第32話(追補) 駆け出し冒険者

「セロ! 取り逃した。そっちに一匹行ったぞ!」

「分かった。バーバル。任せてよ!」


 氷狼アイスウルフの群れから一匹が抜け出した。


 パーティーの後衛であるモタを目標として定めたようだ。先ほどからモタの炎系範囲魔術の餌食になっていたのでどうやら堪らなくなったらしい。


 セロはモタを庇うように中衛の位置で棘付き鉄球ことモーニングスターを構えた。


 モタはセロを信頼しているのか詠唱を一切止めていない。並みの魔術師ならすぐにでも距離を取ろうとするところだ。


「来い!」


 セロがそう気合を入れると、前衛からまた声が掛かった。


「すまん! セロよ。滑っちまった!」


 モンクのパーンチが氷狼たちの放った『地面凍結』による地形効果で転倒したらしい。


 おかげでさらに二匹がセロとモタに牙を剥いた。それでもモタはまだ動じない。目を閉じて詠唱することだけに集中している。そんな様子にセロは「ふう」と大きく息をついた。


「やってやる!」


 セロは狼たちに負けじと、「う、おおお!」と咆哮を上げた。


 アイテム袋から皮の服を取り出すと左腕にぐるぐると巻いて、一匹目の牙をわざと受けた。


 筋肉深くに牙が届いたような感覚があったが、セロは気にせずにその一匹目を腕ごと振り回して二匹目にぶち当てる。


「キャウン!」


 さすがに肉を切らせて骨を断つような攻撃を氷狼たちは予想していなかったのか――


 二匹とも目を回してその場にへたり込んだ。三匹目は賢いのか、セロを相手にせずに脇をすり抜けて行った。だが、セロは棘付き鉄球を飛ばして氷狼にぶち当てる。


 同時に、モタの炎系範囲魔術の詠唱が終わって、バーバルやパーンチたちが相手にしていた群れに幾つもの火球が轟々と飛んでいった。その威力に氷狼の群れは一網打尽となった。


 セロはやっと一息ついて、左腕をかばいながら先ほど倒した二匹に視線をやった。


「ん? ……あれ?」


 一匹がいなくなっていた。


 逃げたのか? モタの方には行っていなかった。すると、そのモタが声を荒げた。


「セロ! すぐ後ろ!」


 振り向くと、眼前には氷狼の牙があった。


 しまった。と、セロは愕然とした。これはやられたかと観念までした。


 が。


 そのときだ。


「やらせるかよ!」


 バーバルが銅剣を盾にするようにしてセロの前に立ちはだかったのだ。


 次の瞬間、動きが一瞬だけ止まった氷狼はモンクのパーンチによる蹴りを受けて吹っ飛ばされた。


「キャン!」


 情けない鳴き声と共に肉塊が四方に散っていく。


「ふう。助かったよ。バーバル。それにパーンチ」

「オレがやらなくてもバーバルがすぐに斬ったさ。だから、礼なら助けたバーバルに言いな」

「謙遜するな、パーンチよ。それにもともと群れから何匹か逃したのは俺たち前衛の責任だ。すまなかったな。セロとモタよ」

「ふっふーん。そんぐらいお見通しだよー。それでも詠唱を切らさなかったわたしをほめてー」

「いや、お見通しって……」


 前衛の二人を信頼してないのか……


 と、セロがモタに呆れてみせると、バーバルは気にせず、心配そうにセロの左腕に視線をやった。


「大丈夫か?」

「薬草を塗り込むよ。骨には達してないから何とかなるはずさ」

「セロは後衛職なのだから、もっと俺たち前衛を頼ってくれ。まあ、モタにはいまいち信頼されていないようだがな」


 バーバルが苦笑を浮かべると、セロもつられて笑った。


「なあ、セロよ。俺はもっと強くなる。いつ何時、皆をしっかりと守れるぐらいにな」


 バーバルはそう言って、セロの右肩をぽんと叩いてから氷狼の遺体を集め始めた。


「良いパーティーじゃねえか。オレもこの依頼クエストに参加出来てよかったよ」


 モンクのパーンチはそう付け加えると、セロから離れていってバーバルを手伝った。


 今回はどこかの放蕩貴族からの要望があって、冒険者ギルドで受けた魔物モンスターの退治依頼だった。その際に同じ組合に登録していたパーンチが「一緒に組もうか」と声を掛けてきた。


 氷狼は群れという話だったから、前衛の頭数が足りていなかったセロたちにとっては渡りに船の提案だった。実際に、パーンチがいなかったら逆に全滅させられたかもしれない……


 何にせよ、これで高額依頼は達成だ。


「でもでも、依頼にあった氷狼の氷肝なんておいしのかなー?」


 モタが首を傾げると、


「何でも放蕩貴族様は秘湯に入りながらそれを食べたいそうだ」


 バーバルはまた苦笑を漏らした。


 セロとパーンチはつい目を合わせた。世の中の偉い人にはよく分からない者がいるものだなと、一緒になって首を捻ったわけだ――






 そんな駆け出し冒険者時代のことをセロは思い出していた。


 魔王城の寝室にある大きな柩の中でセロはふいに目を覚ました。今でもセロを助けてくれたバーバルの背中は、はっきりと記憶に刻まれている。


 大きくて、逞しくて、とても頼もしく思ったものだ。


 あんなふうに誰かを守れる人になりたいと、セロは憧れた。そう。ずっと憧れ続けたのだ。


「それなのに、なぜ……」


 セロは下唇を噛みしめながら、王都に来てから変わってしまったバーバルについて思いを馳せた。


 勇者という称号の輝きに狂わされたのか。それとも聖剣の持つ重みに耐えられなくなったのか。いずれにしても、『皆をしっかりと守れるぐらいに』強くなると望んだバーバルはもういない……


 セロは棺から出ると、魔王城の窓から王都の方に視線をやった。


 もちろん、ここからでは幾つかの山の峰々が邪魔をして王都自体は見えないが――


「バーバル。もし僕を討伐しに来るというなら受けて立つよ。僕は守ってみせる。この国も。そして、新しい仲間たちも」


 セロはそう呟いて、幼馴染ライバルとの決戦に臨む決意をした。

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