第53話 晩餐会(後編)
「ルーシー様には敵いませんが、私どもからもセロ様に差し上げたいものがございます」
と、いきなり切り出してきたのは人狼メイドのトリーだった。
今日のお昼に休みも取らずによく動き回っていたなあと感心していたら、どうやら魔王城改修の内装作業はダークエルフの精鋭や他の人狼メイドたちに任せて、午後の間はずっと得意の裁縫に精を出していたらしい。
「セロ様がいつまでも神官衣だけではとお悩みのようでしたので、改めて魔王に相応しい衣服を手掛けてみました」
「ええと……一応聞くけど、魔王城風とかアイアンメイデン風とかじゃないよね?」
「もちろんです」
トリーはそう断言して、またもや「むふー」と一気呵成にまくしたててきた。
「何しろ、今回の衣装はピラミッド風でございます。金のセロ様像は不要だということでしたので、その余った金をこのピラミッドに流用させていただきました。どうかセロ様もご試着くださいませ」
ご試着ください、と言うわりにはすでにセロの周りには人狼メイドたちが控えていて、着々とセロをピラミッドで囲っている。というか、ピラミッドってそもそも着るものなんだろうか……
あと、服というよりこれって新しい棺桶じゃない? もっと言うと、前のアイアンメイデンといい、このピラミッドといい、実はさりげなく殺意が込められているんじゃない? と、セロはピラミッドの頂点から頭だけ出して思案しながらその後の晩餐会を過ごすしかなかったわけだが、当然手足は出ない仕様になっているので、最早何もすることが出来ない……
そんなタイミングで、人狼メイドのドバーがやって来る。
「そういえば、ドバーは掃除をしっかりやってくれたのかな?」
セロはドバーに声をかけた。たしか、お昼に会ったときにはチェトリエに小突かれて、
すると、ドバーは低い声で答えた。
「セロ様たちが掃除してくれましたので……」
どうやら勇者パーティーのことを言っているらしい。そうか。あれも掃除のうちだったかと、セロはつい遠い目をした。もっとも、チェトリエの説明によると、本業の方はきちんとこなしたらしい……ていうか、本業ってどっちだっけ?
そんなふうにセロが考え込んでいると、よりによってピラミッド状態のときにダークエルフのリーダーこと近衛長エークが一人の少女を連れてやって来た。
「セロ様、ご紹介したい者がおります」
そう言って、エークが跪くと、その少女も倣ってから挨拶を始めた。
「第六魔王こと愚者セロ様。お初にお目にかかります。当方は『迷いの森』に所属しております、ダークエルフのドルイドことヌフと申します。以降、お見知りおき頂けましたら幸甚でございます」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
セロにしては簡素な返答だったが、実のところ、魔王の帝王学というわけではないが、ルーシーからは「挨拶なぞ適当に相槌だけ打っていればいい」と教わっていた。
だが、『封印』の仕事をお願いするわけだから、丁寧に対応しようと考えた。まあ、外見はピラミッド状態ではあったわけだが……
「そうだ。ヌフさん――」
「セロ様。ヌフと、呼び捨てで構いません」
「あ、分かりました。では、ヌフ。これからヌフには魔王国防衛の為の『封印』について色々と相談すると思います。何か気にかかったことなどあれば、気兼ねなく言ってください」
「畏まりました。こちらこそよろしくお願いいたします」
セロはヌフに対して鷹揚に肯いてみせた。
それよりも、エークが散々、とっつきにくい最長老と言っていたので、セロにとってドルイドのイメージはもっと頑固で険のある年寄りみたいな印象だった。
それに反してこのヌフはというと、たしかにフードを目深に被ってはいるものの、ダークエルフの双子のディンとさほど変わらない見た目だ。ディンがふわふわのお嬢様だとしたら、こちらのヌフは生真面目な学級委員長といったふうにも見える。いかにも眼鏡をくいっとする仕草が似合いそうだ。
何にしても、そんなヌフが挨拶を終えて席にいったん戻ったのを見送ってから、セロはエークにこっそりと聞いてみた。
「ところでさ、エーク」
「はい。何でございますか?」
「ダークエルフって長寿だって聞くけど……皆、何歳くらいなの?」
「まず、ドゥやディンですがまだ十歳です」
「そうなんだ。年相応だったんだね」
セロはそう応じてから、二人にちらりと視線をやった。
ダークエルフの双子ことドゥは十歳にしてはやや幼く感じるし、ディンは博識も含めて大人びている。
本来はセロとルーシーのお側付きの役回りだが、今は晩餐会ということで二人とも席に着いて食事を楽しんでもらっている。子供なのだから年相応に真っ直ぐ育ってほしいものだ。
「で、エークは?」
「はい。私は三百歳超です。エルフ系の亜人族としてはちょうど脂が乗ってくる時期ですね」
なるほど。だから『迷いの森』の
「じゃあ、ドルイドのヌフは?」
「…………」
その瞬間、エークは押し黙った。
