第二章

再び集う者たち

第57話 魔女モタは出会う(魔女サイド:01)

 王国の王都は幾重もの城壁や堀が囲っている。


 その王都を分かつようにして中央には大河があって、南の『天峰』の雪解け水や北の地底湖の深水が流れ込んでくるので、王都では古くから治水作業が盛んだった。


 大陸の中央にある都市にもかかわらず、『水の都』と称えられる所以だ。


 実際に、王都の地下には遥か昔に作られた放水路や立杭などがたくさんあると文献には残されているのだが、現代においてその実態をきちんと把握している者は残念ながら皆無だ。


 都市防衛の為にもきちんと調べようとする者が定期的に現れるものの、残念ながら長くは続かない。それほどに王都の地下水路は複雑怪奇な迷路になっている。


 何にしても、王都とエルフの森林群付近にある河は大陸でも二大河川として知られている。多分に文明は河川のそばで発展することから、人族とエルフのもとでしかまともな・・・・文明は育まれなかったと喧伝しているようなものではあるのだが……そうはいっても魔王国では、住居も、食事も、娯楽も、ろくなものがないのだから仕方がない。


 さて、肝心の王都に話を戻したい――


 この人族の住まう都市は城壁や堀で幾重にも囲まれていると言ったが、当然外周に行くほど住む者の地位も、道徳も、治安も、徐々に悪くなっていく。とはいえ、そんな王都の最外縁部にも街はある。いわゆる貧民街スラムだ。


 街とは言っても、そのほとんどはあばら家がごちゃごちゃと固まっているだけに過ぎず、道端でござを敷いて眠っている者も多くいる。


 大抵の者が裸同然で生活していて、最近、大河で氾濫があったせいか、道が泥だらけで強烈な異臭まで放っている始末だ。


「ふん♪ ふーんふーん♪ 人のふーん♪」


 そんなスラムの異臭を気にせず、呑気に鼻歌をうたいながら進む者がいた――魔女のモタだ。


 もちろん、モタは自身に認識阻害の魔術をかけている。ハーフリングなので背の低さはごまかせないが、それでも手癖が悪そうな女盗賊ぐらいには見えているはずだ。


 本来、モタのレベルの認識阻害なら素人に見破られることはまずないのだが、王都には間諜が忍び込まないようにと随所に阻害を解除する仕組みが施されている。


 また、兵士たちの警備も厳重なので、王都に隠れ潜むとしたら無法者などに頼るしかないわけだが、モタはそんな伝手を持っていなかった……


 そもそも、モタはこの王都で賞金首になってしまったが、人殺しなどの大罪を犯したわけではない。


 あくまでもモタの認識としては、勇者パーティーを黙って抜けてきたので、心配して探してくれているか、もしくはどこぞの偉い人が雷を落としたくて手を回したか、といった程度のもので、さしてマズいとも思っていない。冒険者ギルドのギルマスたちのお尻を破壊したことについては、せいぜい悪戯――あくまでもノーカンだ。


 何にせよ、今のところモタはパーティーに戻る気などさらさらなかったので、こうして警備も薄い最外縁部に来たわけなのだが、


「さてさて、いるかなー」


 モタはそんなスラムの中でも端にある小さな古塔にやって来た。


 もとは魔物モンスターなどを警戒する為の監視塔だったのだろう。今ではその役割を終えて、スラムでは一番まともな建物となっている。当然、スラムの人間からすれば根城にしたいところだが、そんなことをする者はここには一人としていない。


 理由は至極単純で、ここに住んでいる者が王国で最強の魔術師だからだ。


 しかも、王国で最高の奇人変人としても知られている――モタの師匠こと術士のジージだ。


 御年百二十歳を超えてなお第一級の召喚士で、魔術師協会の重鎮でもある。しかも、槍術、棒術、魔術、法術、召喚術と何でもござれのオールラウンダーだ。


 何しろ、百年前の若かりし頃には高潔の勇者ノーブルとパーティーを組んで戦ったほどで、そんな実力者がパーティーを引退した後にこんな離れの古塔に住み着いたせいで、周辺に慕う人々が集まってスラムが出来たという経緯いきさつまである。


「ちはー!」


 そんな古塔の扉が開いていたので、モタがひょっこりと顔をのぞかせて挨拶すると、


「あら、久しぶりじゃないの。モタちゃん」


 お手伝いのおばちゃんがいた。


 もちろん、モタにとっては姉弟子に当たる人物だ。巴術士ジージの一番弟子でもある。


 王国近衛の魔術師よりも数段強いので、たとえ巴術士ジージが不在にしていても、賊などは全く寄り付かないし、当然襲おうともしてこない。むしろ、姉御と慕って相談してくる無法者たちの方が多いくらいだ。


