第16話 パーティーは疑われる(勇者サイド:04)

 王城の客間で騒動があった夜――


 大神殿の執務室で聖女クリーンは椅子にもたれながら考え事をしていた。


 幾ら聖剣に選ばれたとはいえ、勇者バーバルが魔王を討伐出来るレベルに達していないのは明らかだ。


 それならば訓練を重ねるようにアドバイスするべきなのだが、バーバルの性格からすると、素直に聞くとは思えない……


 かといって、今さら魔物モンスター退治などやらせようものなら、王侯貴族から「そんなのは兵士や騎士たちの仕事であって、勇者を遊ばせておくな」と矢のような催促クレームが来るだろう。こうなると、第六魔王こと真祖カミラの討伐が早計に過ぎたと悔いるしかない。


 それに勇者パーティーに亀裂が入ったのも気になるところだ。


 モンクのパーンチは強い敵を求めて加わったようだから問題ないし、エルフの狙撃手トゥレスも『いにしえの盟約』に縛られているからこちらも影響はないだろう。


 だが、魔女のモタは離れて行ってもおかしくない。そもそもモタをパーティーに誘ったのはセロだったようだし、後衛職同士でとても仲が良かったとも聞いている。


「そうはいっても、モタに離れられたら代役はいませんね」


 聖女クリーンは沈んだ声音で呟いた。


 現在、王国にいる魔術師の中で、若くして最も優秀なのが魔女モタだ。


 当然ながら力や実績だけを考えれば、魔術師協会の御老公たちには敵わないが、それでもモタは先達を簡単に抜いて、歴史に燦然と名を残すほどの域に達する魔術師だと噂されている。


 多少、ムラっ気のある性格なのが玉に瑕だが、今、モタを失うのは勇者パーティーにとってはあまりに大きな痛手だ。


「それにヴァンディス侯爵家がどう動いてくるか……」


 聖女クリーンにとっては、女聖騎士キャトルの動向もまた気掛かりだった。


 武門貴族筆頭のヴァンディス侯爵家の子女として、王命によってパーティーに加わっている以上、抜けることはないと考えたいが、今回の件で侯爵家が勇者の資質を王侯貴族に訴え出るようなことがあったら、勇者パーティーは後ろ盾を失う可能性まで出てくる。


 それにキャトルも聖騎士として申し分のない実力を持っている。


 武門貴族のヴァンディス家が男子ではなく、女子のキャトルを送ってきたことからもそれは明確だ。実戦経験の乏しさだけがネックだが、それもすぐに克服するだろう。


 とはいえ、そんな女聖騎士キャトルも、魔女モタも、反旗を翻しかねない……


「いったい、どこで歯車が狂ってしまったのでしょうか」


 もちろん、答えは明らかだ――


 勇者パーティーからセロを追放したのがきっかけだ。


「ですが、それは致し方のないことでした」


 聖女クリーンは独り言を続けた。


 勇者バーバルから、「セロが呪いにかかって、最早解呪出来ないほどの段階ステージに達している」という話を受けて、大神殿での診断を秘かに確認したところ、魔族に変じるばかりか、愚者ロキになる可能性があるとまで示唆された。


 そんな驚愕の事実に対して、大神殿では緘口かんこう令を敷いた上で、固陋ころうな組織にありがちなことだが判断をいったん保留した。


 そもそも大神殿でのセロの地位は司祭に過ぎなかったが、それでも王国民からは勇者パーティーに所属していることもあって、『光の司祭』として親しまれてきた。


 その呼称は冒険者特有の二つ名に過ぎないものだったが、何にしても聖女と並んで人気を誇る聖職者ではあったので、教皇も、主教たちも、どう処分したものかと頭を悩ませるしかなかったわけだ。


 こうして、結局、婚約者であるクリーンに全てを押し付けてきたのだが――


 クリーンにとっては一種の踏み絵となった。


 セロを断罪しなければ、大神殿での政治的な立ち位置が危うくなる。一方で断罪したならば、聖女、あるいは婚約者としての慈しみはないのかと王国民から問われかねない……


 どちらにしても、クリーンは大神殿に所属する聖職者として、最悪の魔王を誕生させるわけにはいかなかった。


 そう。あくまでも聖女クリーンはその職務に忠実であっただけだ。もちろん、モンクのパーンチと同様に、勇者バーバルの口車に乗せられたのは確かだ。バーバルと協力して、セロを秘密裏に処理出来るなら、それに越したことはないと考えた。


