第19話 人狼の襲撃

 魔王城を魔改造したいとは思っていたが、寝室までやる必要などなかった。


 だが、現実は非情だ。ダークエルフのリーダーことエークは魔王城の改修よりもセロの寝室の新設を優先させたようで、今、セロはそこに案内されて呆然としている。


 まず、あまりに広いのだ……


 どれぐらい広いかというと、王国の王城の大広間ぐらいある。百人以上が立ち並んで祝宴を開いてもまだ余裕がありそうだ。


 次に、そんな大広間ほどの寝室の中央にぽつんとベッドだけが置かれている。


 いかにもシュールな光景だ。まあ、これについては仕方がないところもある。魔王城自体がまだ壊れていて、家具など作る時間が取れないからだ。


 が。


 その肝心のベッドは、なぜかだった……


 窓からこぼれてくる満月の明かりを受けて、神々しく煌めいてさえいる……


「ええと……これは……」


 たちの悪いジョークかなと、セロもさすがに首を傾げた。


 ただ、セロの寝室を確かめに来ていたルーシーは「おお!」と感嘆の声を上げる。


「あれは見事な木棺だな」


 その言葉にエークは胸を張って、堂々と応えてみせる。


「はい。ありがとうございます。迷いの森の人面樹のうち、樹齢が千年以上のものから厳選いたしました。我々ダークエルフの彫り師によって、セロ様の喜怒哀楽といった表情を外側に施した上で、金を塗ってしつらえております」

「ほう。まさに芸術的な一品だ。で、実用性の方はどうなのだ? 棺自体にどれほどの耐久性がある?」

「木棺ではありますが、『炎獄ヘルフレイム』に耐えられます。また、瓦礫や落石などがあっても傷一つ付きません。ためしに先ほど魔王城前の溶岩マグマや永久凍土に漬けてみましたが、何ら影響はありませんでした。これでセロ様もぐっすりと永眠・・出来るはずです」


 いやいや、永眠したらマズいんじゃないかな、とはセロも言わずにおいた。


 それだけエークは誇らしげな表情を浮かべていて、ルーシーに至っては垂涎の逸品でも見ているかのような恍惚とした顔つきだ。


「では、エークよ。棺の中はどうなっているのだ?」

「もちろん、コカトリスの羽毛を底に敷き詰めて適度な弾力性を実現しています。頭部はスライムが受け止めてくれて、程よい固さに調整できます。また、寝つけない夜には羊の悪魔バフォメットが隣に召喚されて、やさしく添い寝してくれた上に羊の数までかぞえてくれるオプションも付与しています」

「それは最高だな! わらわにも用意してほしいぐらいだぞ」

「でしたら、明日にでも早速準備いたします」


 ルーシーとエークは互いに笑みを浮かべ合った。


 もっとも、セロは冷めた視線で棺をじっと見つめていた。どのタイミングで人は棺では寝ない生物なんだよと伝えるべきか迷った。


 それだけ気合の入った棺であることはさすがに素人のセロでも分かった。しかも、そんなセロの気持ちを表したかのように、哀しげな顔まで棺の外側に芸術的な美しさでもって彫られているのだから、最早何というかやるせない……


 それに、もしかしたら魔王は棺で寝るものなのかもしれないわけだし……


 と、セロがやや暗澹たる思いに駆られていると、ふいに遠くから剣戟の音が聞こえてきた。


 同時に、ダークエルフの精鋭の一人が注進にやって来る。


「夜分遅くに失礼いたします! 夜陰に紛れて侵入者がありました!」


 エークがセロたちの前に進み出て対応する。


「状況は?」

「敵は魔族で人狼。その数は十人ほど。私たちの把握していない進入路から入ってきたようで、現在玄関ホールにて応戦しております」


 すると、ルーシーが人狼という言葉にぴくりと反応した。そして、ダークエルフの精鋭にすぐさま尋ねる。


「その人狼の中に、顔に大きな傷がある者はいたか?」

「申し訳ございません。分かりかねます」

「ふむん。何にせよ、確かめに行かねばなるまいな」


 ルーシーがそう言って寝室を出たので、セロもエークも続いた。


 廊下で扉番をしていた双子のドゥとディンも加わって、皆で足早にホールへと急ぐ。


「人狼め! 『投刃』!」

「ふん。この程度! しゃらくさい!」


 すると、たしかにダークエルフの精鋭と人狼が戦っていた。


 満月の夜なので人狼たちは完全に戦闘形態だ――人というよりも、ほとんど巨大な狼に近い。


 一方で、ダークエルフたちは他に侵入者がいる可能性を警戒して、ホール以外にも散っているのか、この場では人狼と同数で応戦しているようだ。


 とはいえ、戦況はダークエルフに有利なようだった。これにはセロも目を見張った。


 というのも、ダークエルフは本来、弓矢を主武器として中衛や後衛で戦うことが多い種族だ。実際に、勇者パーティーのエルフの狙撃手トゥレスは中衛にすら出てこず、補助武器はナイフだけなので近接戦は極力避けていた。


