第22話 守るべきもの

「セロとアジーンよ。わらわの戦いだ。手は出すなよ」


 ルーシーはそう言って血の双剣を構えた。


 次の瞬間、人造人間フランケンシュタインのエメスが長柄武器ハルバードをルーシーに向けると、その刃先から無詠唱で魔術の『電撃ライトニング』が射出された。


 ルーシーは横っ飛びでかわして、人造人間エメスとの距離を一気に縮めようと直進する。


「む?」


 だが、ルーシーは何かに感づいてバックステップした。


 そのとたん、ルーシーがいた場所に小さな円陣が浮かび上がって爆発した。土魔術による設置罠の『地雷マイン』だ。


 ルーシーは「ちい」と苦々しく舌打ちした。


 これまで人造人間エメスが設置罠を仕掛けた様子はなかった。ということは、ルーシーたちがここに来る前に仕込んでいたものになる。要は、この広い地下牢獄全体が罠だらけかもしれないということだ。


「セロよ! こちらから仕掛ける! ドゥとディンをしっかりと守ってくれ!」


 ルーシーはそう声を上げると、呪詞を高々と謡って、牢獄内に水系と闇系の複合魔術である『血の雨ブラッドレイン』を降らせた。


 その雨粒が床に下りると、仕掛けてあった『地雷』が連鎖的に爆発していく。


 床が吹き飛び、爆風が吹きつけてくる中で、セロはアイテムボックスからモーニングスターを取り出すと、その棘付き鉄球を回して盾代わりにした。おかげでドゥとディンを守って、傷一つ付けずに済んだ。


 人造人間エメスはというと、そんなセロの様子にちらりと視線をやった。


 セロには不思議とその眼差しに微かな羨望がこもっているのを感じ取った。一方で、ルーシーはその隙を見逃さなかった。


「よそ見とは余裕だな、エメスよ」


 人造人間エメスとの距離を一気に縮めると、ルーシーは双剣の手数で圧倒し始めた。


 しかも、床に溜まった血が設置罠の『血地雷ブラッドマイン』と化して爆発する。さらには、飛び散る血が小さな羽虫に姿を変えて、人造人間エメスを喰らおうと襲い掛かった――こうした血による多形攻撃こそ、吸血鬼の真骨頂なのだ。


 そんな手数の多様さに、人造人間エメスはハルバードだけでは対抗出来なくなっていた。


「やりますね。真祖カミラよりも強いやもしれない」

「ふん。妾個人の実力では、貴様とせいぜいする程度だろうさ」

「その回答は理解出来かねます。終了オーバー

「簡単なことだ。仲間がいれば、さらに強くなれるという意味だよ」


 もちろん、人造人間エメスはセロの『導き手コーチング』までは分析しきれていなかった。


 今のルーシーはセロによって倍以上に強化されている。その心地良さにルーシーは微笑を浮かべつつも、ついに人造人間エメスの体を双剣で切りつけた。


「うっ」


 と、エメスは呻いて即座に後退すると、


「仕方がありません。出力上昇オーバードライブ!」


 そのとたん、人造人間エメスの皮膚の継ぎぎから青白い光が漏れた。


 逆に、目や口などの粘膜からはぷすぷすと煙が上がり始める。どうやら今の魔力マナの出力に体の部位が耐えきれないようだ。


 ルーシーはその様子を見て、わずかに眉をひそめたが――


 そんな間隙を縫って、人造人間エメスはルーシーを怒涛の勢いで突き始めた。スピードではルーシーが上のはずだったのに、今では押されている格好だ。


「ちい! いちいち一撃が重い!」


 ハルバードの刃先で切りつけられて、噴き出たルーシーの血はやじりに形を変じて人造人間エメスに迫るも、エメスが無詠唱で周囲に『雷撃』を展開すると、その全ては蒸発させられた。


