第64話 湿地帯の亡者たち(魔女サイド:03)

 魔女モタと吸血鬼の夢魔サキュバスことリリンは西の魔族領に入っていた――


 本来なら王国の貧困街スラムから北の魔族領にそのまま北上したかったのだが、正門前に兵士たちが集結していた上に、北の街道にある拠点でも守りを固めて通行規制をかけているという噂があったので、急遽進路を変えたのだ。


 どうやら王国北の地域で何かが起こったらしい。魔物モンスターの群れでも溢れ出たのか。それとも吸血鬼が珍しく暴れているのか。何にしても、最も長閑のどかとされる北の街道でこれだけの警戒態勢が敷かれているのはとても珍しい。


「ほんっと、タイミングが悪いよなあー」


 モタはぷんすかと頬を膨らませた。


 もちろん、勇者パーティーが勝手に第六魔王国に攻め入ってセロに完敗したせいで、現状、王国がその報復を恐れて守備を厚くしていることなど、モタはついぞ知らない。


 それに加えて、貧民街では北の街道についてろくな情報が出回っていなかったこともあって、モタとリリンは仕方なく王国の西側に迂回して、湿地帯から迷いの森を通って、第六魔王国に行くことに決めた。


 ちなみに今はもう西の魔族領に到着しているので、リリンはすでに認識阻害を解いている。本来の夢魔の姿だ――


 真祖カミラに似ているとはいっても、その銀髪を丸みのある短めショートボブの髪型にしていて、一見すると美少年なのだが、さすがに夢魔だけあって着ているものがかなり際どい。大事なところを隠しただけの襤褸切れと言っていい……


 モタなど、同性なのに初めて見たとき、「きゃ」と思わず両目を手で隠したほどだ。


 とはいえ、じめじめとした湿地帯ではそんな薄着はとても過ごしやすいようで、とんがり帽子にマントのモタはつい、「いいなー」と羨んだ。


「そいや、リリンは何で王都にいたのさ?」


 モタが歩きながら尋ねると、リリンは隠すこともなく答えてくれた。


「食材を求めに来たのだ」

「食材? なぜー? 魔族領では採れないのかしらん?」

「採れないわけではないが、そもそも魔族は食事をしない。魔王城では、毎日トマト丸かじりだった」

「うへえ。人生の半分以上損しているじゃん」


 モタが心底嫌そうな顔をすると、リリンは「だろう?」と相槌を打った。


「だから、今は魔王城から出て、迷いの森の先にある砦で過ごしている」

「ふうん……え? そんなとこに砦なんてあんの?」

「ああ。湿地帯と迷いの森のちょうど緩衝地帯にあるぞ。呪人――呪われた元人族が沢山いる場所だ。まあ、ほとんどは魔族に変じてしまっているがな」

「へえ」


 モタは短く答えてから眉をひそめた。


 そんな砦や呪人の集まった場所なんて一度も耳にしたことがなかった。少なくとも、人族が作成した世界地図には全く記載されていないはずだ。


 とはいえ、リリンの横顔をちらりとうかがうも、嘘を言っているようには見えなかった。


 ということは、あえて秘匿されてきたことになる。人族にとって都合が悪いのか。それとも住み着いている呪人たちにとってそうなのか――何にせよ、モタはその砦にセロがいる可能性も考慮して、魔王城に行く前に探してみたいなと思いついた。


 もっとも、リリンはモタの思案顔など気にせずに、今後の旅程を滔々と語った。


「まず、この湿地帯の端を歩いていって、その砦を目指す。砦にはダークエルフたちが森の恵みなどの行商に来ることがあるから、そのタイミングで迷いの森への同行を頼めばいい。そうすれば迷いの森を抜けて魔王城にたどり着ける」

「でも、わたし……普通のハーフリングだよ。魔族じゃないよ。大丈夫?」

「ふむん。事情を説明すれば何とかなるだろう。ダークエルフはエルフよりもよほど物分かりがいい連中だ。モタが危害を加えないと分かれば許可を出してくれると思う」

「……だといいんだけどね」


 モタは煮え切らない返事をした。勇者パーティーにいたエルフの狙撃手トゥレスをふと思い出したからだ。


 リリンの話が本当なら、ダークエルフはトゥレスよりも話が分かる亜人族のようだが、何せトゥレスはものの見事に個人主義だった。セロは色々とアドバイスを求めて上手く引き出していたようだったが、モタにはあんなことは絶対に無理だ。果たして本当に対応してくれるのだろうか……


