に頭を下げると、広間からは割れんばかりの拍手が上がった。


 何しろ、勇者パーティーが苦戦したという噂のあったデュラハンと同格のバンシーを難なく討ち取ってみせたのだ。これにはキャトルの父シュペルも武門貴族たちも、惜しみのない喝采を上げ続けた。


 一方で、キャトルは呆然としていた。英雄ヘーロスの剣筋を目で捉えることが出来なかった。それにバンシーが召喚された魔物だとも気づかなかった。上には上がいるというが、果たしてどれほどの努力をすればあの境地にたどり着けるだろうか……


「キャトル、守ってくれてありがとう」


 だが、同い年の王女プリムの言葉でキャトルは「はっ」とした。


 守ることこそが聖騎士の務めなのだ。そこを履き違えてはいけない。その為にも力をつけなければなと、キャトルは決意を新たにした。


 そんなふうに盛り上がる祝宴だったが、巴術士ジージは傷ついた近衛騎士を法術で回復しながらも、またもや底深い眼差しを王女プリムに向けた――


「キャトルも一瞬気づいたように見えたが……夕方の王女とは明らかに別人のようじゃ。最近の王国は物騒だというから、影武者でも用意したのか? だとしたら、このメイド騒動はいったい如何に?」


 こうして勇者パーティー敗北の悲報から始まった園遊会は、熱狂から凶事まで含んで、次の波乱を予感させつつも、やっと全てを終えたのだった。

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