 が。


「どうした、人狼よ? 動きが鈍いな」

「ちい! ダークエルフのくせにここまで格闘でやれるとは!」


 ダークエルフの精鋭たちはナイフのみで人狼たちの爪や牙を軽くいなしていた。もちろん、セロによる『導き手コーチング』の効果だ。


 これにはさすがに人狼たちも面食らっているのか、得意の近接戦でダークエルフを押し切れないことに苛立ちを募らせているように見えた。


 そんなタイミングで、ルーシーがホールの中央へと出て行った。


「真祖カミラが長女、ルーシーが命じる。双方、武器を収めよ!」


 その声掛けで、ダークエルフは一斉にひざまずいた。


 一方で、人狼のうちリーダーらしき巨狼がルーシーをまじまじと見つめる。


 その巨狼には、ルーシーが言っていた通り、片目を潰すようにして額から頬へと大きく痛々しい傷があった。そして、ルーシーを確認するや否や、「ウォーン」と遠吠えを上げてから狼化を解いた。


 直後だ。


 月明りの中でぼさぼさの長い黒髪に、逞しい巨体を持った隻眼の男が現れ出た。


 すぐにアイテム袋から黒ずんだマントを取り出して、それを身に纏った。そして、ルーシーの前で跪く。同時に他の人狼たちも人の姿に戻って、その男に倣った。


 人狼はちょうど十名――


 男性が一人で、他は全て女性だ。その所作がいかにも洗練されている。


 そんな人狼を代表して、先ほどの大男が声を上げた。


「お久しぶりでございます、ルーシー様。真祖カミラ様が勇者めに討たれたと聞いて、もしやルーシー様も共に亡くなられたかと心配しておりました」

「ふむ。貴方たちも変わりなさそうでよかった」

「ところで、ルーシー様。勇者どもとの戦いで城が半壊しているのは分かるのですが、このダークエルフたちはいったい……?」

「もしや、城を奪われたか、盗掘されているとでも勘違いしたのか?」

「お恥ずかしながら……」


 巨体の男が小さく息をつくと、ルーシーはまずセロに向き直った。


「セロよ。紹介しよう。この魔王城で長らく執事とメイドをやって、母や妾に仕えていた人狼たちだ」

「あ、ええと、その……セロと申しまふ」


 また、噛んだ……


 セロはついあたふたした。


 ルーシーはというと、今度は腰に手当ててどうしたものかと首を傾げている。


 だが、人狼の男はセロの胸もとを見て、土竜の加護アミュレットがあることを確認すると、


「ルーシー様……も、もしや、このお方は……」

「気づいたか。そうだ。母である真祖カミラに代わって、新たにこの地に第六魔王として立った。ゴライアス様の試練でも傷を与えて認められたほどだ。愚者のセロという。今では妾の同伴者だ」

「な、何とっ!」


 人狼たちが一斉にざわついた。


 ルーシーの同伴者というだけでも驚きだったが、土竜ゴライアスに一矢報いたなど、これまで聞いたこともなかったのだろう。


 セロからすると、土竜が魔族にとってどれほどの存在なのか、いまだにピンときていなかったが、この様子を見る限り、人族にとって神に匹敵するものなのかもしれないと認識を改めるしかなかった。


 何にしても、巨体の男はセロの前で叩頭した。


「ご挨拶が遅れました無礼……何卒、手前てまえの首一つでご勘弁いただけませんでしょうか」

「え?」

「首だけで足りぬということでしたら、爪剥ぎ、水責めも加えてください。それで人狼の一族が無事でいられるのならば本望です。どうか責めは強めによろしくお願いいたします」

「…………」


 エークもそうだけど、セロの周りには性癖が特殊な人が集まるのかな?


 と、セロが目をつぶって天を仰いでいると、ルーシーがため息混じりに頭を横に振ってからフォローした。


「これでも家宰としては優秀なのだ。人狼なので、吸血鬼の下手な爵位持ちよりもよほど強い。どうだ? 今一度、この魔王城で雇ってみる気はないか?」

「ええと……もともと仕えていたんだよね? だったら、僕としては何ら問題ないよ。むしろ助かるぐらいだ」


 セロの返事を聞いてルーシーが「よかったな」と、人狼たちにそう声を掛けると、


「この力の高揚は?」

「満月の明かりよりも本能が刺激される!」

「まさか! 治らないと思っていた目が見えるようになったぞ!」

「今ならどさくさに紛れて、投票を待たずに村人を狩ることも出来るわ!」


 セロが仲間認定をしたこともあって、人狼全員に『導き手コーチング』の効果が現れた。


 特に、リーダーの男は隻眼が治ったのか、その目には涙が溢れていた。人狼の女性たちもそんな奇跡を目の当たりにして、全員がセロに仰向けになって服従のポーズを取ったものだから、セロは「むしろ犬かな」と呻ってしまった……


 こうしてセロの王国にまた新たな臣民が加わったのだった。

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