それから広間に間諜用の呪詞が漂っていないことをしっかりと確認した上で、さらに手で隠すようにしてセロの右耳にこっそりと囁いた。
「おそらく優に千歳は越えているかと……下手をすると数千歳でもおかしくはありません。そもそも『ドルイド』という職業に選ばれる者は極めて特殊で、ダークエルフの中でも最も長寿で、いわば森の樹木、もしくは木霊のような存在とされています。少なくとも私の両親が生まれたときには、長老然としていたそうなので、正直なところ、私でもその年齢については正確には分かりません。
それを聞いてセロが「ふうん」と相槌を打つと、左耳でそっと声がした。
「セロ様、あまり女性の年齢を詮索するのは好ましくありませんよ」
ギョっとしてセロが振り向くと、そこにはいつの間にかヌフがいた。
テーブルにちらりと視線をやると、座っていたヌフがうっすらと消えかけている。
ということは、あちらはダミーで、本人はずっとセロのそばにいたということになる。気配を探知するのに長けたエークですら見抜けなかったということは相当なものだ。
上には上がいるものだなあと、セロが改めて感心していると、
「あくまでも封印や認識阻害が得意分野というだけです。戦えばセロ様にはまず勝てません」
ヌフはそう言って、今度こそテーブルに戻っていった。
それが実体なのかどうか、セロには確かめる
「小生も同じぐらい年を取っていますよ、
すると、今度はピラミッドの中から声が聞こえてきた。
もっとも、セロもこの中に何かいるなあと薄々気づいていたので別に驚きはしなかった。
どうやらピラミッドの背の部分が開けられるらしく、そこから
「それより、エメス。急にどうしたんだ?」
「はい、セロ様。折り入って相談があるのです」
「相談?」
「小生の研究室を作ってほしいのです、
セロがエークに視線をやると、エークは顎に手をやってしばらく考え込んでから、
「それでは、地下牢獄を改修しては如何でしょうか?」
「たしかに牢獄なんていらないよね」
セロも同意すると、食事を楽しんでいたルーシーがこちらを向いた。
「何だかんだで牢獄は必要になるぞ。たとえば、今日とてもし勇者と聖女を捕まえていたなら、あそこに放り込むしかなかったわけだからな」
「では、小生から具申しますと、研究室兼牢獄にいたしましょう。そうすれば捕えた者を実験体にも出来ます。一石二鳥とはまさにこのことです。
「…………」
セロは何だか違う気がして目を閉じた。
「それと、セロよ。貴方はどうしても性善説に傾きがちだが、もし仲間内に罪を犯す者が出てきてしまった場合もやはり牢獄が必要だ。見せしめにして罰を与えなくては示しがつかないからな」
「では、小生から具申しますと、罰として何らかの実験を施しましょう。適材適所とはまさにこのことです。
「…………」
もしかして、エメスが必要なのは研究室じゃなくて実験体の方なんじゃないのかな、とはセロも言わずにおいた。
それを指摘したら、さらにねだられるような気がしたからだ。今のところはアジーンとエークだけでお願いしたい。早々、そんな特殊な性癖の人なんて見つからないのだから……
とはいえ、ルーシーの言うことももっともだったので、エメスが捕まっていた魔王城地下最奥にある広間を研究室に改修して、牢屋の部分はそのまま残すことにした。
「さて、と」
セロはそう言って、ピラミッドの服を脱いだ。
そして、広間から繋がっているバルコニーへと出る。
風がひんやりとしてとても心地良い。それにここからだとトマト畑がよく見える。
どうやらコウモリたちも気持ち良く飛んでいるようだ。イモリたちは血のプールを噴水みたいにして遊んでいる。こんな夜だというのに、ヤモリたちは魔術で土を耕してくれているようだ。今もどんどんと畑が拡張している。
「いったい、急にどうしたのだ?」
すると、すぐ背後からルーシーが声をかけてきた。
出会ったのはつい最近のはずなのに、今ではかけがえのない
人族として冒険してきた数年間よりも、魔族となったここ数日の方がよっぽど濃密だったように思えるから不思議なものだ。
とはいえ、王国に対して勇者バーバルと聖女クリーンに
戦って死ぬことこそが本望だと、セロは新たな生き様を定めたわけだが、果たして何と戦うのかについてはまだ明確にはしていなかった――勇者バーバルと聖女クリーンがまたやって来るのか、それとも王国の聖騎士団などの軍隊が動くのか、他の魔王か、あるいはもっと他に蠢いている者たちがいるのか。
何にしても、セロは遠くを見つめながらも、右拳をギュっと握った。
「僕たちの戦いはこれからだ」
「たしかに、あの程度の勇者と聖女が相手では、
こうして第六魔王こと愚者セロを中心として、新たな魔王国は始動した。
後世の史書にはこう残されている――混迷を極めたこの時代において最も賢くあった国こそ、愚者の王国だったと。もちろん、このときのセロにはまだ、そんな世界の中心にいる自覚など持ち合わせていなかったのだが。
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