第31話 パーティーは決断する(勇者サイド:08)
「申し訳ありませんが、私はパーティー内の揉め事に関与するつもりは一切ありませんよ」
聖女クリーンはそう言って、勇者バーバルの機先を制した。
「ですから、勇者バーバル様。まずは私の申し出に対して答えて頂けませんか?」
そう詰め寄られて、勇者バーバルはというと、殺気のやり場に困って頬をひくひくと痙攣させた。
実は、午前中のうちに勇者バーバルは聖女クリーンから諫められていた。今のままでは魔王討伐など夢のまた夢だから、しっかりと訓練を重ねて、少なくとも不死将ぐらいは一人で倒せるような強さを身につけてほしいと懇願されたのだ。
もちろん、魔王討伐もせずにモンスター退治で力を付けていたら貴族からの風当たりは強くなる。だから、第七魔王こと不死王リッチ討伐にかこつけて、神殿の騎士団を稽古相手にするなら、聖女クリーンがその仲立ちをするという話を受けていた。あとは勇者バーバルの返答次第だった。
聖女クリーンからしたら、その日の夜にパーティーの話し合いにわざわざ呼びつけられたのだから、てっきり答えが聞けるものと思っていた。それなのに、今はなぜかセロの話題になりかけている。
だから、クリーンは脇道に逸れるのを嫌って、バーバルよりも先手を打ったわけだ。
が。
勇者バーバルは横柄な笑みを浮かべると、ドンっとテーブルを叩いた。
「いいさ。クリーンよ。答えてやろうじゃないか」
そう言って、じろりと全員に視線をやる。
「これから俺たちはすぐにでも魔王を討つと決めた」
もちろん、モンクのパーンチも、エルフの狙撃手トゥレスともそんな話は微塵もしていなかったわけだが、勇者バーバルはあくまで
同時に、モンクのパーンチはがたっと席を立った。
「いいぜ。そうこなくちゃな」
いかにも戦闘狂らしく拳を掌に叩き込む。
一方で、狙撃手トゥレスはというと、聞いているのかいないのか、相も変わらず淡々と作業を継続中だ。
一方で、聖女クリーンはというと、そんなバーバルの返答に対してさすがに頭を抱えそうになった。
訓練が必要だとあれだけ言ったのに、なぜ魔王討伐の話になるのか――これほどまでに話の通じない人間は初めてだといったふうに、クリーンは勇者バーバルに向けて心底呆れた表情をした。
いっそもう知らないとばかりに席を立とうかとも考えたが、このままだと確実に勇者パーティーは壊滅するし、そうなるとなぜ止めなかったのかと非難も出てくる。聖女クリーンは仕方なく、とりあえず話の結論だけ急がせた。
「それで……いったい、どの魔王を討伐するのですか?
そこでいったん言葉を切ってから、聖女クリーンはため息混じりに肩をすくめると、
「あるいは、まさかとは思いますが、地上の魔族領ではなく、地下世界に攻め込んで
すると、勇者バーバルはゆっくりと頭を横に振った。
「もちろん、そのいずれでもない」
そのとたん、室内はしんとなった。
誰もが勇者バーバルの真意を図りかねたからだ。
モンクのパーンチは「ああん?」と眉をひそめているし、狙撃手トゥレスも珍しく作業を止めて冷めた眼差しを勇者バーバルに向けている。聖女クリーンとて、ついに頭がおかしくなったのかと訝しげな表情に変わっていた。
が。
勇者バーバルは堂々と言葉を続けた。
「強いて言うなら、新しい魔王とでも言うべき存在だ」
モンクのパーンチと狙撃手トゥレスは不可解そうに互いの顔色を
「まさか!」
その叫びに対して、勇者バーバルは「ご名答」と底意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「そうだ。討つのは、セロだ!」
だが、勇者バーバルが自信満々に宣言したのに対して――
モンクのパーンチは「はあ」と、いかにも気乗りしないふうだった。
実際に、椅子の背にもたれてブランコのように行ったり来たりを繰り返してから、
「セロかあ。まあ、いっか。一度はあいつともやってみたかったしなあ……」
そう自分に言い聞かせるように呟いて、勇者バーバルに一応の同意をした。
一方で、狙撃手トゥレスはそんなパーンチとは対照的に、作業を片付けてから無表情で席を立つと、
「私は『
珍しく長台詞を淡々と告げてから、客間のドアを開けて出ていこうとした。
その直後だ。
聖女クリーンが「お待ちください」と狙撃手トゥレスを止めた。
「セロ様はたしかに現王や大神殿からはまだ正式に魔王認定はされていません。ただ、魔族になった可能性が高いのは確かです」
「なぜ分かるのだね?」
「セロ様を転送陣で魔族領に送った際に、万が一を考えて『追跡』の法術を掛けておきました。一か月程度で自然消滅する術式ではありますが、その反応は魔王城付近から動いておらず、それに消えてもおりません。つまり、セロ様は魔王城にいます」
「だからといって魔王になったとは限らないだろう?」
「はい。ですから、今ここで大神殿の聖女として正式に認定いたします」
「……本気かね?」
「少なくとも、魔王城には真祖カミラ以外にも長女ルーシーがいたはずです。貴方がたはルーシーを討伐してはいないのでしょう?」
「ふむ。たしかにあの日は見かけなかったね」
「だとしたら、セロ様はルーシーと一緒にいるはずです。『愚者』になりかけていた呪人と真祖の娘――いずれどちらかが魔王になってもおかしくはありませんし、凶悪な魔族が二人とも共存しているのはいかにもおかしい。そもそも、これは貴方がたがやり残した任務でもあります」
「なるほど。ルーシーを討てなかったのは落ち度かもしれないが、セロに関してはむしろ君たちの責任ではあるまいか?」
狙撃手トゥレスに鋭く指摘されて、勇者バーバルと聖女クリーンは顔をしかめた。
クリーンは横目でバーバルを睨みつける。あのとき、セロを捕まえて投獄でもしておけば、こんなふうに諫められることもなかったはずだ。
「まあ、何にしても、言いたいことは分かったよ。聖女がこの場にて正式に魔王認定を下すということなら、私も断り切れまい」
「ありがとうございます」
「それで、君自身はいったいどうするつもりだね?」
逆に問われて、聖女クリーンはしばし目をつぶった。
もちろん、魔王討伐に付き合う必要はなかった。実際に、先ほどパーティー加入の件は断ったばかりだ。
だが、聖女クリーンにも思惑はあった――
もしセロがまだ呪人のままで魔族になっておらず、先日のことを水に流してくれるならば、解呪に協力する形で勇者パーティーに復帰してもらえればそれこそ大きな戦力になる。
また、もしセロが魔族になっていたならそれこそ討てばいい。その後に魔王認定して、勇者パーティーに箔をつけて、国内最強の冒険者や聖騎士団あたりの協力でも仰いで、勇者バーバルを徹底的に鍛えてしまう。
聖女クリーンは狙撃手トゥレスに視線をやって、次いでモンクのパーンチ、最後に勇者バーバルを見つめると、
「私も勇者パーティーに同行致します。大神殿の地下には巨大転送陣が存在します。百年近く使われていませんでしたが、明日の午後までには使用できるように調整してみせましょう」
その言葉に、勇者バーバルはギュっと拳を固めた。
「よし! 決まったな。それでは皆、決行は明日だ!」
こうして、ついに勇者バーバルと第六魔王セロとの戦いの火蓋が切られようとしていたのだった。
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