 手数とスピードで上回れなくなったルーシーは血の双剣を半分ほどに減らして、さらに多くの血の鏃で抵抗しようと企てたが、


「出力限界まで承認。撃滅いたします。終了オーバー


 結局、血は全て液体なので、人造人間エメスの放った高火力の魔術によって霧散していった。


「くそがっ――」


 今となっては完全に立場が逆転していた。


 ルーシーが一方的に押し込まれてしまったのだ。


 ドゥが焦りでつい身を乗り出した。ディンは「ルーシー様!」と悲鳴を上げた。アジーンまでもが無言で拳を固く握りしめた。


 だが、セロだけはやけに落ち着き払っていた。


 というのも、人造人間エメスの方がむしろ不利に見えたからだ。今のエメスは明らかに無理をしていた。それどころか、まるで命を削って戦っているようにすら見えた……


 そういう意味では、ルーシーは人造人間エメスが力尽きるまで何とか凌げばいいだけだ。


 実際に、セロの見通しは間違っていなかった。人造人間エメスには、戦闘活動を継続する為の魔力がほとんど残されていなかったのだ。


 そもそも、遥かいにしえの時代に造られた生物だ。魔族に転じてしまってからは魔核に魔力のチャージもしていないし、それに人造人間に関する技術も失われて久しい。


 真祖カミラによってこの地下牢獄に封印されたので、活動停止して何とか生き永らえてきたものの、最早、ルーシーという魔王級の相手に戦う余力など、最初から持ち合わせていなかったわけだ。


 だからこそ、人造人間エメスは魔族として誉れを望んだ。


 この戦いで壊れることこそ、本望だったわけだ。事実、しばらくすると、人造人間エメスはついに自壊し始めた。


 もう肉体が出力に耐えきれなくなったのだ。青白い光は途切れがちになって、継ぎ接ぎだらけの皮膚からも煙がもくもくと上がって、しだいに動きも緩慢になっていく。


 そのタイミングを見逃さずに、ルーシーはナイフほどの大きさになった双剣を二つとも人造人間エメスの魔核がある箇所に突き立てようとした――


とどめだ、エメス」


 刹那。


 人造人間エメスは小さく笑みを浮かべた。


「感謝する。終了オーバー


 メトロノームのように正確で、抑揚のない声が地下牢獄によく響いた。


 が。


 ルーシーは直前で双剣を血に戻した。


 その血が両腕を伝って、ぽた、ぽた、と床に落ちていく。


「なぜ……止めた?」

「何が感謝だ。ふざけるなよ、エメス」

「何……だと?」

「たしかに魔族にとっては戦って死ぬことこそ誉れだ。だが、貴様は本心から満足出来たのか? この戦いにて心行くまで抗ってみせたのか?」


 ルーシーの言葉はいっそ残酷に聞こえた。


 そもそも、人造人間に心という名の部位などあるわけがないのだから――


「妾には貴様が本気を出したようには見えん」

「これが……小生の全力だ」

「ならば、今の貴様は単なる自殺志願者に過ぎない。こんなものは心を殺した者の戦い方だ。いったい貴様は何の為に戦ったのだ? この戦いで誰に何の誉れを求めたい? 貴様がやったことは、ただの自己満足だ」


 ルーシーはそう唾棄すると、人造人間エメスを真っ直ぐに睨みつけた。


 だが、人造人間エメスは憤懣ふんまんやる方ないといったふうに表情を歪めてみせた。


「真祖カミラ同様に愚弄するつもりか? 小生には何もないのだ。とうに全てを失った。国も。帰るべき施設ラボも。大切な博士ヒトも。何もかもだ! 小生自身がこの手で全て壊してしまったのだ! 終了オーバー!」


 その瞬間だった。


 不思議なことに――セロには、はっきりと見えた。


 古の大戦時に魔王へと変じた人造人間エメスが自らの手で祖国を破壊していく様を。


 また、救うべきと定められた人々に手を掛け、守るべきとされた街や城を潰して、魔族としての衝動のままに何もかもを破壊し尽くしたおぞましき姿も。


 先ほど、セロは人造人間には心など持ち合わせていないと考えた。


 だが、それは間違っていた。エメスは持ってしまったのだ。大切なものを守りたいという想いを。皆と共にいたいという望みも。だからこそ、エメスはその失意のまま、地下牢獄に長らく自らを縛り付けていた。