「それに、あのときはまだ……バーバルが男らしく見えたものですから……」


 聖女クリーンは自分自身にそう言い訳して、「あはは」とやや間の抜けた笑い声を上げた。


 いやはや、恋は盲目とは本当によく言ったものだ。さすがのクリーンも、今となってはバーバルとの蜜月を黒歴史にしたい気分である。


「ただ、解せない点が二つあります――」


 聖女クリーンはそう言うと、底深い眼差しで窓から遠くの王城を見つめた。


 その一室には今も勇者パーティーが泊まっていることだろう。その主賓である勇者バーバルはいったいなぜ、セロに対してこうも悪意を持ったのか。同じ村出身でずっと一緒にやってきたはずなのに、どこで関係が崩れてしまったのか。


「そして、もう一つ、不自然なことがありました」


 聖女クリーンは、今度は目を伏しがちにした。


 第七魔王の不死王リッチ討伐のときのことだ。勇者パーティーと神殿の騎士団は『擬態』、『不可視化』や『静音』といった認識阻害の魔術をかけて湿地帯を慎重に進んでいた。


 それにもかかわらず、不死王リッチの返り討ちにあった。幾ら亡者たちが無尽蔵に出てくるフィールドとはいえ、勇者パーティーを取り囲むように瞬時に現れたというのは不自然だ。まるで前もってその進路が分かっていて、罠を張ったかのようだった……


「内通者の存在を疑いたくもなってくる状況です。そうでなければ、私どもも、あそこまで瓦解することもなかったはずなのに……」


 聖女クリーンはそう呟いて、椅子から立ち上がった。


 第七魔王こと不死王リッチの討伐が決まったのは、第六魔王こと真祖カミラの討伐報告をしてすぐのことだった。となると、前者の討伐情報を知っていた者は限られてくる。王族、勇者パーティー、そして神殿騎士団の上層部だ。


 もちろん、王族は除外していい。


 王家はもとをたどれば勇者と共に戦った騎士の末裔だとされる。この王国を作ったのも、魔族から人族を守る為なので疑うことすらおこがましい。


 それと騎士団上層部も信用出来る。そもそも、第七魔王討伐が伝わったのは直前だ。おかげで騎士団はずいぶんと慌ただしく編成することになったわけだが、そういう意味では内通する暇も持てなかったはずだ。


 となると、一番怪しいのは――


「もとはといえば、キャトル・ヴァンディス侯爵令嬢を除けば、出自すらも怪しい寄せ集めですからね」


 聖女クリーンはとげとげしい口調でこぼした。


 まず、魔女のモタはセロやバーバルの隣村に住んでいた。魔術の才能に恵まれていたものの、村ではその力を発揮する場所がなかったので、二人と共に旅を始めたそうだ。


 次に、モンクのパーンチはそんな駆け出し冒険者の三人とよく共闘した。もともと一匹狼の性格だったこともあって、パーティーには長らく加わらなかったが、バーバルたちとは何かと縁があったらしい。


 そんなバーバルたちが王都に出てきて、聖剣に認められたことでバーバルが勇者となり、そのタイミングでヴァンディス侯爵家が長女キャトルをパーティーに迎えるように王族に働きかけた。同様に、大森林群から『いにしえの盟約』に則ってエルフの狙撃手トゥレスがやって来た。最後に、魔王討伐の件を聞きつけてきたパーンチが正式に加入した。


「経歴だけを考えれば、誰も内通者になる要素などないはずですが……」


 聖女クリーンはそこで本日幾度目かのため息をついた。


 結局のところ、答えは何一つとしてまとまらなかった。ただ、クリーンはにこりともせずに、再度、窓から王城の一室を眺めた。


「それでも、このパーティーには何か大きな隠し事があるに違いありません。どうにも、まだまだ荒れそうですね」

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