第7話 パーティーは敗北する(勇者サイド:01)

 セロたちがいる王国北の魔族領から、ダークエルフが管轄している広い森林を超えた先に、西の魔族領がある。第七魔王の不死王リッチが治めている所領だ。


 もっとも、領土のほとんどは湿地帯で、その最奥に不死王リッチは要塞のような墳丘墓を構えている。そもそも、この湿地自体もかつて人族と魔族とが争って流れた血で出来たという曰く付きの古戦場でもある。十字の墓碑が幾つも不気味に立ち並び、いつもどんよりとしていて、晴れた日などあったためしがない……


 そんな薄暗い魔族領に、勇者パーティーは侵攻していた。


「マジで陰気くせー場所だよなあ、おい」


 モンクのパーンチがそう不平を言うと、勇者バーバルも「ふん」と鼻で笑った。


「所詮、最弱・・の魔王。相応しい領地じゃないか」


 そう。第七魔王の不死王リッチは最弱として知られていた。


 そもそも、リッチは今でこそ生ける屍リビングデッドの王を名乗ってはいるものの、もとはと言えば第四魔王こと死神レトゥスの配下に過ぎなかった。


 それがどういう経緯なのかは伝わっていないが、地下世界にいる死神レトゥスと決別して地上に出てきた。そして、土地がほぼ湿原なので、ろくに治めようとする者がいなかったこの地に腰を落ち着けたわけだ。


 だから、バーバルからしてみても、今回は魔王討伐というより、中ボスでも倒しに行くかといった気軽な感覚でしかなかった。ただし、不死王リッチは個体としてはたしかに強くないものの、何しろ無尽蔵の屍鬼ゾンビ屍喰鬼グールなどを配下に従えている。


 その為、今回だけは亡者退治の専門家でもある聖女クリーンと大神殿に所属する騎士団にも同行してもらっている格好だ。いちいち生ける屍の群れを倒すのも面倒なので、魔女モタらが中心となって、全員に『擬態』、『不可視化』や『静音』などの認識阻害の魔術をかけて慎重に進んでいる。


 さて、その同行者の聖女クリーンはというと、すでにため息をついていた――


「おい、バーバルよ。不死王リッチってのは、真祖カミラと比べるとどんなもんなんだ?」

「勘弁してくれ、パーンチ。そのぐらいは事前に調べておけ。あの屑野郎セロでも、それぐらいの知識は持っていたぞ」

「オレ様は実戦派なんだよ。それにあいつだって、おつむの出来は褒められたもんだっただろう?」

「ふん。どのみち役立たずには違いないが……」


 聖女クリーンはそんなやり取りを聞いて、不安を感じて額に片手をやった。勇者バーバルとモンクのパーンチに緊張感の欠片もなかったせいだ。


 背後にちらりと視線をやると、本来はパーティーの前衛にいて、いついかなる攻撃にも対処するべき女聖騎士のキャトルがなぜか中衛の位置にいて、きれいな金髪をずっといじっている。


 魔女のモタは「くらーい。こわーい。お家に帰りたーい」と、ぶつぶつと不満しか言っていなかったし、唯一まともなはずのエルフの狙撃手トゥレスはというと、なぜか騎士団に混じって行動している。どうやら騎士たちを壁や囮にするつもりのようだ……


 これが本当に勇者パーティーなのかと、クリーンはその実態を初めて見て、頭痛がしてきた。まあ、そうはいっても第六魔王の真祖カミラを討伐した実績はあるのだ。本番になれば一騎当千の活躍をしてくれるに違いないとクリーンは考え直した。


 が。


「『索敵』に反応あり! 敵、生ける屍、多数! すでに囲まれています!」


 声を上げたのは、騎士団に所属している若い弓士だった。


 なぜ下級の弓士の方が狙撃手よりも先に警告を上げたのかと、聖女クリーンはエルフのトゥレスをきつく睨みつけた。すると、トゥレスはいかにも気分を害したといった表情を浮かべてみせる。


「エルフはこういったどんよりした場所が苦手なのだ。力が減じることぐらい、ご存じだったのではないかね?」


 そんなもの知るわけがない、と聖女クリーンはつい怒鳴りつけたくなった。


 だが、「ふ、ははは」と、勇者バーバルが呑気に笑い声を上げた。


「まあ、クリーンよ。そう責めてやるな。せっかくの美しい顔が台無しだぞ。それに今日はトゥレスもお休みということだろう? たまにはそういう日もあっていい。所詮、相手は雑魚に最弱だ」


 勇者バーバルがそう声を掛けると、狙撃手のトゥレスは「ふっ」と含み笑いを浮かべてみせた。


「よっしゃあああ! いっちょ、派手に喧嘩をおっぱじめようぜ!」


 同時に、モンクのパーンチが雄叫びを上げる。


 スキルの『ウォークライ』だ。神殿の騎士団も含めて味方全員にわずかだが攻撃力上昇の効果バフが掛かった。


 それに加えて、勇者バーバルは聖剣で横薙ぎにして、迫りくる亡者たちを一刀両断にした。さらには魔女モタが範囲攻撃の『火炎暴風ファイアストーム』の魔術で一斉に焼き払っていく。


