第11話 試練

 裏山の坂道の途中までやって来ると、ルーシーは岩肌にそっと手を当てた。そのとたん、岩がうっすらと消えて魔方陣が刻んである扉が出てきた。


「認識阻害をかけていたのか」


 セロが感心すると、ルーシーは「あっ」と、ふいに何かを思い出したといったふうに坂下の方にも右掌をかざして何事か呟いた。


 直後、山のふもとに通じる道が断崖絶壁に変じた。


 おそらく、もともとこの坂道にも認識阻害をかけていたのだろう。山のふもとにセロが倒れていたので、ルーシーはそれをいったん解いて、わざわざセロを起こしにやって来たということか……


 何にしても、これで魔王城に通じるルートは洞窟を通るしかなくなったわけだ。


 そんな洞窟の中にセロとルーシーは横合いの扉から入っていく。ダンジョン攻略に精を出していた勇者パーティーの元一員としては、何だかズルをしている気分ではあったが、人工的な螺旋階段を下りていった先で、一気に広がった光景を見て、そんな思いはあっけなく吹っ飛んだ。


 そこには壮大な地底湖があったのだ。


 しかも、その湖畔に魔王城ほどの巨大な山もあった。


 いや、違う。あれこそが――土竜ゴライアスなのだとセロは気づいた。


 すると、ルーシーはその山の前で跪いた。


「ゴライアス様、突然の訪問をどうかお許しください」


 セロもすぐに真似をする。


 すると、巨山がごろんと動いた。


 一見するとモグラだったが、背中に甲羅を背負っているので亀のようだし、尻尾はさながらミミズそのものだ。何にしても、セロは圧倒された。これほどに桁違いの生物にまみえたのは初めてだ。


 そんな何もかも超越した巨獣こと、土竜ゴライアスが言葉を掛けてくる。


其方そなたはたしか……真祖カミラの娘だったか」

「はい。長女ルーシーでございます。お久しぶりです。それと、この者が――」


 ルーシーはそこでいったん言葉を切って、ちらりとセロに視線を寄越したので、


「僕は、セロと申しまふ」


 うっ。噛んだ……


 セロはついあたふたした。


 ルーシーはというと、必死に笑うのを堪えている。


 だが、土竜ゴライアスは構わずにセロの方に目を向けてきた。もっとも、モグラと同様に目は色を失っているようで、本当にセロに焦点を合わせたのかどうかはよく分からなかった……


「なるほど、愚者ロキか。いにしえの魔王の力を継ぐ者が生じたわけか。これまた懐かしい力を継いだ者をわざわざ連れてきたものだな……そうか。つまり、真祖カミラは亡くなったということか。だから、この地に新たな魔王を立てたいのだな?」


 土竜ゴライアスは特に答えを求めるわけでもなくそう独りちた。


 セロもルーシーも顔を伏せたまま、じっと跪いている。


「地上の営みなど、とうに興味も失せたというに、其方たち吸血鬼は律儀なものだ。まあ、よかろう。ただし、古の作法に則って、その者にはわれから試練を与える」


 そのとたん、強烈な気迫を感じて、セロは土竜ゴライアスを仰ぎ見た。


「愚者よ。其方の力を我に見せつけてみよ」


 そう挑発されて、セロは立ち上がった。


 もっとも、よく立ち上がれたなとセロは自身に感心した。実際に、今も気迫に押されて膝がぶるぶると震えている。せめて武者震いだと思いたい……


 一方で、ルーシーは螺旋階段の方へと素早く後退していった。


 同時に、土竜ゴライアスは湖畔に結界を張った。地底湖の上壁に生息していたコウモリなどは逃げ遅れてしまったようだが、それなりに賢いのか、被害を受けないように、ぱた、ぱた、と遠ざかっていく。


 そんな避難を見届けてから、セロはアイテムボックスからモーニングスターを取り出した。


「では、行きます!」


 セロはそう声を上げると、


「うおおおおお!」


 と、愚直に突進した。


 むしろ、真っ直ぐに進むことしか出来なかった。それほどに力の差を感じたわけだ。


 だから、セロは試練の解答として、ただ会心の一撃のみを叩きつけようと、土竜ゴライアスまでの距離を一気に詰めた。


 が。


 直後だ。地底湖の大地が揺れた。


 土竜ゴライアスが『地揺れ』を起こしたのだ。


 いや、それは正確ではない。土竜ゴライアスもセロと同様に一歩を踏み込んだに過ぎなかった。


 それだけなのに、結界内では世界の崩落かと見紛うほどの揺れが生じていた。セロも思わずよろめいてしまったので、いったん宙に高く跳ね上がった。予定変更だ――叩きつけるのではなく、セロは土竜ゴライアスのモグラの頭部に向けて棘付き鉄球を思い切り投げつけた。


「喰らえ!」


 だが、土竜ゴライアスは器用に甲羅の中に隠れてしまった。


 棘付き鉄球はその隆起した甲羅に激しくぶつかるも、傷一つ付いていなかった。


「くそっ」


 地揺れが収まったのはいいものの、これでは一切の物理攻撃が効かない。せめて魔王らしく特級の魔術でも使えればよかったが、セロの魔力量は先ほどの『とろ火』と『氷粒』だけでほとんど残っていない。せいぜい初級の生活魔術があと一発撃てるぐらいだ……


「さて、どうする?」


 そう自問自答した矢先、セロが着地した地面にヒビが入った。


 そこから飛び出してきたのは、土竜ゴライアスの尻尾であるミミズだった。


 ミミズの魔物モンスターといえば、巨大なワームホールなど、勇者パーティーにいたときに幾度も戦ったことがあるが、何度切ってもすぐに再生してくるので、口を開けた隙に体内に炎などを流し込んで焼くしかなかった。


 幸い、セロは『とろ火』なら使えるようになっている。


 だから、セロは牽制すべく、掌を突き出して呪詞を呟こうとした――


 その瞬間だ。土竜ゴライアスは頭部をひょっこりと出した。そして、セロに突進してきた。


 先ほどの一歩は亀の鈍足だったのに対して、今度は巨体のくせしてウサギのように速かったので、セロはモーニングスターを両手で掴んで体当たりを何とか受け止めてみせたわけだが、


「うわあああ!」


 と、結界の端までぶっ飛ばされていた。


 そんな一撃で、どうやら骨が何本かやられたようだ……


 しかも、全身に痛みが走って、体がひどく軋んで、立ち上がることさえままならない……


 それほどにセロと土竜ゴライアスの間には、やはり圧倒的な力の差があった。新たな魔王などと呼ばれて良い気になっていたが、今さらながら上には上がいると思い知らされた格好だ。


 そもそも、眼前にいる土竜ゴライアスは生物としての格が違った。ただ睨まれただけでも、生存本能がもう立ち向かうなと拒絶している。脳みそまでガンガンと警報を鳴らしまくっている。怪我のせいだけではなく、がくがくと体の震えがさっきから全く止まってくれない……


 すると、土竜ゴライアスはつまらなそうに言った。


「愚者とは、この程度だったか」


 次の瞬間、土竜ゴライアスは口を大きく開けてみせた。


 巨大なエネルギーが口内で一点に収束しているように見えた。あんなものが放たれたら、地底湖どころか、結界を突き破って世界そのものが消失してしまいそうだ。


 セロはその結界内から出られないので、ろくに逃げ場もない。要は、八方塞がりだ。


「……どうやって防ぐ?」


 何にしても、最早、セロは死を覚悟するしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る