第63話(追補) 高弟たち
「お師匠様はいらっしゃるだろうか?」
王都の
王国でも高名な女性の魔導騎士ことマジックだ。今はその実力を買われて、王国東の武門貴族に雇われていることもあって、その領地からわざわざ出て来るのは珍しい。
魔導騎士らしく黒鎧とマントを身に纏って、メイスを腰に帯びている――
よく焼けた褐色の肌、長くて癖のある黒髪に、肉感的な唇が魅力的な女性だ。年齢は三十代半ばで、雇用先の貴族家で同僚となった騎士爵の男性と結ばれて、五人の子供をもうけているのだが、子沢山の母には見えないほど妖艶だ。
「あら、やだ。マジックじゃないの。久しぶりねえ。でも、残念ながらジージ様はいらっしゃらないわ」
対応したのは、モタにお手伝いのおばちゃんと認識されている一番弟子のサモーンだった。
こちらはそろそろ四十代に手が掛かる年齢なのだが、見目はいまだに女学生のように若々しい。
御年百二十歳の巴術士ジージのそばにいつも控えている印象があるので、王都にいる魔術師たちからは不老不死なのではないかとまで噂されるほどだ。
もっとも、モタからおばちゃん呼ばわりされているように、その性格も、仕草も、たしかにおばちゃんっぽい。
「うむ。久しぶりだな、姉弟子よ。ところで、お師匠様はすぐに戻って来られるのだろうか?」
「一週間ほどは戻らないはずよ」
「そんなにか? いったい、どちらかに行かれたのだ?」
「辺境伯邸で行われる予定の園遊会に赴かれたわ」
「お師匠様が園遊会!」
マジックは驚きで目を見開いた。
世捨て人同然でこの古塔にこもって、最近は弟子すらもろくに取らなくなっていたジージがよりによって社交界に出るとは……マジックもサモーンに担がれているのではないかと、「本当か?」と両手を腰にやって疑問を呈した。
そんなマジックに対して、「あらあら、うふふ」とサモーンは口もとに手をやる。
「それが本当なのよ。王国のお偉いさんたちに散々泣き落されて、そのまま拉致されるようにして連れて行かれたわ」
「よくもまあ、あのお師匠様が同意したものだな。まさかとは思うが、お師匠様も加齢で断ることも出来ないほどに耄碌されてしまったのか?」
「マジックがそう言っていたとお師匠様に伝えてもいいかしら?」
「冗談だよ。というか、そんなつまらない冗談を言いたくなるくらいにはまだ信じられない」
マジックはそう言って肩をすくめると、古塔一階の中央にあるテーブルまで来て、ゆっくりと椅子に座った。サモーンは手早く紅茶を用意して、マジックの前に静かに置く。
「それより、貴女が王都に来るなんてどういう風の吹きまわしよ? 子育てが大変で、当分は領地から出られないんじゃなかったの?」
「子供たちは祖母に預けてきたよ。ここには遠方に行くついでに立ち寄っただけなんだ。明日にはすぐ出立する」
「遠方って、いったいどこに向かう予定なのかしら?」
「実は、私もその園遊会に出席するのだ。まあ、ご当主様の付き添いだな」
「あら……じゃあ、武門貴族たちが悪巧みしているというのは本当なのね」
サモーンがそう言うと、マジックは「悪巧みだと?」と目を鋭くした。
「まあ、悪巧みというのはちょっとした言葉の綾よ。ジージ様が連れていかれたものだから、私も色々と調べてみたの」
「何か分かったのか?」
「ええ。もともとは不死王リッチに敗れた上に、神殿騎士団とも仲違いした勇者パーティーの支持を改めて打ち出す為に、王族と武門貴族たちが結束を強めようと開催するつもりだったみたいなのよ」
マジックはそれを聞いて、紅茶に手を伸ばして、「ふむ」と一口つけてから、
「開催するつもりだった、と言ったな?」
と、耳
その問い掛けにサモーンはウィンクで応じて、指をパチンと鳴らす。
「ご明察。開催はするけど、どうやら風向きがずいぶんと変わったみたいなの」
「どういうことだ?」
「勇者パーティーが二度目の敗北を喫したらしいのよ」
「二度目の敗北だと? 相手は誰だ。また不死王リッチにやられたのか? それとも地上最強と名高い邪竜ファフニールにでも無謀な戦いを挑んだのか?」
マジックが身を乗り出すと、サモーンは「ふふん」と意味深な笑みを浮かべてしばらく紅茶を嗜んだ。じらされた格好となったマジックはというと、椅子に深くもたれて、サモーンの言葉をじっと待った。
「実は、相手は第六魔王だったみたいなのよ」
二人以外に誰もいないのに、サモーンはわざわざ片手を口に当てて、ひそひそ声で答えた。
「はあ? 第六魔王? ちょっと待ってほしい。真祖カミラは倒したはずだろう? 先日も討伐記念のパーティーを王城でやったと聞いたばかりだぞ」
