第65話 高潔の意思(魔女サイド:04)

 不死将デュラハンは大剣を繰り出してきた。


 その強引な振り回しを夢魔サキュバスのリリンは血の大鎌サイスを両手に持って何とか受けきる。


「モタ! 先に生ける屍リビングデッドを焼き払ってくれ!」

「どうしてさ? わたしもデュラハン退治の援護をするよ?」


 その間にデュラハンがモタに目をつけたので、リリンは魔鎌で「えいや!」と巨体を押し返した。


「湿地帯のフィールドに亡者がいればいるほど、デュラハンは強くなる。この場所には不死王リッチによってそういう地形効果が仕込まれている」

「なるほどね。らじゃ!」


 モタは短く答えると、呪詞の触りだけを謡った。


 術式を略してほぼ無詠唱にて、幾重もの魔方陣が宙に展開していく。相当なレベルに達していないと出来ない高等技術だ。


「じゃあ、湿地帯ごとこんがり燃やしちゃうよ! 『火炎地獄インフェルノ』!」


 しかも、モタは最上位の火炎範囲攻撃を躊躇なく放った。


 迫りくる生ける屍たちは炎獄によって一気に焼き尽くされていく。リリンの視界が全て炎の柱で埋まったぐらいだ。


 これにはリリンも目を見張った。「ひゅう」と口笛を吹いて称えたほどだ。勇者パーティーの一員というのは伊達ではないなと改めて見直した。そもそも、モタからしてみれば、魔王城とか、王都の街とかと違って、大魔術を放っても何も壊れる物がない湿地帯は好相性だ。幾らでも魔術を暴発・・出来る。


「にしし。まだまだいくよー!」


 そんなモタの声に、リリンも気持ちを引き締めた。あれだけ見得を切った手前、モタにばかり良い格好をさせるわけにはいかない。


「これでも喰らえ!」


 リリンは再度、デュラハンに対して魔鎌を振るった。


 すると、鎌の先を伝って弧を描くようにして血が宙を点々と舞う。


 その血が弾丸のように放たれて、デュラハンの鎧に幾つもの穴を開けた。リリンも真祖直系の吸血鬼なだけに、ルーシーと同様に血の多形攻撃が得意なのだ。


 だが、リリンが想定していた通り、鎧の中は空っぽだった。さらに鎧に穿った穴もすぐに結合していく。若干、鎧が小さくなっているように見えるから、おそらくこの鎧自体も魔力マナで構成された実体を持たないものに違いない。


 要するに、悪霊レイスをベースにして、首無し騎士を模したものが不死将デュラハンの正体というわけだ。


「ちい」


 リリンは思わず舌打ちした。


 こうなったらデュラハンに内蔵する魔力が切れるまで徹底的にいたぶり続けるか、もしくは相性の良い光系の魔術で仕留めるしかなさそうだ。


 もっとも、夢魔は闇系と精神異常系の魔術は得意だが、光系は苦手だ。また、モタも闇系が得意と言っていたから、結局のところ、二人にとってデュラハンは相性が同等というか、どうにもやりづらい相手になる。


 しかも、デュラハン自体は大剣を強引にぶんぶんと振り回す攻撃しかしてこない。いわばガス欠を起こすまで延々と物理で殴り続けてくるわけだ。これはこれで本当に煩わしい……


 リリンの姉ルーシーだったなら、デュラハンよりも高火力な物理で一方的に押し切るのだろうが、残念ながらリリンはそこまで強くない。だからこそ、母たる真祖カミラはルーシーをとても大切にして手もとに置いたが、リリンの家出は簡単に許してくれた。


「まあ、そんな昔のことはどうでもいい……さて、どうしたものか」


 リリンはため息をついてから魔鎌を再度構えた。


 一方で、モタはというと、順調そのものだった。目につく生ける屍はほぼ焼いて、あとは自動湧きしてくる亡者に対して土系魔術の設置罠を大量に仕込んで、湧き上がったタイミングで爆殺していく。


 そのモタがちらりと見ると、リリンはどうやら苦戦しているようだった。


 デュラハンについて遠くからじっくりと観察してみると、闇の魔力の塊のようなものだった。


 だから、モタが出しゃばって魔術をぶつけても、相殺されて削り切ることは難しいだろうし、そもそもリリンの攻撃を邪魔しかねない。こんなことなら師匠のジージに光系の魔術なり法術をもっとしっかりと教えてもらえばよかった……


 そもそも、あのバーバル、モンクのパーンチや女聖騎士キャトルが揃っていても手を焼いた相手だ。おそらく拠点防衛の為の単純な盾役タンクとして召喚されているのだろう。ということは、倒すことを第一に考えると相当な手間がかかるということだ。


 実際に、前回は聖女クリーンの指示で勇者パーティーは逃げ出すことにした。とはいえ、今回、リリンはモタに明確な指示を寄越してくれた――生ける屍を焼き払え、と。


「だったら、わたしに出来るのは、焼いて、焼いて、焼きまくることだよね!」


 モタは杖を片手に、にやりと笑った。


 瞬間、巨大な炎がさながら生きているかのように次々と亡者を襲った。


 この地に湧き上がることさえ許さず、モタは亡者たちを次々と鏖殺おうさつしていったのだ。


「すごいな……モタは……」


 リリンもそんなモタの姿を見て、微笑を浮かべた。


 モタの大活躍もあって、確実にデュラハンは弱ってきていた。今となっては元のサイズの半分ほどしかない。それでもまだリリンより大きいが、大剣を振り回す力は確実に失われてきている。


