第8話 パーティーは仲違いする(勇者サイド:02)

 勇者パーティーの面々と、聖女クリーンや神殿の騎士団はほうほうのていで王国に帰還した。


 聖剣に選ばれて勇者となってから初めての敗北に、さすがの王女プリムも青ざめたが、玉座の間にて勇者バーバルが現王の前で跪いて、「不甲斐なくも、亡者の軍勢の数の暴力に抗しきれませんでした」と自己弁護すると、クリーンも口裏を合わせてくれたので何とかその場は収まった。


 すると、現王の横にいた王女プリムがいかにも世間知らずのお嬢様といったふうに、


「最弱とされる不死王リッチはそれほどに強かったのですか?」


 と、勇者バーバルをいかにも逆撫でするようなことを尋ねてきた。


 もっとも、王女プリムに他意はない。お人形のような可愛らしいお姫様なので、純粋に疑問に思っただけだろう。バーバルからしても、寝物語で己の強さがどれほどか散々語ってきたこともあってか、その配下の不死将デュラハンにすら太刀打ち出来ませんでしたとは答えられず、さすがに窮したのか、


「いえ、敵が強いだなんてこれっぽっちも思っていませんよ。聖女クリーンが逃げ出さなければ勝てた戦いです。足を引っ張られたようなものですよ」


 そう強がって、何とまあ、恥ずかしげもなく責任転嫁してしまった。


 聖女クリーンはすぐにかちんときたものの、現王の御前で口喧嘩するほど短絡的でもなかった。


 一方で、色めきだったのはむしろ神殿の騎士団だ。勇者パーティーがどれだけ情けない戦いぶりだったのか――そんな噂が広まっていくのに一日とかからなかった。


 さて、王城の客間に入った勇者バーバルはロングテーブルをドンっと叩きつけた。


「役に立たない聖女と騎士団どもめ! 彼奴らこそ、ただのお荷物だったではないか! 勝手に逃げやがって!」


 聖女クリーンが機転をきかせて騎士団に退路を確保させなければ、パーティーは間違いなく全滅していたであろうことは棚に上げて、勇者バーバルは不満を募らせた。


「俺は勇者だぞ! 負けるはずなどないのだ!」

「でもでも、デュラハンにー、手こずっていたんじゃない?」


 魔女モタが唇を尖らせながら聞くと、勇者バーバルは「ふん」と鼻を鳴らした。


 激昂した勇者バーバルは手に負えない性質たちだったが、パーティー最古参のモタの言うことだけは昔から意外と素直に聞いた。実際に、バーバルをなだめるのは、いつも同じく古株のセロか、モタの役割だった。


「モタよ。あれは仕方がなかろう? 相手が変則的に過ぎたのだ」

「どんなふうにー?」

「首から上もなければ、鎧の中身さえもないのだぞ。いったい剣でどう切れというんだ?」

「ふうーん」


 魔女モタが曖昧な相槌を打つと、モンクのパーンチが話に割って入ってきた。


「だから、オレ様に全て任せて、拳一つでぶっ潰させろとあの場で何度も言ったじゃねえか」

「それで何とかなる相手には見えなかったぞ」

「いーや、何とかなったね。次からはオレ様の判断で戦わせてもらうぞ」

「はん。勝手にしろ」


 すると、ドアをこんこんと丁寧にノックする音がしたので、魔女モタが振り返って「どぞー」と応じると、


「失礼いたします」


 聖女クリーンが一人で客間に入ってきた。


 先ほどの玉座での勇者バーバルの言い様をよほど詰問したかったが、クリーンは「ふう」と一つだけ息をついて落ち着くと、作り笑いを浮かべてみせた。


「まず勇者パーティーの皆様にお聞きしたいのですが……なぜ、不死将デュラハン如きに後れを取ったのですか?」


 聖女クリーンからすると、勇者パーティーと神殿の騎士団がたとえ不仲になろうとも、第七魔王の不死王リッチはいずれ討たなくてはいけない相手だ。


 だから、第二次討伐があった場合を考慮して、今度は本当にまともに戦えるのかと、あくまでも実務的な話し合いがしたかったわけだ。


 が。


 勇者バーバルは聞く耳など持っていなかった。


「遅れなど取っていない!」

「ですが、三対一でも苦戦していたように見えましたが?」

「ふん! ド素人の聖女様にはせいぜいそんなふうに見えたんだろうな」

「ド素人? お言葉ですが、あの戦いは失態以外の何物でもないはずです。御前では仕方なく口裏を合わせて差し上げましたが、何でしたら今から改めて王に奏上いたしますが?」


