第5話 吸血鬼ブラン公爵の急襲

 半壊した魔王城の門前までやって来ると、セロはルーシーに言った。


「うわあ。こりゃあ……ひどく壊れてしまったものだね」

「歴史ある建築物だったのだぞ。人族は本当に野蛮なことをしてくれるものだ」

「ええと……ごめんなさい」


 セロは素直に謝った。


 壊したのは勇者パーティーの中でも、主にモンクのパーンチと魔女のモタだったはずで、支援に回っていたセロは城壁に傷も付けなかったはずだが、そんなのは言い訳に過ぎない……


 とりあえず、崩れた正門から入って、瓦礫に埋め尽くされた広いホールを見渡してみる。


「そういえば、このホールだったんだよなあ」


 セロはふいに第六魔王こと吸血鬼の真祖カミラの最期を思い出した。


 たしか女聖騎士キャトルが聖盾でカミラの血の魔槍による連撃を受け流し、その隙をついて横合いからモンクのパーンチが殴り込んで吹っ飛ばし、このホールの中央に落ちてきたところを魔女のモタが重力魔術で押さえつけて、最終的に勇者バーバルが聖剣で止めを刺したのだ。


 だが、その直前にカミラは『断末魔の叫び』を上げた――


 勇者バーバルが必殺技の構えをしていた途上だったこともあって、セロがその前に立ち塞がって、呪いを一身に引き受けたわけだ。


「あのとき、もし……」


 セロはそう呟いて、それから頭を横にぶんぶんと振った。


 もう意味のない仮定だ。それに過去に固執したくもない。これからは戦うと決めたばかりだ。


「よし!」


 ルーシーの背中を追って廊下を進んでいくと、離れの小塔に着いた。


 不思議とこの崩壊した城の中にあってもきれいな一角だった。ここだけ瓦礫になっていないし、壁にも床にもほとんど傷跡がない。


 そういえばと、セロはまた思い出した。


 真祖カミラは城のこちら側を守るようにして戦っていた……


 あのときは対峙しながらも、なぜだろうかと不思議に思ったものだ。宝か何か大切な物でも隠しているのかと疑問でもあった。だが、ここにきてセロはやっと気がついた――


「こちらだ。わらわの部屋だぞ」


 そうか。真祖カミラは娘の部屋に戦禍を残さないように戦っていたのか……


 母親と娘の関係については、セロも推し量るしかなかった。


 ルーシーは「母は大切ではあった」と割り切っていたが、少なくとも真祖カミラは間違いなく娘を大事にしていた。この傷一つ付いていない部屋を見渡すと、それがよく分かる。


 とはいえ、部屋はやけにファンシーだった。


 ぬいぐるみやタペストリなど、やけに可愛らしい物で溢れている。


 魔族領にもこういった物が売っているのかと、セロはやや首を傾げつつもルーシーに尋ねた。


「それでいったい、どこが雨漏りしているんだ? 別段、壊れた箇所なんて見当たらないんだけど?」

「ここだ。よく見てみよ」


 指摘された箇所を確認すると、たしかに壁の煉瓦にクラックがあった。


 だが、雨染みの具合から考えると、ずいぶん前から染み込んでいるはずで、先の戦闘で出来たものとは到底思えない……


「このクラック……ずっと前からあったでしょ?」


 セロが疑わしげな視線をやると、ルーシーは目を逸らして、わざとらしく下手な口笛を吹き出した。


 その様子を見て、セロは「はあ」と息をついた。ルーシーはというと、いかにもしてやったりと、ぺろっと舌を出してみせる。


 セロは釈然としない顔つきになった。とはいえ仕方がない。乗りかかった船だ。そもそも、この程度のクラックなら基本的な生産活動が出来るセロならさして手間もかけずに直せる。


「じゃあ、パパっと済まそうか」


 と、セロが言った直後だ。


 セロも、ルーシーも、表情を一変させた。


「この気配は……?」

「うむ。どうやら厄介な者が訪ねて来たようだ」


 二人は慌てて、廊下に出てホールに戻り、それから城の前庭に駆けつける。


 すると、そこには吸血鬼の青年が宙に浮かんでいた――


 真祖カミラに匹敵すると謳われる、ブラン公爵だ。美麗な伊達男といったふうだが、いかにも慇懃無礼で、己の美しさにしか興味がないナルシストにも見える。身に纏っている外套が黒い炎のように揺れていて不気味だ。


