第9話(追補) 遠戚

 第六魔王こと母たる真祖カミラに言われて、吸血鬼ルーシーは魔王城よりずっと北にある古城を訪れていた。


 ここは遠戚である女吸血鬼モルモの居城だ。


 もっとも、居城とはいっても円塔しか残されていない。廃墟の中にぽつんと侘しく建っているだけだ。


 北海に面した崖上にあって、なだらかな丘陵をずっと上った先にある城だ。かつては海を望む保養地だったのだろうが、今となっては寂れた場所に過ぎない。


 モルモはブランと同様に公爵の爵位を持っていて、真祖カミラに次ぐとされる吸血鬼の大物だ。カミラを第一真祖、モルモを第二真祖と呼ぶ者もいる。だが、ブランとは違って、モルモは眷族をほとんど持たない。野心もとうに捨て去ってしまった。


 それでもいにしえの時代にはカミラと同様にぶいぶい言わせていたと本人は語るのだが、今ではどこぞの聖女よりも後光が差して、吸血鬼なのに聖母らしい外見もあってか、ルーシーにはそんな昔話が到底信じられない……


 とはいえ、ルーシーはモルモが少しだけ苦手だった。


 理由はとても単純だ――


「あら、ルーシーちゃん。ようこそ。旦那様はまだ見つけてないの?」


 モルモは自身のことを棚に上げて、ルーシーの結婚相手を早く紹介しろとせっついてくるのだ。こうなると最早、たまにしか会わない親戚の厄介なおばちゃんである。


「うむ。モルモよ。なかなか機会がないのだ」

「機会なんて作るものよ。ちょうど良かったわ。せっかくだから私が紹介してあげる」


 こうしてモルモはルーシーに姿絵を何枚も見せつけてくる。


 ボケてはいないはずだが、前回断った者もしれっと入れてくるから困りものだ。


 そもそも、吸血鬼の世界は狭い。というか、極端な話をするとほとんどが遠戚のようなものなので、真祖カミラの長女ルーシーに見合うだけの人物となるとどうしても限られてくる――


「ほら、こっちのダークエルフなんてどう? 『迷いの森』でリーダーをやっているそうよ。なかなかイケメンじゃない?」


 おかげで最近は別種族から見繕ってくる始末だ。


 この大陸では異種族婚が珍しくなく、そもそも亜人族は人族と魔物が結ばれて出来たなどという逸話もあるぐらいだが、何にしてもルーシーは「むう」と唇を一文字に引き締める。


「このドワーフの若者とか?」「最近、どこかの砦に強い魔族が現れたそうよ」「何なら人族だっていいんじゃない? 秘湯好きのこの人なんてなかなかの趣味人らしいわ」「そういえば、南方の島嶼国には巨大蛸の魔族がいるそうよ」


 と、マシンガンのように言ってくるものだから、ルーシーは着いて早々、帰りのことを考え始めた。


 そのときだ。


「――――っ!」


 ルーシーはぶるりと震えた。


 急に背筋が冷たくなったのだ。虫の知らせというわけではないが、何だか嫌な予感がした。


 どうやらモルモも同じことを感じ取ったらしく、先ほどまでの親戚のおばちゃんモードから打って変わって、いかにも第二真祖らしくルーシーに粛々と告げる。


「何かが起きたようね。カミラに異変が生じたのかもしれない」

「はい。申し訳ありませんが――」

「構わないわ。カミラのことだから大丈夫だとは思うけど……魔王城に急ぎなさい」


 こうしてルーシーは早々に帰路についた。


 モルモからはどこで仕入れたのか、ファンシーグッズをたくさんもらったわけだが、心はどうにも晴れなかった。本当に何か良からぬことが起きているのかもしれない……


 このとき、真祖カミラは勇者パーティーに敗れ、その後に何の因果か、ルーシーは母を倒したセロと出会うわけだが――そんなルーシーが伴侶セロを連れてモルモのもとにやって来るのは、まだまだしばらく後の話である。

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