 聖女クリーンに詰め寄られて、勇者バーバルは玉座でのときと同様にまた答えに窮した。


「くそっ……ただ、調子が悪かっただけだよ……次は上手くやるさ」


 もっとも、しばらくして出てきた言葉はまるで子供じみた返事だった。


 聖女クリーンは頭を横に振った。なぜこのような男に惚れてしまったのかと、百年の恋も冷めたような気分だ。


 すると、意外なところから声が上がった。


「バーバルよ。素直に認めればいいではないか。セロがいなくなったせいだろう?」


 エルフの狙撃手トゥレスの唐突な問い掛けに、客間は数瞬だけ、しーんとなった。静寂がその場を支配したかのようだった。


 そんな静けさをモンクのパーンチが破った。


「まあ、セロはたしかに法術は使えなかったが、サポートとしては優秀ではあったよな」

「ふざけるな! あんな屑のことなど、どうでもいい!」

「どうでもよくはねえだろ? テメエの調子が悪かったのも、トゥレスの言う通り、セロがいなかったせいじゃねえか?」

「パーンチよ。貴様、何が言いたい?」

「もともとこのパーティーはセロの『導き手コーチング』ありきだったという話さ」


 直後だ。


 勇者バーバルはロングテーブルを拳一つで叩き折った。


「それ以上つまらんことを言ったら、ここで殺すぞ。パーンチよ」

「ほう。いいぜ。一回、勇者様とは殺り合ってみたかったんだよなあ」


 二人は即座に立ち上がった。睨み合いで火花が散っている。


 だが、聖女クリーンは「お止めなさい!」と一喝した。


「この王城で戦うというのなら、大逆罪と国家転覆罪が適用されますよ!」


 そう指摘されて、勇者バーバルとモンクのパーンチは「ちい」と舌打ちしてから渋々と腰を下ろした。「ふん」と互いに顔を背けている様はまるで子供みたいだ。そんな様子に聖女クリーンは「はあ」と大きなため息をついてから、パーンチに改めて尋ねた。


「それよりも、セロ様の『導き手』ありきというのはどういうことですか?」


 モンクのパーンチは思案顔で椅子の背にゆっくりともたれて、一呼吸してから答えた。


「オレはこのパーティーに正式に加入したのが一番遅いんだ。だが、バーバルたちが冒険者見習いだった頃から何度か共闘したことはあってよ。そのたび、オレはいつもの倍以上の力を得ている感覚があったんだ。まあ、そんなところだよ」

「その感覚がセロ様の自動パッシブスキルである『導き手』による効果だったということですか?」

「多分な。実際に、パーティー本来の力が知りたいからっていうバーバルの口車に乗っかって、ためしにセロを追い出してみたらこのざまだ」


 モンクのパーンチが皮肉を含んだ口調で言うと、勇者バーバルは怒りを滲ませた眼差しを向けてきた。


「パーンチ!」

「事実だろうがよ」


 再度、二人は立ち上がった。


 さすがに聖女クリーンも付き合いきれないと、呆れたように頭を横に小さく振った。


 だが、そんな二人はぶるりと一瞬だけ体を震わせた。空気がどこかざわついていたからだ。というのも、すぐそばには二人よりもよほど怒りに打ち震えている者がいた。


「わたし、そんな話……聞いてないんだけど……」


 そう呟いたのは、魔女のモタだった。


「セロは強情だからって! 呪いの解呪に専念させてあげる為に、いったん離れてもらっただけなんじゃなかったの? 追い出したってどういうこと? 口車って何? ねえ! 答えてよ、バーバル!」


 魔女モタの叫びは呪言のように部屋に漂い続けて、勇者バーバルはしばらく言葉を失った。バーバルの詭弁がパーティー内に亀裂を入れたのだった。

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