 これには聖女クリーンも目を見張った。


 やるときはやるタイプが集まったのかなと、評価を上方修正したわけだ。


 クリーンも負けてはいられないと、配下の騎士団に向けて手慣れた指示をてきぱきと出す。


「皆様! 勇者パーティーを援護いたします! 勇者バーバル様の背後を固めて、勇者様が開いた道に続いてください! 後方支援は私が務めます!」


 ……

 …………

 ……………………


 そうこうして小一時間も経たないうちに、聖女クリーンの勇者パーティーに対する評価は――


 あっけなく地に落ちることになった。


「この方々では……駄目ですね。神殿騎士団で何とか切り抜けないと……」


 聖女クリーンは大きなため息をつくしかなかった。


 というのも、勇者パーティーの戦いぶりが散々だったせいだ――


 まず、パーティーに連携が全くなかった。それぞれが好き勝手に動いているのだ。


 モンクのパーンチは少しでも強い敵を求めて、湿地帯を適当に駆け回っているし、女聖騎士キャトルは前衛に行くべきか、後衛に回るべきか、守るべき対象をいまだに決めかねている有り様だ。


 エルフの狙撃手トゥレスはやる気がないのか、さっきから騎士団のそばにじっといてかえって邪魔になっているし、魔女モタに至っては、初手で範囲魔術を仕掛けたせいで亡者たちにつけ狙われて、さっきから「わーん」と逃げ惑っている状況だ。


 そんな中でも唯一、まともに動いていたのが勇者バーバルだったわけだが――


 生ける屍を薙ぎ払うたびにクリーンに白い歯を見せつけて、いちいち爽やかな眼差しまで送ってくる。


 最初のうちは聖女クリーンも、バーバルのモチベーションを保つ為にも笑みで応えてあげていたが、そろそろいい加減に鬱陶しくなってきた……


 しかも、時間が経つにつれて、勇者パーティーの動きはしだいに鈍くなっていった。


 クリーンも当初は土魔術の『油床オイル』などのフィールド効果を掛けられて鈍重になったのかと疑ったが、騎士たちの奮戦を見るに、どうやら敵の設置罠に嵌ったわけではなさそうだ。


 となると、単純に継戦能力が足りていないことになるわけだが……真祖カミラを討つほどのパーティーなのに基礎的な体力に欠けているというのはいかにもおかしい……


 そもそもからして、勇者バーバルはそれほど強くもなかった。


 墳丘墓に近づくと、不死王リッチの配下である不死将デュラハンが出てきたわけだが、勇者バーバルは手も足も出なかったのだ。


 モンクのパーンチが横槍を入れてきて、聖騎士キャトルもやっと前衛に応戦に出て、三対一にて戦いぶりも様になってきたのだが……その様子を見てクリーンはむしろ頭を抱えた。連携も何もろくになかったせいだ。


 こんな状況下で不死王リッチや他の配下の将が打って出てきたら、間違いなく勇者パーティーも騎士団も壊滅することだろう。


 ここに至って、クリーンは決断するしかなかった――


「撤退いたします! 騎士団は退路の確保を優先してください!」


 聖女クリーンはそう声を張り上げて、それから逃げ回っていた魔女モタの首根っこを押さえると、


「騎士団が護衛いたします。範囲魔術で退路にいる亡者どもを優先的に倒してください。お願いします」

「えー。でも、バーバルたち、まだやる気だよー」

「やる気だけでは勝てません! このままでは全滅です! ここが私達の墓場になってしまうのですよ!」

「ううー」


 魔女モタは「もうやだー」と泣きべそになりながらも、《火炎暴風》で後方にいた生ける屍の群れを焼き尽くしていった。驚いたことに、狙撃手トゥレスはいまだ何もせずに一番安全な場所にいる始末だ。


 すると、勇者バーバルは当然のように怒鳴ってきた。


「聖女クリーンよ! 撤退するとは何事だ!」

「冷静にお考え下さい。不死将デュラハンだけでも苦戦しているのに、さらに不死王リッチがこの場に出てきたら壊滅してしまいます」

「俺は勇者だ! 何とかしてみせる!」

「それほどまでに戦い続けたいと仰るのでしたら貴方がただけでどうぞ。これ以上はどう考えても危険です」

「ふん! 所詮は聖女か! 身の安全が一番と見える!」

「もう付き合いきれません! こんな戦いぶりで、よくもまあ真祖カミラを討伐できたものですね」


 よほど光の司祭セロがサポート役として優秀だったのではないですか――


 とは、聖女クリーンもさすがに言葉を飲み込んだ。勇者バーバルは血走った眼差しを聖女クリーンに向けてきたが、それでも戦況を理解するくらいのおつむは持っていたようだ。


「ちい! 退くぞ! パーンチ、キャトル――俺を援護しろ!」


 こうして勇者パーティーは不死王リッチに遭遇することすら出来ずに、初めて敗北したのだった。

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