第13話 ダークエルフの決断

 土竜ゴライアスと別れて、セロとルーシーは螺旋階段を使って魔王城には帰らずに、洞窟内で一晩過ごして体力を回復してから入口を目指して歩いた。


 どうやらルーシーがセロに見せたいものがあるらしい。


 もしかしたら別荘でもあるのかなとセロは思いつつも、松明を片手にダンジョン入口方向に足早に進んだ。


 さっきからコウモリたちが、ぱた、ぱた、とセロたちのそばを飛んで周囲を警戒してくれている。共に戦ったことでずいぶんと仲良くなってしまったようだ。


 糞尿やノミなどに目をつぶれば、コウモリは結構可愛らしいので、セロも悪い気はしなかった。本来は益獣とされているので、いっそ魔王城で一緒にいられないかなと考え始めたぐらいだ。


「そういえば、このコウモリってルーシーの眷属じゃないよね?」

「モンスターが眷属でたまるか」

「え? コウモリってモンスターなの?」

「当然だ。人族、魔族にかかわらず、本来なら領域テリトリーに入ったら攻撃してくるところだぞ」

「じゃあ、なぜ、僕たちは襲われないんだろう?」


 セロがそう言うと、松明を持っていた左手に小さなコウモリが止まった。まだ飛び始めて間もないコウモリの子供だ。つぶらな瞳がセロをじっと見つめている。


「キイ」


 しかも、親しげに声まで掛けてくる。


 そんな様子に、ルーシーがどこか羨ましそうな表情を浮かべながら言った。


「先ほど、土竜ゴライアス様からペンダントをもらっただろう。わらわによく見せてみよ」


 セロが右手で神官衣の胸もとからごそごそとペンダントトップを取り出すと、ルーシーはすぐに『魔眼』でそれを鑑定した。


「ほう、やはりな」

「じゃあ、このアイテム効果ってこと?」

「ふむ。それは北の魔族領にいる全てのモンスターを使役テイム出来るものだ。ご丁寧にも、セロ専用と特記されている」

「つまり、魔物使いでもないのにスキルが使えるようになったってこと?」

「むしろ、領内での支配権を明確にするものだから、使役に関するスキルよりも強力なはずだぞ。要は、それを持っている限り、セロは北の魔族領でモンスターに襲われることはないし、色々と手助けもしてくれる。さらに言うと、妾にも襲い掛かってこないことから察するに、セロが仲間だと認識した者には手を出さないのだろうな」

「おお、それはすごい!」


 セロはペンダントをもとに戻すと、手に乗ったコウモリの子供を片手でさすりながら感嘆した。


 その間にも、今度はイモリとヤモリが挨拶に来た。地底湖に近い水辺ではイモリばかりだったが、洞窟の入口に近づくにつれてヤモリが増えてくる。


 もちろん、二種類ともモンスターだ。


 イモリが水属性で、ヤモリが土属性の魔術が得意らしい。


 正直なところ、洞窟の暗がりでこんなに多数のモンスターに攻められたらたまったものではない。


 武器による範囲攻撃はあまり有効ではないから、火属性の魔術あたりで焼き払うのが手っ取り早いのだろうが、洞窟内で火はタブーなので、結局のところ、逃げるが一番ということになる。


 岩山沿いの坂道がきちんと認識阻害されていれば、今となってはこの洞窟だけが魔王城に通じるルートになるわけで、これだけのモンスターがひしめき合って、セロの言うことを聞いてくれるというのは本当に心強い。