 そんな姉弟子ことおばちゃんにモタはそっけなく尋ねる。


「ねえ、ジジイは?」

「こら。ジージ様よ。今は王都にはいらっしゃらないわ」

「ほへー。じゃ、どこに行ったの?」

「園遊会にお呼ばれされたのよ。明後日くらいから王国南西にある辺境伯邸で行われる予定よ。今頃、馬車で移動中じゃないかしら」

「うむう。てかてか、あのジジイ。今さら社交界に興味なんてあったんだあ?」

「だからジージ様。それはともかく、何でも偉い人たちがここまでたくさん押しかけてきて、お師匠様に散々頭を下げていたから、きっと訳あり案件に違いないわ」

「ふうん」


 モタは当てが外れて、小さく息をついた。


 師匠のジージだったら、冒険者でなくとも、前衛が出来る強者を紹介してくれそうだと見込んでやって来たのだ。おかげで北の魔族領に冒険に赴く計画にまた遅れが生じてしまった。


「それより、お昼食べていく? 少し多めに作っちゃったのよ」

「いくいくー!」


 モタは気にせずに、元気良く二つ返事した。


 最近は逃げてばかりで、ろくなものを食べていなかった。何をするにも空腹は最大の敵なので、モタはとりあえずテーブルの椅子にぴょこんと行儀悪く座った。


 そうしてお昼をご馳走になっていると、モタはふいに昔のことを思い出した――


 神官職が大神殿に必ず登録するように、魔術師も魔術師協会に入会する。


 神官は大神殿内の学術棟の大教室で集団教育を受けて、そのほとんどが試験を卒業して神殿や教会に所属する。だから、セロのように冒険者になってパーティーに入る者は意外に少ない。


 一方で、魔術師は一人の師匠に付いて、個人教育を受けていずれ認められると、そのほとんどが冒険者になるか、貴族に雇われていく。


 駆け出し冒険者だったバーバル、セロやモタが王都に着いたとき、バーバルはモンクのパーンチと一緒に冒険者稼業をそのまま続けたが、セロはしばらく大神殿に入学し、またモタも指導してくれる魔術師を探すことになった。


 もちろん、モタの不世出の才能はすぐに認められたのだが、その気紛れな性格と、たまに魔術を暴発させる癖も相まって、上の者たちからは敬遠されてしまった。師匠になりたいと望む者がなかなか出てきてくれなかったのだ。


 仕方がないので、ねたモタは魔術師協会の建物の前で、樽に『捨てモタ』と記して入って、顔だけひょっこり出して「にゃあ」と鳴きながら拾ってくれる人をじっと待っていたら、巴術士のジージがやって来て、むしろお腹を抱えて笑ってくれた。


 結局、よほど波長が合ったのか、高齢のジージは「やれやれ」と肩をすくめてモタを最後の弟子として採った。


 ほぼ引退していた王国最高峰の魔術師が数十年ぶりに弟子を拾ったという話は、王都だけでなく国内でも話題になったほどだ。


「むふー。しあわせー。ご飯美味しかったー。ありがと! おばちゃん」


 モタはきちんと「ご馳走様」をしてから、後片付けを手伝った。


「ばいばい。ジジイによろしくね」

「もう! ジージ様よ。でも、また来なさいね。モタがいると、お師匠様は本当に嬉しがるんだから」

「うん!」


 モタは気持ちよく返事して、古塔から出た。再度、自身に認識阻害を掛け直す。


 ご飯を食べていたら、ついつい昔のことを思い出してしまったが――


 バーバルも。セロも。いったい、今頃何をしているんだろうか、と。モタは急に心配になってきた。いつまであの二人は喧嘩しているんだろうか。昔みたいに仲良くすればいいのに……


 もっとも、それはモタだって同じだ。


「そうだった。早くセロにごめんなさいしなくちゃ」


 そんなふうにモタがやや俯きながらも、とぼ、とぼ、とスラムの表通りを歩いていたら、どこからか怒声が聞こえてきた。


 もしや、認識阻害がこんなに早くバレてしまったのかと周囲を見渡してみるも、追ってくる者はいなさそうだ。


 それでも、警戒はした方がいいということで、モタはスラムの裏道に入ろうとした。


 直後だ。


 ゴツンっ、と。


 モタは誰かとぶつかってしまった。


 見ると、女聖騎士キャトルと同い年ぐらいの少女で、冒険者風の格好をしていた。どうやらモタではなく、この少女の方が何者かに追われているようだ。


 が。


 モタは「んんー?」と首を傾げた。


 同時に、その少女も「あれ?」と眉をひそめた。なぜなら、どちらも自身に高度な認識阻害を使っていたからだ。


 こうして、いかにもお尋ね者同士の二人は出会ってしまった――そう。今、ここにモタの冒険がついに始まったのだ。

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