第15話 パーティーは分裂する(勇者サイド:03)

 セロが配下たちを引き連れて魔王城に帰っていた頃――


 王国の王城の客間では、魔女のモタが怒りで暴走寸前になっていた。


 女聖騎士キャトルも、エルフの狙撃手トゥレスも、モンクのパーンチも、モタの怒りを目の当たりにしたのは初めてだった。先ほどから呪言が黒いもやのように宙を彷徨って、王城の客間の空気はひりひりと震えている。


 そんな状況下で、勇者バーバルはというと、ため息混じりで額に片手をやった。


 セロと一緒に村から出て、すぐに仲間になったのがモタだった。


 冒険者見習いだった頃からずっと共にいたこともあって、その気性はよく知っていた。


 普段は飄々として、わりといい加減に振舞ってはいるが、いったん怒り出すと一気に集中して見境なく魔術を暴発させるのだ。だから、傍若無人ぶりが目立つ勇者バーバルでも、モタだけは怒らせないように気をつかってきた。過去に何度か大惨事になりかけたことがあったせいだ。


 そんなモタが声を荒げた。


「このままだと……セロが魔王討伐に付いてきて、呪いをなかなか解呪してくれないから、一時的にパーティーから離れてもらうだけだって……バーバルはわたしにそう言ったじゃん!」


 勇者バーバルは皆の視線が自身に集中していることに気づいた。


 皆が揃いも揃って、まるで詐欺師でも見つけたかのような訝しげな眼差しをしている。


「待て。いいから落ち着け、モタよ」

「ふざけないでよ! バーバル!」


 その瞬間、勇者バーバルの眼前で炎が立ち上がった。


 聖女クリーンもさすがにマズいと思ったのか、聖杖をアイテムボックスから即座に取り出して、万が一に備えてバーバルのそばで構えた。


 すると、意外なところから別の声が上がった。


「私もセロ様が解呪に専念する為だと、バーバル様よりお聞きしておりました」


 女聖騎士のキャトルだった。


 自慢の金髪をいじるのを止めて、いつになく真剣な表情で勇者バーバルをじっと見つめている。


 一方で、モンクのパーンチは付き合いきれないといったふうに肩をすくめると、椅子に浅く座り直して足を組んだ。


 戦闘狂のパーンチからすれば、セロの『導き手コーチング』なしで自らの力が魔王にどれだけ通用するのか知りたかったから、バーバルに協力したわけだが――こんな現状では火の粉を払ってまで助け舟を出すつもりは毛頭なかった。


 また、エルフの狙撃手トゥレスはというと、ずっと無言でナイフの手入れをしていた。


 もちろん、バーバルが何か企んでいたことには気づいたが、それをいちいち止めようとはしなかった。そもそも、人族の営みにさほど興味を持っていないのだ。あくまでも『いにしえの盟約』に従ってこのパーティーにいるだけ――というのがトゥレスのスタンスだ。


 そんなふうにバラバラになってしまった空気の中で――


「セロは今どこにいるの?」


 魔女モタは勇者バーバルと聖女クリーンを交互に睨みつけてから続けた。


「大神殿でちゃんと治しているんだよね? 解呪の見通しはもう立ったんだよね?」


 魔女モタの矢継ぎ早の質問に、聖女クリーンは押し黙った……


 どう切り抜けるつもりかと、クリーンは勇者バーバルに視線をやった。だが、肝心のバーバルはというと、言葉に窮して両頬を小刻みに震わせているだけだ。


 そんな様子にクリーンは呆れ果て、「はあ」と一つだけ短く息をついてから素直に答えた。


「現在、セロ様は大神殿にはおりません」

「なぜ?」

「真祖カミラの呪いは最も重い四段階目に達していました。呪人として魔族に相当すると認めて、流刑を申し渡しました」


 直後だ。


 魔女モタの怒りは頂点ピークに達した。


 部屋中に漂っていた呪言が六輪の陣となって、何かしらの大魔術を放とうかというところで――ふいにモタは、「え?」と大きく目を見開いた。


 その首筋に表皮一枚ほどを残してナイフが突き立てられていたからだ。


 エルフの狙撃手トゥレスだった。


「大逆罪と国家転覆罪を科されたら死刑になるのだ。モタよ、ここは自重なさい」


 そして、トゥレスはモンクのパーンチに視線をやって何かを促すと、


「ふうう。やれやれ、しゃーねえなあ」


 そう呟いてからパーンチはゆっくりと魔女モタに近づいて、狙撃手トゥレスがナイフを引っ込めるのと同時にモタの首筋に手刀を入れた。そのとたん、モタは気を失ってその場に崩れていく。


 パーンチはモタをもう片方の腕で受け止めると、そばの椅子に座らせてやった。


「おい、バーバルよ」

「……何だ?」

「セロがいなくなった以上、モタの機嫌を直せるのはテメエぐらいだ。こればっかしはオレにも、キャトルにも、トゥレスにも無理だ」

「ちい」


 勇者バーバルは舌打ちをした。


 その態度を見て、モンクのパーンチは「ふう」とまた深い息をついた。狙撃手トゥレスはすでに席に戻ってナイフの研磨を続けていた。


 が。


「つまり、バーバル様とクリーン様は結託して、解呪には助力せずに、セロ様を追放なさったと解釈してよろしいのでしょうか?」


 女聖騎士キャトルはよく響く声で尋ねた。


 直後、勇者バーバルはドンっと近くの壁を叩いてみせた。


「ああ! そうだよ! そういうことだ! あいつが目障りだったんだ! 法術を担当するなら、聖女クリーンがパーティーに入ればいいわけだろ?」


 聖女クリーンはギョっとした。


 勇者バーバルがついにぶちまけてしまったからだ。


 たしかに第七魔王の不死王リッチを討伐した手柄をもって、クリーンはセロに代わってパーティーに参加する流れを作るつもりだった。


 そろそろ大神殿の祭祀祭礼用のお飾りでいるのにも飽きてきたし、賢者よりも男らしい勇者に導いてほしくもあった。勇者パーティーに入れば、公私ともに何かが変わるはずだという打算があった。


 だが、このパーティーの惨状を知った今となってはもう御免だ。


 それに以前ほどにはバーバルに魅力も感じなくなっていた。いや、それどころかむしろ、距離を置きたいとすら考えている。


 すると、女聖騎士キャトルはつかつかと歩き出し、客間のドアに手を掛けた。


「どこに行くつもりだ?」


 勇者バーバルが不機嫌そうにそう尋ねると、


「私、キャトル・ヴァンディスは、侯爵家子女・・・・・として今回の件に正式に抗議させて頂きます」


 それだけ静かに告げて、キャトルは客間から出て行った。


 神殿の騎士団だけでなく、王国の貴族まで敵に回しそうな予感に、勇者バーバルもさすがに頭を抱えるしかなかった。

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