「久しぶりだね。ルーシーよ」


 そう声を掛けられるも、ルーシーは全く応じなかった。


「ふん。お前の母親であるカミラが亡くなったのだ。わざわざ弔意を表しに来てやったのだがね」

「眷属をこれほど引き連れてか?」


 ルーシーがそう返すと、ブランは顎を上げて「くっくっ」と笑った。


 セロの眼前には数百もの吸血鬼がいた。気配から察するに、公爵級とまではいかなくとも、爵位を持った者もいるようだし、残りだってほとんどが純血種の実力者に違いない。


 ルーシーとブランに視線をやるも、二人の仲はどうにも良好には見えなかった。むしろ、ここでルーシーを葬り去ることで、ブランが真祖としての正当性を新たに主張してもおかしくはないといった雰囲気だ。まさに一触即発といった状況だろうか。


 ただ、これほど劣勢だというのに、ルーシーは顔色一つ変えずに言った。


「おかしいと思っていたのだ。勇者パーティーが攻めてきた日に、妾は遠戚の家に出されていた。異変を聞いて戻ってきたら、母は倒されていて、その後にタイミングよくこれだけの手勢を連れて貴様がやって来た」

「何が言いたいのだね?」

「なぜ母の助勢にわざと遅れた?」


 そんなルーシーの問い掛けに、かえってセロの方が眉をひそめた。


 たしかに魔王討伐に赴いたとき、抵抗する吸血鬼たちはやけに少なかった。


 魔王城にもほとんど手勢はおらず、真祖カミラがホールに一人で出迎えに来たほどだ。幾ら魔族が強い者と対峙することが好きだからといって、魔族にとって勇者パーティー戦は一種のお祭りのようなものだ。大勢の配下が見守る中でその実力を見せつけることも、魔王の役割として重要なのだ。


 すると、ブランはにやにやとした表情を崩すことなく白々しい言い訳をした。


「それは言い掛りだよ。私とて全てを見通せるわけではないのだから」

「違うな。逆だ。ブランよ」

「ほう。逆とはいったいどういう意味かな?」

「貴様は全てを見通していたのだ。何もかも、仕組まれていたことだったのだな?」


 ルーシーがそう指摘すると、ブランは大袈裟に、ぱち、ぱち、と拍手をしてみせた。


「いやはや、勘の鋭い娘は嫌いだね。全くもってその通りだよ。真祖カミラに勇者パーティーを差し向けたのも、助勢が間に合わないように仕向けたのも、何よりここでお前を殺すのも――全て私の計画通りだ」

「魔族の面汚しめが!」

「何とでも言え。今どき、戦って死ぬことが誉れなどとほざく貴様らこそが古いのだ」


 直後、ルーシーは左手の長い爪で右手首を掻き切った。


 ドバっと血飛沫が上がると、それが禍々しい片手剣へと変じていく。まさに血の魔剣だ。


「ブランよ。ここが貴様の墓標と思え!」


 ルーシーがすぐにでも仕掛けそうだったので、それよりも早くセロは叫んだ。


「待ってください! ブラン卿に尋ねたい!」


 その声で、ルーシーはいったん動きを止めた。


 ブランは「ん?」と、いかにも興醒めといったふうな視線をセロにやった。


「今、ブラン卿は勇者パーティーを真祖カミラに差し向けたと言いましたよね?」


 セロが大声を張り上げると、ブランは「ふん」と鼻を鳴らした。それから、「おや?」とセロの顔をまじまじと見つめた。次いで、「ふふふ」と笑い出し、ついには腹を抱えてしまった。


「おい、小娘よ! どんな男を城に連れ込んだのかと思ったら、こいつは光の司祭セロではないか! しかも、どういうことだ? 闇に属性が変じているとは!」


 何が楽しいのか、ブランはひとしきり宙で笑い転げると、「はあ、はあ」と呼吸を整えてから、


「ああ、すまなかったな。非礼を詫びようか、セロ殿よ。で、何だったか……そうだ。勇者パーティーを仕向けたという話だったかな?」

「そうです。なぜ、そのようなことが出来たのですか?」

「ふはは。光の司祭とはよくぞ言ったものだ。疑うことを知らないのか? まさか、かほどに純粋な人族がまだいたとはな」

「どういうことですか?」

「無知とは罪だということだよ。人族が一枚岩だとでも、本気で思っているのかね?」


 その瞬間、セロはゾっとした。


 ブランの言葉が本当なら、人族の中に魔族に通じている者がいるということだ。しかも、よりにもよって勇者パーティーの中に――


「何にせよ、お喋りはこれで終いだ。真祖カミラの長女ルーシーと、勇者パーティーの光の司祭セロを討ち取ったとなれば、実績は十分だろう。私に真祖という称号だけでなく、わざわざ新たな魔王の座までプレゼントしてくれて本当にありがとう。君たちには心から感謝するよ。その礼に、何もかも貪り喰ってやろうじゃないか!」


 そう言って、ブランは口を開けると、血に飢えた牙を見せつけたのだった。

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