第6話「勇者は屈する」
『この手紙はなんなの!』
ルイズは箱に詰めておいたミレイナからの手紙を執務机の上にぶち撒けた。
「私が読めないとでも思った?」
「⁉︎」
「ゼオン!」
「ミレイナが勝手に送りつけているだけだ」
「なのにずいぶんと大事そうにしまっていたわね」
「それは⋯⋯」
手紙の束を鷲掴みにしたルイズは憎しみのこもった目で俺の頬に擦りつける。
「信じられない。私がまるで生きたまま引き裂かれているんじゃないかって思えるような痛みに耐えながら
必死にデューグを産んでいたというのに、ゼオンはこんなやり方であの女とよろしくやっていたなんて!
私を裏切ってさぞかし楽しかったんでしょ!」
「違う! 勘違いだ」
「じゃあなんでミネルバ教を取り締まったの? 一歩間違えれば暗君よ!」
「ミレイナは一緒に死地を乗り越え魔王を討伐した相棒だ。
そんな相棒の頼みに応えないわけにいかないだろ!」
「ゼオンは彼女のいどころがわかって安心なんでしょ」
「何を言っているんだ! 出ていけ! 執務中だ!」
俺は机に俯して頭を抱える。ルイズとの結婚を命じられて以来、心が安らいだ日はない。
***
「ルイズ、俺の靴どこいったか知らないか?」
「あんなボロボロの革靴なんかより賜った新品の靴をお履きになられたらいかがですか?」
「俺はあの靴じゃないとしっくりこないんだ。長い間履き慣らした靴だ。
魔王と戦ったときも履いていた」
口には出せないがミレイナがくれた靴だ。
不思議とよく馴染んで、あまりの戦いやすさに感動を覚えたもんだ。
「それよりランチにいたしましょう。今日は私が腕によりをかけてつくりましたの」
「ルイズの手料理か。それは楽しみだ。ならば先に食べるとしよう」
ルイズが手を叩くと侍従たちが次々と料理を運んでくる。
「さぁ召し上がれ。私が焼きました特製ステーキですよ」
「?」
ずいぶんと薄いな⋯⋯
「どうされましたか?」
「フォークを入れているけど、なかなか切れないんだ」
「おかしいですわね。ずいぶんとくたびれてましたから柔らかいはずなんですけど」
「⁉︎ ルイズ、これはなんのいったい肉だ?」
「あら? おわかりになりません? 牛ですよ。今日は工夫を凝らして牛の皮を使用したステーキです。
めずらしいでしょ」
「ルイズ!」
「こわい顔されてどうされましたの? 魔王との戦いでも履いていた靴なんでしょ?
さぁ召し上がれ。 とても甘いソースもかけてありますからね」
「こんなもの食えるか!」
俺は革靴ステーキを鷲掴みにしてルイズに投げつけた。
「きゃああああ! 何をするのゼオン。私の手料理を投げつけるなんて暴力よ!」
「この女!」
「おやめくださいませ領主様!」
侍従や執事たちがいっせいに俺を取り押さえる。
「離せ! 離せ!」
取り乱すなんて俺はどうかしていたのかも知れない。
泣きじゃくるルイズを見て冷静に戻った⋯⋯
「ルイズ⋯⋯悪かった⋯⋯」
そうだ悪いのは俺だ。
俺がルイズの心を不安にさせてしまったせいだ。
だけど⋯⋯もう⋯⋯俺は限界だ。
***
ミレイナ⋯⋯
はじめて手紙を返すな。
ミレイナをグリザード領から追放して間もなく1年が経つ。
俺はその日から深い後悔の念に駆られている。
俺はどこで間違ったんだと自問自答する毎日。
今もこうして答えが出ないままだ。
俺がもっとはやくミレイナと結ばれたいと言葉にしていたら俺たちは今頃⋯⋯
どうか臆病な俺を許してくれ。
ミレイナ、俺はとても会いたい。
ゼオン
***
『リュート』
詠唱を唱えて魔法陣の中から現れたのは使い魔のミニドラゴン。
「ひさしぶりだなゼオン。召喚されるなんて魔王と戦ったとき以来だな」
「そうだったな」
「それで俺はなにをすればいい?」
「この手紙をミレイナに届けてくれ」
「おやすいごようだ」
そう言って、リュートは窓から夜空へと飛び立つ。
「頼んだぞ」
***
「ゼオン。昨日はごめんなさい。私もどうかしていたわ。
今日はちゃんとお肉で焼いたステーキなの食べて」
侍従がテーブルに置かれたお皿の蓋を開ける。
「おお、これはおいしそうだ」
「食べて」
「ルイズ、昨日は俺もすまなかった」
「いいのよ」
「うん。うまいぞ」
「おいしいって言ってもらえてよかった」
「噛めば溶けるように柔らかい。焼き方も丁寧だ。牛と違うようだがなんの肉だ?とてもおいしい」
「昨晩、庭をミニドラゴンが飛んでいたのよ」
「⁉︎」
「なんだかめずらしいと思っていたら、そうだ! せっかくだからゼオンに食べてもらいましょうと思って、がんばって捕まえたのよ」
「おえええええええ!」
リュート⋯⋯
リュートとの思い出が一気に押し寄せる。
俺はなんてことを⋯⋯
「どうされたのゼオン」
「近寄るな!」
俺はこのとき恐怖を感じた。
魔王と対峙したとき以上だ。
魔王より恐ろしきは女の嫉妬ーー
ルイズ、貴様⋯⋯
つづく
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