2クレジット:確率機という名の自動販売機

 ルルたんは、さっき私が惨敗したやつと似たような筐体に閉じ込められていた。


 クレーンのアームは三本で、その先端はゴム製の滑り止めが付いている。景品の下には宝石みたいにキラキラしたアクリル製の石が敷き詰められていて、獲得口の周りはプラスチックのシールドが取り付けられている。この壁が厄介で、ぬいぐるみを獲得口付近までせっせと引きずるように運んできても、最後はこれが越えられない。


 私、知ってる。これ獲れないやつだ。


 サクさんは持ってきていたショルダーバッグの中からズッシリと重たそうなビニール袋を取り出し────私は目をむいてしまった。


「え、これ中身、全部100円玉ですか!?」


「今日の軍資金。7万円くらいあるんじゃないかな」


 100円玉700枚の重みはすさまじい。健全な中学生には財宝のように見えてしまった。


 サクさんは袋の中から無造作に100円玉をつかみ取って、筐体の中に連投していった。


「ここ、お一人様三個までだって」


「あっ、じゃあルルたんとレルくんとコードちゃんを……」


「いらない。三つともピンク獲らないと儲けがなくなるから」


「はい、すみません」


 サクさんにとってルルたんは5500円、レルくんとコードちゃんは1000円なのだ。三種類そろえて並べようというオタク心は戦場に要らない。


「まずは私がやってみせるから、いけそうだったら隣の筐体でプレイして」


「わかりました!」


サクさんのプレイを間近で見学する。操作は先ほどと変わらず、①ボタンでクレーンの横移動、②ボタンでクレーンの縦移動、③ボタンでアームを閉じるというものだった。


そして、アームはルルたんの胴体を掴むと上昇中に放してしまう。これも、先ほどと同様だった。


「…………」


真剣な表情のサクさんは、こてんと落ちるルルたんを見ても全く動じていなかった。私も「むむむ」と唸りながらどうすれば獲れるか思案する。けれど、やっぱりちっとも思いつかなかった。


「ほとんどの三本爪トリプルキャッチャーは、一定の金額を入れないとパワーが入らないように設定されている」


サクさんが説明するように淡々とそんなことを言った。ジトっとした視線をルルたんに向けながら彼女は続ける。


「景品をキャッチした後の上昇中にアームのパワーが抜かれている。だから、通常プレイだと絶対に獲れない」


「そうなんですか?」


「私の推測だと、天井金額は3000円から5000円。それだけの金額を入れないとこのアームはまともに景品を運んでくれない。いわゆる確率機というやつね。私から言わせてみれば高額自動販売機なのだけど」


「へー、クレーンゲームってそういう仕様もあるんですねえ……ん? ということは、もしかしてさっきのゲーセンでサクさんがルルたんを簡単にゲットしたのって────」


「”確率”が来たのでしょうね」


「それって、私がたくさんお金を入れたからサクさんが200円で獲れたってこと!?」


「そういうこと」


 淡々と返事をするサクさんにムッとしてしまう。私は大金を搾取されて何も得られなかったのに、サクさんは甘い蜜を吸ってルルたんを手に入れたのだ。そもそも、サクさんが声をかけてきたのはもうすぐ確率とやらが来るタイミングだった。どこかで私を観察して、横取りする気まんまんだったってことだ!


「サクさんって酷い人なんですね。見損ないました!」


「ハイエナしたことについては申し訳ないと思うよ。ただ、プレイを譲ってくれたのはキミでしょう?」


「うぐっ……確かに財布の中身はすっからかんで続行不可能でしたけど」


「それに、恨むなら私じゃなくて────」


 サクさんは私から視線を切って、眼前のミニキャッチャーをトントンと指で叩いた。


「大金をつぎ込まないと取れないように設定しているゲームセンター側を恨むべきだと思う。キミみたいに確率機の存在を知らない一般市民から金を巻き上げられるだけ巻き上げるシステムが悪いんじゃないかな」


「ま、まあそうかもしれないですけど……」


「さて、無駄話をしている暇はないよ。さっさとピンクを回収して次のゲーセンに向かわなきゃいけないから」


 サクさんはそう言って、再びクレーンゲームの操作を始めた。


 なんだか釈然としないまま言いくるめられてしまった感じがする。確率機の存在について教えてくれたのはありがたいけど、私の中にはサクさんに対する不信感が募った。


 ルルたんを掴んでは放し、掴んでは放しを五回ほど繰り返してサクさんは「ふむ」と小さく頷いた。


「この設定なら天井金額を待たずして実力で獲れるかも」


「……そうなんですか?」


「店員を呼んでくるからキープしておいて」


「キープって何ですか?」


「他の人が割り込まないように筐体を陣取っておいて」


「あ、はーい」


 私が納得するや否やサクさんは店員を探しに行ってしまった。残された私はどうやってルルたんを獲るんだろうと首をひねるが、一向に攻略の糸口は見えてこなかった。


 三分ほど待たされたところで、サクさんが店員を引き連れて戻って来た。


「キープありがとう。これから交渉するから少し下がってて」


 交渉?


 とりあえずサクさんの言う通り一歩引いて様子を伺う。何やら親しげに二言三言交わした後、店員さんは不可解な顔をしながらミニキャッチャーのガラス戸を開けて景品を並べ直していた。その結果、ルルたんの横にレルくんのぬいぐるみが置かれた。


 サクさんが礼を言うと店員はその場を後にする。


「サクさん、何をしたんですか?」


「ぬいぐるみを二つ並べてもらった。これなら確率を無視して実力で獲れる」


「どういうことですか?」


「見てて」


 サクさんはそう言うと、再びクレーンの操作を始めた。独特の効果音を発しながら降下したクレーンはルルたんではなくレルくんの体をひょいと掴み、上昇中に放してしまう。レルくんのぬいぐるみはポヨンと小さく跳ねて獲得口のすぐ近くに落ちた。けれど、獲得口の周りはプラスチック製の小さな壁がブロックしていて、レルくんを引きずり落とすことは難しそうだった。うーん?