「このままいけば、私たちだけでデュラハンだけでなく、不死王リッチさえ倒せるかもしれないな」


 リリンはそう勢いづいて、魔鎌をいったん引いて構えた。


 これで弱り切ったデュラハンに止めを刺すつもりだ――


「ふん。どうやら相手が悪かったな」


 モタとのコンビに気をよくしたリリンはデュラハンの魔力全てを一撃必殺で刈り取ろうとした。


 が。


「な、何だと……?」


 気づけば、リリンは背後からばっさりと斬られていた。


 すぐに視線をやると、そこにはもう一体のデュラハンが召喚されていたのだ。


「馬鹿……な」


 それだけではない。モタの周囲にもデュラハンが幾体か現れ出ていた。


 全部で五体――リリンが相手をしていたデュラハンは他と違って小さくなっていたが、他の四体は内蔵する魔力量が初期状態のままだ。文字通り、新手のデュラハンだった。


 こんな化け物が何体もぽんぽんと出てくるなんて、さすがにリリンも想定していなかった……


 しかも、背後にいたデュラハンがまた大剣を振りかざした。これにはリリンも「くうっ」と、さすがに駄目かと諦めるしかなかった。


「リリン!」


 だが、そんなリリンを庇ってモタが飛び出してきた。


 そのままタックルするような形になって、二人でごろごろと湿地帯を転げ回る。


「ねえ、リリン! 動ける?」

「厳しい……魔核に傷が付いたようだ……治すのに時間がかかる」

「分かった」


 モタはそう応じると、リリンを「よいしょ」と背負ってみせた。


「な、何をするのだ?」

「決まっている。ここから逃げるよ」


 モタは迷わずに駆け出した。


 湿地の深みに足を取られた。泥で滑りかけた。その上、他のデュラハンたちに何度も襲われた。


 それでも、リリンを手放すことは決してしなかった。


「モタ! いいよ。置いていけ!」

「嫌だ!」

「強情だな。このままだと二人ともやられるぞ!」

「何とかするもん!」

「いいや、私一人だけならそれこそ何とかなる! いいからモタは先に行け!」

「何とかなるわけないじゃん!」


 全くもって噛み合わない会話だったが――


 リリンが何とか出来る状態ではないことは明白だった。魔核が傷ついたということは、魔族にとっては消滅の危機だ。


 もっとも、そのリリンはというと、忸怩たる思いに駆られていた。魔族は戦闘種族だ。特に、リリンは古い価値観の塊とも言える真祖カミラのもとで育った――戦えない者に価値などない。だから見捨てよと言っているのに、モタは言うことを聞いてくれない。


 このままでは本当に二人ともやられる。とはいえ、リリンを担ぐモタの腕力が本当に魔術師のものかと疑うほどに強い。おかげでモタから自力で抜けることが出来ない……


 そのときだ。


 モタのすぐ前でデュラハンがさらにもう一体召喚された。


 そのデュラハンの振り回しによって、モタは「うぎゃ」と、ついに大剣でぶっ飛ばされる。


「う、うう……」


 それでも、モタは片手で膝を支えて何とか立ち上がると、リリンを担ぎ直してよろよろと歩き出した。もうろくに逃げるほどの速さは出ない。だが、デュラハンたちはすぐ背後まで迫ってきている。


「いいから下ろせ! モタ!」

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! 決めたんだ。わたし……もう友達は見捨てないって」


 モタはそう言って、一歩だけやっと踏み込んだ。


「そう。絶対に!」


 モタはあらん限りの声で叫んだ。


 同時に涙がぽろぽろとこぼれた。そのせいで視界が曇って、眼前にいるデュラハンの姿もろくに見えていなかった。


 一方で、リリンは「モタ……」と、背後からギュっと抱きしめた。逝くのならば、せめて共にいこうと「……ごめんな」と、モタの耳もとで囁いた。


 デュラハンたちは無情にも、モタとリリンを逃がすまいと完全に取り囲んでいた。


 その大剣が一斉に二人に襲い掛かってくる――


 直後だ。


「その高潔な意思。見事だ。ここで散らすには惜しい人物だな」


 次の瞬間、デュラハンたちの大剣が全て根もとから折られていた。


 いつの間にか、宙から一人の男剣士がモタたちのもとに下りてきたのだ。その魔族らしき剣士のたった一閃によって、デュラハンたちの武器は全て無力化された。


 さらに、その剣士はデュラハンたち全員の体を薙ぎ払って、鎧に裂傷を与えると、


「突き刺せ、『聖域の光槍ヘブンズスピア』!」


 左手を宙に掲げて、デュラハンたちの鎧の傷跡に向けて幾多の『光槍』で一気に串刺しにした。その手には煌めく聖痕のようなものがあった。


 モタは驚いた。


 何せ、魔族が苦手とする光系の大魔術を無詠唱かつ涼しげな顔つきで放ったのだ。


 気がつくと、デュラハンたちは跡形もなく消え失せていた。圧倒的な実力だった。モタがこれまで会った中では、師匠のジージか、真祖カミラのどちらかが一番の強者だと思っていたが、この男剣士はそれを優に超えてくるかもしれない……


 すると、リリンが「はああ」と深いため息をついてから言った。


「遅いですよ、リーダー」


 どうやらその男剣士は砦のリーダーを務めているようだった。


 だが、モタは再度、驚くしかなかった。なぜなら、その男のことを何度も見聞きしたことがあったからだ。


 駆け出し冒険者の頃、バーバルがしつこいほどに語ってくれた。その胸もとから襤褸々々ボロボロになった姿絵まで取り出して、この人物こそが憧れなのだと散々自慢してきた――


「まさか……勇者ノーブル?」


 そう。モタたちの前にいたのは、百年前に高潔の勇者と謳われながらも、第五魔王こと奈落王アバドン討伐失敗の責を問われて、流刑にされて死んだはずのノーブルその人だったのだ。

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