 そんなモタの惑いを見て取ったのか、リリンは説明を加えた。


「そもそも、その砦にいる元人族たちにしても、迷いの森を彷徨っていたところをダークエルフが見つけて、わざわざ親切にも砦に連れて行ってやったらしい」

「ていうか、なぜそんなところに呪人たちがいるのさ?」

「分からん。樹海に自殺でもしに来たのではないか?」

「ふうん。でもさ。親切って言ったけど……それって単に呪人たちに生ける屍リビングデッドの相手をさせたいだけなんじゃないのかなー?」

「ふふ。モタはさすがに鋭いな。まあ、そうとも言える。ものは捉えようだ」


 モタは「ううー」と呻った。


 今の話を聞く限りだと、モタに対してもその親切・・とやらを発揮してくれるかどうか判断つかなかったからだ。


「ん?」


 同時に、モタはまた顔をひそめた。湿地帯の奥にちらほらと亡者たちが湧いて出てきたのだ。


「今のうちに魔術で攻撃する?」


 モタがそう尋ねるも、リリンは頭を横に振った。


「大丈夫だ。生ける屍なんてこちらから手を出さなければまず襲って来ない」

「それはリリンが魔族だからでしょ?」

「人族でも同じだ。魔物みたいなものと思えばいい。縄張りテリトリーに入らないこと。変に構わないこと。この二つを守っていれば問題ない」

「なぜ、そう言い切れるの?」

「ここらへんを彷徨っている亡者は、もとからいたわけではなく、不死王リッチが召喚した者たちなのだ。召喚に当たって、単純な指示しか出していない。墳丘墓に向かう侵入者を防げだとか、金目の物を持っている商隊を襲えだとか、そういったたぐいの命令だ。だから、こちらから手を出さない限りは応戦してこない」


 モタは「へえ、へえ」と手を叩いた。


 良い情報を聞いた。それなら安心して湿地帯の端っこを進めるはず――


 ――というところで、モタは急にハラハラしながらリリンを問い詰めることになった。


「ねえねえ。リリンさんや。さっきから生ける屍さんたちがぞろぞろとこっちについて来るんだけど……」

「うむ。たしかに……おかしいな」


 リリンが相槌を打ったタイミングで、ついに生ける屍は一斉に追いかけてきた。


「ぎゃあああ!」

「キャー」


 むしろリリンはモタの絶叫の方に驚いた。


 二人はすぐに湿地帯を駆け始めた。水場なのでさすがに足取りが重い。


 モタはふいに先日の不死王リッチ討伐のときのことを思い浮かべた。あのときも散々、生ける屍たちに追われたのだ。モタにとってはちょっとしたトラウマだ。


「全然ダメじゃん! めちゃ来るじゃん!」

「やはり勇者パーティーのお尋ね者だとブラックリストにでも入っているのだろうか……モタよ。亡者たちに何かやらかしたか?」

「ええと……そういえば、こないだ『火炎暴風ファイアストーム』で焼きまくった」

「そのせいか!」

「うへえー?」

「とりあえず、砦まで逃げよう!」


 二人はすたこらさっさと逃げ出した。


 そういえば、王都でも、湿地帯でも、モタとリリンはいつも逃げてばかりだなと思った。もしかしたら二人の冒険はそういう運命なのかもしれない……


 もっとも、さすがに二人も逃げ慣れてきたのか、いっそ湿地帯を最短距離で走り抜けたので、目標の砦があっという間に見えてきた。意外と大きな拠点だ。無限湧きしてくる亡者の為に設置罠の術式が大量に仕込まれているのが遠目からでも分かった。


「よし! 逃げ切れるな」


 リリンがそう言って、モタを励ました。


 が。


 突然、二人の前に――


 不死将デュラハンが召喚された。


 モタも、リリンも、そこでいったん足を止めた。周囲を見渡すと、いつの間にか、数百の生ける屍がその場に召喚されて、二人を取り囲んでいる。


「ねえ、モタ。貴女……相当に恨まれていない?」

「うー」


 モタは地団太を踏んだが、アイテムボックスから杖を取り出すと、


「リリン。二手に分かれよう」

「なぜだ?」

「狙われているのはわたし。リリンは関係ない」

「ねえ、モタ。そういう言い方はないぞ。乗りかかった船だ。それに貴女には貧民街で助けられた。魔族はね、意外と義理堅い生き物なのだよ。そもそも戦いも好きだからな」


 リリンはそう応じて、右腕の肘から手首まで一気に自らの爪で長い傷をつけた。


 その瞬間、噴き出た血が真っ赤な大鎌サイスへと変じていく。


「行くぞ、モタよ!」

「ありがと、リリン!」


 モタは感謝すると、魔鎌を構えるリリンと並び立った。


「てことで、いっちょ亡者退治。やってやりますか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る