「狙いをレルくんに切り替えたんですか?」


「いや、今のは土台作り。よく見て、シールドの高さとぬいぐるみの高さがちょうど一緒なの。つまり────」


 サクさんはクレーンでルルたんを掴む。しかし、やはりというべきかその上昇中にアームはその体を手放してしまう。


 何度も見た光景に落胆しかけた次の瞬間、ルルたんのぬいぐるみが落下した先にサクさんが「土台」と言っていたレルくんが寝そべっていた。レルくんの上でポヨヨンと跳ねたルルたんは、それはもう美しい軌道で壁を飛び越えて獲得口に吸い込まれていった。


 『おめでとーっ!』という明るい祝福の声が筐体から発せられた。


「ええーっ!? そんなことあります!?」


「いや、これほど上手くいくとは思ってなかったけど……」


 どうやらサクさんにとっても想定外らしい。けど、ルルたんは確かにレルくんを土台にして壁を飛び越えてきた。景品を掴んで落とすことしかできない設定でサクさんは攻略法を編み出したのだ。


「それじゃあ、キミは今みたいな感じで隣のピンクを乱獲して」


「むむむ無理ですよ! そんなプロみたいなことできませんって!」


「最悪、天井まで突っ込んでいいから。55クレ以内で取れたら採算が取れる」


「もし5500円使って獲れなかったら……」


「申し訳ないけど撤退してもらう。報酬のぬいぐるみも無しで」


「が、頑張ります……」


 サクさんの圧が怖い。報酬のルルたんは是が非でも欲しい。


 よし、まずは店員にレルくんのぬいぐるみを置いてもらうところからスタートだ!






 結果は惨敗でした。まず、店員に交渉する段階で失敗しました。


 どうやらサクさんのプレイを店員に見られていたようで、ぬいぐるみを二つ並べてくださいという要求は拒否された。これはサクさん側も同じで、二人目のルルたんを並べてもらうタイミングでレルくんは片付けられてしまった。そうなると確率が来る天井まで待たなければならないのだが、サクさんはお構いなしにルルたんが着ている服の隙間に爪を差し込んで釣り上げたり、三本の爪のうち二本だけを使ってピッタリ挟み込んで持ち上げたりしていた。


 サクさんが5000円で三人のルルたんを獲得する傍ら私は全然上手くできなくて、結局天井に到達してしまった。その金額は3000円と比較的安いものの、そんなにお金をかけてしまってはサクさんの利益が少なくなる。サクさんのお金でプレイしているということもあり、これまでの人生で経験したことないほど大量の冷や汗をかいた。


 9000円でルルたんを三人回収する頃には涙目になっていたと思う。そんな私を見てサクさんは優しく慰めてくれた。大丈夫だよ、最初は誰だってそう、よくがんばったね、よしよし。その言葉に慰められた私はサクさんに僅かな信頼感を覚えた。もし天井金額が6000円とかだったら違う言葉をかけられていたんだろうな。あまり考えないようにしよう。


 それから私とサクさんは近隣のゲーセンを二軒回って合計十五人のルルたんを確保した。このうちの一人が私のところへやってきて、十人はホビーショップへドナドナされる。残りの四人はサクさんの家で厳重に保管されるそうだ。これはサクさんがルルたんの良さに気づいたとかではなくて、近い将来ルルたんの価値が上がって5500円より高く売れる可能性があるから株として持っておくのだそうだ。意味わかんない。


 サクさんに晩ご飯を奢ってもらって、バイト代のルルたんも受け取った。車で元いたゲームセンターまで送ってもらって、お別れをする。


「今日はありがとう。気をつけて帰って」


「はい、ありがとうございました! 最初はどうなることかと思いましたが、貴重な経験をさせてもらいました!」


「くれぐれもゲーセンでお金を使いすぎないように。じゃあね」


 ありがたい忠告を残してサクさんは帰って行った。自転車で帰宅する道中、私は決心した。


 ゲームセンターにはしばらくは行かないようにしよう。じゃないと、お金が吹っ飛ぶ。


 すっかり軽くなった財布と、尊い散財ぎせいのもとにやって来たルルたんを思いながら感傷に浸るのだった。




 ◆




 一ヶ月後、私は戦場に戻っていた。しょうがないじゃないか。ルルたんのフィギュアがゲーセンの景品で実装されてしまったのだから。


「うぅ……」


 私は【橋渡し】と呼ばれる設定の筐体を前にして嘆いていた。ゲームセンターでお金を使いすぎないようにとサクさんから忠言をいただいていたのにこの有様だ。


 5000円溶かしました。


 私が相手をしている二本爪の標準的なUFOキャッチャーは確率機ではないらしい。つまり、単純に私が下手すぎて獲れないのだ。きっとサクさんなら300円くらいで上手に獲るんだろうな。


 あーあ、サクさんみたいに上手くなりたいなぁ。


 そんなことを考えていると、ふと横合いに人の気配を感じた。ちらりとそちらを一瞥すると、なんかもう意味不明なほど巨大な双丘が私の視界を占拠した。


 なんだこれ、と硬直しているとその双丘────じゃなくてお姉さんから声をかけられた。


「その景品、代わりに獲ってあげようか?」


 クレーンゲームで苦戦していたら、ニコニコと柔和な笑みを浮かべた女神みたいなお姉さんが救いの手を差し伸べてくれました。

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ゲーセンガールとオタク女子 虹星まいる @Klarheit_Lily

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