第4話 セロの本質

「貴方はいったい何をしているのだ?」


 吸血鬼ルーシーはついに体を傾げすぎて、頭が地に着いてしまった。


 体がとても柔らかいんだなあと、セロは無駄に感心しつつも、吸血鬼の種族特性なのかどうか少しばかり悩んだ。


 ちなみに、今、セロはアイテムボックスから魔法のつるはしを取り出して、身近な地面を試し掘りしているところだ。掘り上げた土は魔法でブロック化されて、アイテムボックスに収納されていく。


 もちろん、司祭であるセロは後衛の戦闘職であって、いわゆるパーティー活動を補助する生産職ではない。だが、セロは不思議と基本的な生産活動なら出来た。勇者パーティーに少しでも貢献するために独学したのだ。


 おかげで勇者パーティーは本来守るべき生産職を引き連れずに、戦闘職のみのパーティー構成で魔王討伐が可能だった。


 何にしても、そんなふうに昔取った杵柄で、セロはとりあえずこの魔族領でも素材が採取出来るかどうかを確認していたわけだ。というのも、たまに魔族領だと、土や水なども呪われて、毒々しくなって使えないことがあるせいだ――


「といったわけで、どんな素材が取れるのか、初めての場所だと一通り確認するのが僕の習慣になっているんだよ」

「それはいかにも奇妙だな」


 ルーシーはそう応じて、「ふむん」と顎に片手をやった。


「奇妙? 僕の習慣がってこと?」

「いや。習慣なぞどうでもいい。そもそも、貴方は『司祭』だったはずだろう?」

「まあ、今はもう『暗黒司祭』になっちゃったみたいだけど……」


 セロはそう言って、自嘲気味に笑った。


 呪いの反転の効果で、すでに職業は光の司祭から闇の暗黒司祭に変じている。


 もともと法術はろくに使えなかったからあまり気にはならないものの、修得した光系の法術は全て闇系の魔術などに置き換わってしまった格好だ。


 すると、ルーシーは眉をひそめてから話を続けた。


「暗黒司祭になったことも別に問題ない。だが、司祭にしろ、暗黒司祭にしろ、なぜ生産職の真似事が出来るというのだ?」


 今度はセロが首を傾げる番だった。


 そう尋ねられても、努力したら出来たのだから仕方がない……


 むしろ、セロにとっては、司祭だったのに法術がろくに使えなかったことの方がよっぽど奇妙というか、むしろ悔しくて仕方なかったぐらいだ。


「司祭だったのに法術が使えない。それなのになぜか生産職の真似事は出来る。はてさて、これ如何に? ふふ。面白くなってきたぞ」


 ルーシーはそう呟いて小さく笑みを浮かべると、二本の指でピースサインを作って、それを左目にそっと添えた。そのとたん、宝石のような赤い目が燃えるように揺らめいた――


 『魔眼』だ。


 人族もステータスなどを見破る鑑定系のアビリティを持っているが、魔族の場合は『魔眼』といって、上位互換となる能力スキルを有している。


 その対象の上っ面の部分だけでなく、その成長限界などの本質まで見抜く力と言われていて、戦うことが好きな魔族はそれで生涯の好敵手を探すのだとされている。


 逆に言うと、魔族にとって相手の前であからさまに『魔眼』を使うのは、求婚にも似た行為なのだと人族側には伝えられてきた。だから、セロはついびっくりして、おどおどと身構えるしかなかった。


「ふ、ふふ。何だ、これは……面白い。かほどに傑作なものを見るのは初めてだぞ!」


 ルーシーはそう言って、セロの両肩をがっしりと掴んできた。


 食い入るようにセロの両目をじっと見つめている。こんなふうに夢中になっていても、ルーシーはやはり美しいから、セロは思わず真っ赤になってしまった。


 セロには聖女クリーンという婚約者がいたものの、ろくに手も繋いだことさえなかったから、異性と距離が近いというだけで百面相するしかない……


「何か……分かったことはあるのかな?」


 セロが尋ねると、ルーシーは「ふむ」と肯いてから目の赤い煌めきを抑えた。


「なるほどな。これでは法術など使えないはずだ」

「どういうこと?」


 セロは食いついた。


 それについては人族の誰に鑑定してもらっても、結局、分からなかったことだ……


 実際に、全ての神官職を統括する大神殿でも、体内を巡る魔力マナ経路の不具合だろうから成長すれば治るかもしれないと、いい加減な診断を下された。もちろん、セロにとっては納得いくものではなかった。そもそも、成長してもちっとも良くなっていないのだ。


「いったい、僕の体はどうなっているんだ?」


 だから、今度はセロがルーシーの両肩を掴んで問い詰めると、


「少し落ち着け。痛いではないか」

「あっ、ごめんなさい」


 セロはルーシーから距離を取って、落ち着こうと「ふう」と一息ついた。それから答えを求めて、じっとルーシーを見つめる。


「誰にでも自動パッシブスキルはあるだろう?」

「うん」


 自動スキルとは、職業や種族固有のものだ。


 たとえば、勇者なら『勇気ブレイブ』で、魔物モンスターと対峙するときにステータスアップの補正がかかるし、魔女なら『魔力制御』で、魔術に必要な魔力量が半減する。


 人族は誰しもが何かしらの職業を持つので、村人でも、商人でも、必ず自動スキルを有している。もちろん、司祭も、暗黒司祭も、共通して『導き手コーチング』を持っている。仲間を鼓舞して、その戦いを支援するものだ――


