第23話(追補) 暇
人狼のアジーンは王国北部の辺境の森にいた。
「釣りでもするか、狩りでもするか、それとも女でも求めるか……」
第六魔王こと真祖カミラから
人狼は魔族だが、一見すると獣人の亜人族に見えるので、人族の領土であってもあまり警戒されない。そもそも、種族特性として月の満ち欠けによって体内の魔力(マナ)濃度が左右されるので、昼間はむしろ普通の獣人に近い。
逆に、満月の夜などは巨狼になるし、禍々しい
何にしても、よほど魔族に詳しい冒険者、あるいは訓練を受けた騎士でない限り、今のアジーンを見掛けて人狼だと気づく者はいないというわけだ。
そもそも、人狼は数が少ない。ほとんど絶滅危惧種と言ってもいい存在だ。
もとは亜人族の
理由は
犬が人の良き友人であるように、犬人も良き仲間――のはずだったが、古の大戦が起こると、人族は犬人たちを
おかげで希少種となった人狼も物珍しさから追い立てられて、結局、第六魔王国に庇護を求めた。
アジーンたちが真祖カミラの使用人として働いているのも、そんな経緯があったからだ。カミラは良き主人ではあったが、たまにこうして皆に暇を出すことがあった。
男でも連れ込んで自由気ままに過ごしているのかなと、アジーンは家宰として気にはなったが、余計な詮索はしなかった。それだけ今の魔王城は住み心地が良かったし、カミラの庇護下で人狼の再興が叶えばいいとも考えていた。
すると、どこか遠くで女性の悲鳴が上がった。
素早く近づくと、どうやら人族の若い女性と男の子が盗賊らしき者たちに襲われているようだ。子供が健気に木の枝を持って、女性の前に立って守ろうとしている。
「仕方あるまい」
かつては名うてのプレイボーイとして、ぶいぶい言わせていたアジーンだ。
たとえ人族であっても、困っている女性――いや、全く困っていなくても、女性は助けてすぐに口説くべきという信条を持っていたので、アジーンはさも当然のように盗賊たちを一瞬で蹴散らした。
「ありがとうございます、旅の方」
とはいえ、その若い女性は修道衣を纏っていた。
小さな男の子と一緒にいるということは、近くに孤児院でもあるのだろうか……
「すっげー。強えー」
男の子は元気よくアジーンを小突いてくる。
さっきも盗賊から女性を守ろうとしていたぐらいだから、正義感もあって、戦いにも興味があるのだろう。そのうち冒険者にでもなって、魔族退治でもするかもしれない……
「パーンチ兄ちゃんよりも強いかもなー」
「ほう? それは光栄だな」
パーンチ兄ちゃんが誰なのかは知らなかったが、アジーンは「よくやったぞ」と男の子の頭を撫でて褒めてあげて、早速女性を口説きにかかろうとした。
が。
ぴくりと耳が動いて、「ふう」と息をついた。
「それではお気を付けください。さすがに女性一人、子一人で郊外に出られると危ないですよ」
アジーンは執事らしく洗練された仕草で会釈をすると、二人から遠く離れてから先ほどの森の中に戻った。
そこには同じ人狼のドバーがいた。さらにドバーの周囲には二十人近くの盗賊たちが倒れている。どうやら盗賊の仲間のようだ。ここに拠点でも作るつもりだったらしい。
ドバーはわずかに肯くと、アジーンに告げた。
「真祖カミラ様が崩御なさいました」
「…………」
アジーンはしばし絶句した。
カミラは古の大戦を戦い抜いた魔王だ。当然、この大陸でも指折りの実力者であって、満月時の人狼が十人全員でかかっても倒すことは出来まい。
「……いったい、誰に?」
「王国の勇者パーティーです」
アジーンは珍しくも項垂れた。
だが、頭を横にぶんぶんと振ると、何とか気を取り直してドバーに聞いた。
「長女のルーシー様は?」
「いまだ確認出来ておりません」
「たしか、
「はい」
「至急、ルーシー様の生存確認をせよ。それと散っていた人狼も集めよ。魔王城に戻る」
アジーンはそう言うと、北の魔族領へと駆け出した。
その後、夜陰に紛れて魔王城のホールにてダークエルフの精鋭たちと戦うことになるのは、ほんの数日後のことだった。
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