「それがどうやら新しい第六魔王が立ったそうなの」
「こんなに早く、新しい魔王が立っただと? まさか長女のルーシーか? あるいは、たしかカミラには三人の娘がいたはずだよな。
マジックが思い出そうと、こめかみのあたりに片手をやると、サモーンは別の人物の名前をふいに出してきた。
「セロ……というらしいの」
直後、古塔の中はしーんとした。
マジックは再度、椅子に深く身をもたらせると、「はああ」と長いため息をついた。
「さすがに私を担ぎすぎだ。冗談にしてはつまらん。セロとは、光の司祭のことではないか」
「そうよ。間違いないわ。そのセロなのよ。不思議なことに、セロは前回の不死王リッチ討伐には参加していなかった。聖職者にとって亡者は宿敵のようなものなのにね」
「ふうん。しかし、たまたまということもあるだろう? 代わりに聖女クリーンが同行していたはずだ」
「じゃあ、さらにもう一つだけ耳よりの情報よ。今回の第六魔王討伐に参加していなかった人物がいるの」
「やはりセロか? いや、待て。女聖騎士キャトルの名が園遊会の出席者リストにあったな」
「それもそうなのだけど、もう一人、外れていたのよ」
「もったいぶるな。いったい誰だ?」
「モタちゃんよ」
「…………」
急に身近な人物の名前が出てきたので、さすがにマジックも眉間に皺を寄せた。
「モタに何かあったのか?」
「大丈夫。モタちゃんは無事よ。ついこないだ訪ねてきたばかりで、ぴんぴんしていたわ。まあ、お尋ね者にはなってしまっていたけど」
サモーンはそう言うと、くすりと笑ってみせた。マジックはまたもや「はああ」と長いため息をつく。
「お尋ね者だと? いったい今度は何をやらかしたのだ。ついに王城でも得意の大魔術で爆破したのか?」
「いいえ。どうやら無断で勇者パーティーを抜けてきたようなのよ。冒険者ギルドから通達がここまで来ていたわ」
「馬鹿な! 軍法会議ものだぞ。大逆罪で死刑にされても文句は言えん」
「あの
「現王には報告したんだろうな?」
「するわけないじゃない。お尋ね者になろうと、私はモタちゃんの味方よ」
「モタもモタなら、姉弟子も姉弟子だ」
マジックは今日何度目だろうか、またまた長いため息をつくしかなかった。
「そのモタちゃん本人が言っていたのよ。セロにごめんなさいする為に、北の魔族領に行かなくてはいけないって」
「つまり、光の司祭セロは何かしらの事情で魔族に転身して、しかも北方の第六魔王国の魔王になったとでも言いたいのか?」
「そういうこと。王族も大神殿も緘口令を敷いているみたいだけど、第六魔王が元人族――しかも、光の司祭の二つ名を持った勇者パーティーの一員だなんて大
「やれやれ。それが本当だとしたら、現王と教皇の首が飛んでもおかしくはない事態だな」
マジックは片手を額に当てて、「どうしたものか」と宙を仰いだ。
勇者パーティーの任命権は現王にあり、一方で聖職者は全員が大神殿で学ぶ。パーティーの一員だった光の司祭セロが魔王になったというなら、王族と大神殿の間で責任のなすりつけ合いが始まるに違いない……
「ということは、今回の園遊会は――」
「これまたご明察。新しい魔王が立ったというのに喧嘩ばかりしていられないから、王族と大神殿が武門貴族を介して手を組もうという構図になるはずよ」
「さながら伏魔殿にでもなりそうだな……急に行きたくなくなってきた」
「ジージ様に挨拶しなくていいのかしら?」
「うっ……はあ、仕方ないな」
マジックはそう言って、やれやれと席を立った。それから、ふいに嫌な予感がしてサモーンに牽制をかけてみる。
「まさかとは思うが、緘口令が敷かれた本件をぺらぺらと私以外の誰かに喋ってはいないよな?」
「喋らずに情報なんて集まると思う?」
サモーンのドヤ顔にマジックはため息を越えて、呆れるしかなかった。
これこそがサモーンのおばちゃんたる所以だし、おばちゃんの井戸端会議の恐ろしさとも言えるわけだが……
「そうそう、マジック。お土産をよろしく頼むわね」
「お師匠様と同じところに行くのだから、似通ったものになるぞ?」
「貰える物は何でももらっておく主義なのよ」
「そういう姉弟子の健気さは私も見習いたいものだ」
そんなふうにしてマジックはサモーンと別れたわけだが、その後の園遊会にて巴術士ジージが聖女パーティーの一員となったと知らされて、度肝を抜かれたことでお土産の件を忘れてしまったことは言うまでもない。
まあ、何にしても、北の魔族領への出兵準備に追われて、王都に立ち寄ることも出来なかったわけだが……
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