第18話 ドゥとディンと棺
魔王城の修復は予想以上に急ピッチで進んでいた。
ダークエルフの精鋭たちだけでなく、森からわざわざ増援まで来てくれたので、
そもそも、『迷いの森』での狩猟生活は相当に過酷らしく、トマト畑で取れる作物などを交換条件にして頼んでみたら大挙してやって来た格好だ。おかげで労働意欲もかなり高い。
もっとも、ここで意外に活躍したのが――ヤモリ、コウモリたちだった。
というのも、まずヤモリは土魔法が得意なので、ダークエルフによる火系統の生活魔術と組み合わせて新しい煉瓦を幾つも作ってくれた。次にコウモリは
セロも初めのうちはがっちりとストレッチをして、さらには工具の手入れまで行って、
「さあ、久しぶりに生産活動をバリバリやるぞー!」
と、意気込んでいたものの、ヤモリ工房がフル稼働し、ダークエルフたちが瓦礫をどかした上で熟達した匠の技によって基礎や土台を作り直し、森の木材で足場もしっかりと組んで、そこにコウモリたちが煉瓦を運んでいって、どんどんと
「もしかして、素人はお呼びでないのかもしれない……」
セロは残酷な真実に気づいて、しゅんとなってしまった。
おかげで今は魔王城の前庭で、椅子にふんぞり返って、総監督という肩書だけの閑職に就いている始末である。ちなみに、なぜふんぞり返っているのかというと、ダークエルフのリーダーことエークがしつこく、
「セロ様は魔王なのですから、どうか我々のことを心底見下していてください!」
と、何だか性癖丸出しな怪しげなことを言ってきたせいであって、決してセロの趣味嗜好ではない。
実際に、セロが椅子の上で少しでも姿勢を真っ直ぐに正そうとすると、背後に侍っているダークエルフの双子姉妹ことドゥとディンがセロをのけ反らせようといちいち戻しに掛かってくるのだ。
これにはセロもしだいに腰が痛くなってきたわけだが、隣にいるルーシーは涼しい顔で見事なのけ反り具合をみせつけている。芸術点を上げたいくらいだ。そういえば、以前も器用に首を傾げていたし、もしかしたら魔王の仕事とは体が柔らかくないと務まらないのかなと、セロもつい生真面目に考え込んでしまったほどだ。
「よし。これからは毎朝ストレッチをきちんとしよう」
こうしてセロは魔王として第一の誓いを立てたのだった。
その後、セロの所領では『新しい朝が来た体操』なるモノが定着するわけだが、それについては多くを語るまい……
さて、そんな双子のドゥとディンだが、どちらも女の子で、短い白髪できびきびと動き回るのがドゥで、ふわっとした白い長髪でいかにもお淑やかなのがディンというわけで、セロにはドゥ、ルーシーにはディンがそばに付いている。
ルーシーとディンはどうやらお嬢様トークで盛り上がっているようだが、セロは女の子と喋るような話題をあまり持ち合わせていない。史書とか、神学とか、ポーション錬成とかについてためしに話を振ってみたが――
「…………」
終始、無言で返されてしまった。
そもそも、ディンとは違ってドゥは無口なようだ。
さっきからセロが姿勢をちょっとずつもとに戻そうとするたびに、無表情でさっと寄ってきて、さながら熟練の職人みたいに見事なのけ反り角度に調整してくる。
もっとも、セロもついに「うっ」と腰にきたので、いったん立ち上がって「うーん」と伸びをした。
改修を手伝う必要もなさそうなので、アイテムボックスからごそごそとモーニングスターを取り出して、武器の手入れを始める。
このモーニングスターは土竜ゴライアスの口内に放って爆発に巻き込まれたせいで粉々になってしまったが、愛着があったのでそれらの欠片を拾い集めて、セロの『鍛冶』による生産活動でこつこつと直してきた。
だから、今もその続きでもしようかなと思ったら――
「…………」
ドゥがガン見してきた。
セロがハンマーを振るうたびに距離が近くなって、やけにプレッシャーを感じるほどだ。
「もしかして、鍛冶に興味があるのかな?」
セロが尋ねると、ドゥは頭を小さく横に振った。
「じゃあ、このモーニングスターの方かな?」
ドゥはこくこくと肯いた。
ついでに幾つか質問してみたら、ドゥはどうやら武器や戦闘に興味があるようだった。
それからはやっと話題が出来たのが嬉しくて、セロはドゥに勇者パーティーにいたときに戦った相手について話し込んだ。
セロが一方的に話して、ドゥが無表情でこくこくするだけだったが、それでも少しだけ距離が縮まったような気がした。セロからすれば、縁側のお爺ちゃんみたいで、いきなり孫が出来たような気分である。
すると、ルーシーとディンがセロたちをじっと見つめていることに気づいた。
「いったい、どうしたのさ?」
セロが二人に尋ねると、ディンが応じた。
「いえ、ドゥがそんなに楽しそうにしているのを見るのは久しぶりでしたので」
セロはドゥに視線をやったが、相変わらずの無表情だ。
むしろ、さっきよりも顔がやや強張っている。それでも、頬が少しだけ赤くなっているかなとセロは感じ取った。