「貴方の場合は、魔力が無意識のうちにほとんど自動スキルに割り当てられているようだ。だから、普通のスキルが使えない。法術も、魔術も、何なら杖による攻撃スキルも、使いたくてもすぐに魔力切れを起こして出来ないという寸法だ」

「そ、そんな……」


 ちなみに、一般的には自動スキルに割り当てられる魔力など総量の百分の一にも満たない。だが、ルーシーの話によると、セロの場合はこれが百分の九十九を優に超えてしまっているらしい。


 驚天動地の事実を知らされて、セロはがっくりと地に両手を着いた。


 どうしてこんな特異体質になったかは分からないが、このままだと一生スキルが使えないということになってしまう。


「これじゃ……本当に役立たずじゃないか」


 ふと、勇者バーバルの言葉が反芻された。


 王城で罵られた記憶が今さらながら重く圧し掛かってくる。


 切なくて、哀しくて、苦しくて、セロの目から涙がこぼれかけた。なぜセロだけが、呪いばかりでなく、こんな不可解な運命まで背負わなければいけないのか……


「ちくしょう……」


 が。


「何を言っているのだ。役立たずどころではない。役に立ち過ぎるぐらいではないか」

「……え?」

「これほど強力な『導き手』が発揮されるのだ。貴方のいたパーティーはさぞかし強かったことだろう。なるほど。真祖である母カミラが負けたのもそれなら肯けるというものだ」


 ルーシーは堂々と言って、セロを真っ直ぐに見つめた。


 セロはいまいち理解が覚束ないといったふうにルーシーに視線を返した。だから、ルーシーはわずかに肩をすくめてから話を続ける。


「そもそも、魔族やモンスターは最初に貴方を攻撃してこなかったか?」

「たしかに……聖騎士のキャトルが『挑発』しても、僕に向かってくる敵は多かったけど……」

「当然だ。貴方がパーティーにいる以上、強力無比な『導き手』によって、その仲間の戦いぶりは二倍にも、三倍にも強化される。たまったものじゃない」

「じゃあ、僕は皆の役に立っていたってこと?」

「むしろ、誇れ。貴方がいる限り、そのパーティーは百万の援軍を得たのと同義だったわけだ」


 ルーシーにそこまで言われて、セロは初めて救われた思いがした。


 パーティーからは役立たずと蔑まされ、大神殿にも分からないと匙を投げられたのに、今、魔族の少女の言葉がどれほどセロの心に響いたことか……


「ありがとう、ルーシー」

「む? 感謝されるようなことを言った記憶はないが」

「むしろ、逆だよ。君がいてくれたから、僕はまるで千万の援軍でも得たような気持ちになれた。本当にありがとう」


 セロはそう感謝してから、足もとに落としていた魔法のつるはしを手に取って、「そういえば――」と、ふと疑問をこぼした。


「それじゃあ、生産職系の活動が出来るのはどうしてなんだろう?」

「貴方自身にも『導き手』の効果がかかっているということだ。スキルを使うだけの魔力は残っていないが、たとえば、掘るとか、アイテムにするとか、といった基本的な生産活動は出来る。しかも、貴方は強化されているので、専門職でなければ疲労困憊するところ、簡単な活動だけは無尽蔵に行えるわけだ」

「なるほど。たしかに、掘って素材にしたり、ポーション程度しか錬成できなかったりと制限はあったけど、これまで簡単な生産活動をやってきて疲れたことはほとんどなかったな」


 セロはそう呟くと、どこか遠い目をした。


 誰かに認めてもらった。だからこそ、自分に価値を見出すことが出来た。そのことが心の底から嬉しかった。やっと何者かになれたような気分だ。


 すると、ルーシーは意外にも、セロに対して初めて満面の笑みを向けた。


「何にせよ、貴方の本質は――誰かを導くことにある」


 その言葉がセロの中にすとんと落ちた。


 心の水面に波が立ち、しだいに全身に熱意となって溢れていく。


 ルーシーは笑顔を浮かべたことに照れたのか、少しだけ俯いてしまった。おそらく、これまでほとんど笑ったことなどなかったのだろう。だから、もしセロの本質が誰か導くことだというなら、セロに道を示してくれたルーシーの笑顔の為に何かをしてあげたいと思った。


「妾に『魔眼』まで使わせたのだ。セロよ。その責任もしっかりと取れ」

「ふふ。分かったよ。じゃあ、まずはお城を直さなくちゃだね」

「ふむ。道理だな」


 二人は魔王城に向かって、またゆっくりと歩き始めた。


 もっとも、このとき二人はまだ気づいていなかった。真祖カミラに匹敵するほどの強大な魔族が牙を剥いて、すぐ近くまでやって来ていたことに――

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