「皆、これからも頼むよ」


 セロが声を掛けると、ヤモリ、イモリやコウモリたちは大合唱で応じてくれた。


 そんなふうに魔物たちの熱烈な挨拶を受けていたら、洞窟の入口がちょうど見えてきた。


 セロは「ふう」と吹きかけて松明の火を消した。ずっと薄暗いところにいたので差し込んでくる陽光が眩しい。つい腕で遮ってしまう。


 そして、外に出てみるなり――


 なぜか、ダークエルフたちが陣地構築してセロたちを待っていた。


 盛り土までして、その上に木で出来た防衛柵を立てて、弓を構えてセロたちを狙っている。


 まさに一難去ってまた一難といったふうで、さすがにこれにはセロも、「はあ」と大きなため息をつくしかなかった。


 というか、セロが山のふもとで目を覚ましたときにはこんなものはなかったはずだから、魔王城に上がって、洞窟に入っている間に構築されたということになる。


 これはいったいどういうことだとセロが訝しんでいると、洞窟から無数のヤモリやコウモリが出てきた。どうやらセロを援護したいようだ。


 同時に、ダークエルフたちにも緊張が走った。


 まさに臨戦態勢だ。


 だが、ルーシーはセロに「モンスターを制止してほしい」と頼むと、一人きりでダークエルフたちの前に進み出ていった。


「妾は真祖カミラの長女ルーシーだ! まず明確にしておきたいが、妾たちは貴方たちダークエルフに攻撃する意思などない!」


 ルーシーがそう声を張り上げると、ダークエルフのリーダーらしき青年が現れた。


 ダークエルフだけあって肌は褐色で、髪は艶のある白髪だ。


 ルーシーと比しても遜色のないぐらい整った顔立ちで、いかにも名うての狩人といったふうに目つきが鋭く、さらに動きにも一切の隙がない。相当な実力者だ。


 身に纏っているのは森と同じ色の貫頭衣、それに胸当て、腕当てと長靴ぐらいか……


 ちなみに、エルフとダークエルフの違いは単純で、肌の色、使用するスキルと生息する場所によるとされている――


 どちらも長寿の亜人族で、エルフが色白で、法術に長け、人族側の領土で暮らしているのに対して、ダークエルフは褐色で、魔術を得意として、魔族側の領土に住んでいる。どちらも狩猟を得意として、森に居を構えて人族や魔族とはあまり関わりを持たずに暮らしている。


 勇者パーティーにはエルフの狙撃手であるトゥレスがいたが、それも『いにしえの盟約』と呼ばれる約定に従って参加していたに過ぎない。総じて、エルフ、ダークエルフ共に長寿だけあって、思慮深く、冷静で、戦いを好まない種族だ。


 それだけに今回の示威行動がセロにはよく分からなかった。


 すると、先ほどのダークエルフの青年がルーシーに負けじと大声を上げた。


「私はリーダーを務めるエークだ。吸血鬼のブラム公爵が大軍を率いて魔王城に向かったのを見掛けたが、この森にまで響き渡るほどの阿鼻叫喚が聞こえてから一切の音沙汰がない。その後、しばらくして土竜ゴライアス様が住まわれる地底湖から禍々しいほどの強い魔力マナ反応があった。それらについて、説明を求めたい」


 セロは思わず、「あ、はい。すいません」と謝りかけた。


 ところが、ダークエルフのエークがセロにちらりと視線をやって、次いで胸もとにあるペンダントをまじまじと凝視すると、


「それはまさか……土竜様の加護アミュレットではないか」


 その直後だ――


 ダークエルフ全員が陣地から出て、セロの前で一斉に跪いた。


「ええと……?」

「大変失礼いたしました。真祖カミラ様が勇者に弑されたことは聞いております。これほど早く、新たな魔王様が立たれていたとは露知らず、弓矢を構えてしまった無礼をどうかお許しください」

「いや、別に……」

「もし、お許しの為ににえが必要だということなら差し上げますし、女奴隷を求められるのでしたら幾らでも提供いたしましょう。何でしたら私が男奴隷になって虐げられても一向に構いません。むしろその方が何かとお得です」

「ん?」

「その代わりに、どうか私どもダークエルフも新たな魔王様の旗下に入れさせてくださいませ」


 そう言って、エークが叩頭すると、ダークエルフ全員がそれに倣った。


 もちろん、セロには贄も女奴隷も、もちろん男奴隷も、エークを加虐する必要も全くなかったわけだが……何はともあれ、諍いとなる誤解はとけたようでセロは「ほっ」と一息ついた。


 そして、何気なしにエークに告げた――そう。つい・・言ってしまったのだ。


「分かりました。とりあえず許しましょう。今後とも、よろしくお願いします」


 セロからすれば、隣同士仲良くやりましょう程度の認識だった。


 が。


 次の瞬間だった。


 その場にいたダークエルフ全員に謎の光が包み込むと、皆が一斉に驚愕した――


「何だ、これは?」

「力が溢れてくるぞ!」

「治らないと思っていた傷が塞がっている!」

「今ならどさくさに紛れて、あの娘に告白も出来そうだぜ!」


 セロが仲間認定をした格好となって、ダークエルフ全員に『導き手コーチング』の効果が現れたのだ。


 しかも、魔王になったせいか、明らかに効果が向上している。自動パッシブスキルの範囲の拡大と、傷の治療というおまけまで付いている始末だ……


 ダークエルフたちはひとしきり興奮した後に、なぜか森中にも届けとばかりに勝鬨を上げてから、ついにはセロを現人神のように奉り始めた。ヤモリやコウモリたちまで同じ仕草をするものだから、セロもつい「うーん」と呻ってしまった。


 何にしても、こうしてセロの王国に新たな臣民が一気に加わったのだ。

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