 ここにきて、セロは頭をゆっくりと横に振った。


 今の光景は、もしや古の魔王こと『愚者』としての記憶なのだろうか……


 こんなふうにエメスの感じている痛みや苦しみがセロにも伝わってくるのも、『導き手コーチング』のスキルが呼応しているからなのか……


 何にしても、セロの心音は、ドクン、ドクンと、急速に高鳴りだした。


 地底湖で土竜ゴライアスと対峙していたときと同じだ。セロのもとにまた光の一条が下りてきたのだ。その煌めきを受けつつも、セロはエメスに向けてゆっくりと歩み始める。


「聞いてほしい、エメス。僕も同じだ。仲間も。誇りも。地位も。未来も――追放されて何もかも失った。生きる価値さえ見出すことが出来ずにいた」


 そう。セロはバーバルを呪いから守りたいと思った。だが、バーバルに裏切られた。


 逆に、エメスは人々を戦禍から守りたいと思った。だが、呪われたことで自ら裏切ってしまった。


 要は、二人ともよく似ているのだ。だから、セロは共に背負いたいと強く感じていた。エメスの罪も。過去も。その後悔や哀しみも。なぜならば――


「僕はルーシーと出会ったことで最期まで足掻こうと決めた。彼女との出会いが僕の全てを変えてくれた」


 セロは光差す胸に両手を当てながら言葉を続けた。


「今度は、僕があなたを導き、変えていく番なのだと思う」


 このとき、セロの決意によって自動パッシブスキル『導き手』は進化した。


 新たに『救い手オーリオール』となって、人造人間エメスを一気に包み込んだのだ。


 その瞬間、エメスの体から上がっていた煙が止まって、体内に魔力が少しずつチャージされていった。失われた技術のせいで直るはずもなかった箇所も完全にもとに戻っていく。


「馬鹿な……これはいったい? 終了オーバー


 そんなふうに戸惑う人造人間エメスに向けて――


 セロとルーシーは肩を並べて、手を差し伸べた。そして、二人はちらりと視線を合わせると、セロが代表して人造人間エメスへと告げた。


「僕は共にいる者を決して見放さない。そんな魔王でありたいし、そんな王国を作りたい。どうかな、エメス? あなたも僕たちと共にいてくれないだろうか? 守ってほしいんだ。僕たちの国を」


 人造人間エメスは「ふう」と息をついて、差し出された手を取った。


「そうか。これがエンダーの力なのか……ならば、魔王セロよ。約束してくれるか? 小生の体の中にずっとあり続けた、名も知らぬこのいたみもいつかは終わらせてくれると?」


 その声にはいかにも人間らしい、すがりつくような響きがあった。まさに祈りそのものだ。


「ああ、約束するよ。それにね、エメス。あなたの内にあるものは傷みなんかじゃない。きっとそれこそが心というものなんだ」


 次の瞬間、エメスの目から液体が漏れ出てきた。


「こ、これは、いったい――」


 エメスの驚愕に対して、セロとルーシーは小さく笑ってから言った。


「涙というんだよ。哀しいときや、苦しいときや、辛いときや、悔しいときには――」

「素直に泣け。そして、その思いを誰かと分かち合えばいいのだ」


 それがきっと、本当の仲間というものなのだから。


 セロはそう信じて、ルーシーと一緒に人造人間エメスの手を引いて立ち上がらせた。


 執事のアジーンやダークエルフの双子のドゥとディンも駆け寄ってくる。人造人間エメスはやや困惑を浮かべた。すぐにでも仲間という言葉をアップデートしないといけない。そうしないとこの状況には簡単には対処出来ない……そもそも、情報があまりにも足りていない……


 もっとも、情報不足でも構わないかと人造人間エメスはふいに思った。


 足りていないからこそ、あるいは欠けているからこそ、人は誰かを求め続けるのだ――


 そんなふうにして、ぽっかりと空いてしまったものを少しずつ埋める為に生きていくのも悪くはないのかもしれない。きっとセロやルーシーたちに比べて長い時間がかかるだろう。こればかりは仕方がない。もともと心を持たなかった人造人間なのだから。


 ただ、そうであっても、人造人間エメスは願った――


 エメスを仲間として受け入れてくれた人や場所をずっと守っていける存在でありたい、と。


 何にしても、こうしてセロの魔王国に古の魔王が一人、新たに加わった。そして、もう一人だけ。セロのもとに近づこうとする者がいた――それはこの物語の始点とでも言うべき人物。そう。勇者バーバルだ。


 ついにセロとバーバルは遭遇しようとしていたのだった。

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