どうやら仲良くなるにはまだまだ時間がかかりそうだが、セロはちょっとだけ嬉しくなった。それにこういう仲間とのやり取りは、何だかとても久しぶりな気がした。勇者パーティーの皆は今頃、元気にしているだろうか……
いや、元気にしていたらすぐにでも討伐されそうなので、それはそれで困りものだが……
「それはさておき、ルーシーたちは何をそんなに楽しく話し込んでいたんだ?」
セロが後学の為にと、ルーシーやディンに聞いてみたら、
「大型魔術円陣実験の不可逆性について議論していたのだ」
「はい。ルーシー様は経験主義的超統一理論では仮説の正否にまつわる決定実験がそもそも前提として成立しないことについてウパニシャッド古魔術の視座から全体的魔術認識論の観点を取り入れてみてはどうかと――」
セロは白々とした表情で二人の議論をしばらく聞くしかなかった……
大神殿ではかなり優秀だったはずなのに、二人の話にはさっぱりとついていけなかった。ルーシーは不死者でそれなりに長く生きているはずなので色々と物知りだとは思っていたけど、まだ若そうなディンの方はいったい……
何にしても、二人の話がまた白熱してきたので、セロは会話に割って入って、前々から聞いてみたかったことを尋ねた。
「そういえばさ。ルーシーって眷属はいるの?」
そのとたん、ルーシーは、むっすーと顔を曇らせた。
もしかしてぼっち吸血鬼なのかと思って、セロは悪いことでも聞いてしまったかと焦った。
もっとも、吸血鬼の生態についてはよく分かっていないのが実情だ。
実際に、セロも吸血鬼とは血を吸って生活するものだと勘違いしていた。それにブラン公爵は数百もの眷属を従えていたが、ルーシーの話では真祖カミラにはほとんどいなかったらしい。結局、眷属を作るのはその吸血鬼の気分次第といったところなんだろうか……
とまれ、ルーシーが一向に答えてくれないので、セロは渋々とまた話題を変えることにした。
「そういえば、北の魔族領にしては他に吸血鬼を見かけないよね?」
「当然だ。吸血鬼は日のあるところではあまり行動しない」
「でも、ルーシーは昼でも大丈夫でしょ?」
「真祖の娘だからな。純血種なら日に対する耐性を持っているが、それでも侯爵級より上の実力がなければ、能力が半減したり、状態異常にかかったりするものだ」
「じゃあ、吸血鬼は夜行性ってこと?」
「というよりも、吸血鬼はそもそも活動的な魔族ではない。日がな一日寝て過ごす者の方がよほど多い」
「なるほどね。そうなるとやっぱり疑問が生じるんだけど……吸血鬼たちの家というか、街をこの所領内で見かけたことがなかったんだけど?」
実は、セロはずっと不思議に思っていた――
勇者パーティーとして北の魔族領に侵攻したときも、魔王城まで一直線だったのだ。家も、街も、砦も、ダンジョンさえも見かけずに、しかも城に直行したらいきなり真祖カミラとご対面だった。
セロはそんな状況にずっと疑問を抱き続けてきたわけだが、それでもルーシーはどこがおかしいのか分からないようで、例によって九十度ほども首を傾げている。
「わざわざ家などを持っているのは、それこそ真祖に連なる公爵級ぐらいだ。だから、街も、砦も、あるわけがない」
「ええ? それじゃあ、吸血鬼はいったい、どこに住んでいるっていうのさ?」
セロがそう問いかけると、ルーシーは「ふむ」と息をついた。
「セロは目が良い方か?」
「まあ、それなりに」
「では、あそこの林の暗い部分は見えるか?」
ルーシーは木の高さが小指ほどに見える遠くの林を指差した。
「うん。見えるよ。木陰に隠すようにして、何か箱みたいな物が幾つか置いてあるようだね」
「柩だ。あそこで吸血鬼が寝ている」
「ん?」
「要は、吸血鬼にとっては、棺が家なのだ」
「…………」
ずいぶんと安上がりな家もあったもんだなとセロはツッコミを入れたくなった。
とはいえ、ルーシーによると、吸血鬼によっては棺に色々なこだわりを持っていて一概には説明出来ないらしい。人族で言うところのマイ枕みたいなものだろうか……
「つまり、吸血鬼たちは家も、街も、砦なども作らずに、木陰とか、岩陰とか、洞窟内とか、日が当たらず目立たない場所に棺をこっそりと置いて寝ていると?」
「そういうことだ」
「で、夜中じゃないとろくに動かない?」
「ふむ」
セロはつい遠い目になった。
北の魔族領に防衛拠点らしきものが一つもないという恐るべき事実に直面して、頭痛がしてきたのだ。
新たに立った魔王としては、裏山の洞窟と眼前の魔王城を魔改造して何とか生き残るしかないんじゃないかなと心を新たにした瞬間だった。
―――――
柩=中に誰かが入っています
棺=中に誰も入っていません
ということを知ったので、拙作では一応、書き分けて使っています。
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