時計塔の魔女

【第1話】歓迎会

「結弦ちゃん!後、課長達もすみません!遅くなりました!!」


岩下さんとヤマテさん、それから遅れて私の兄の遊星お兄ちゃんも入ってくる。

平日の昼間ということもあり人は誰も居ない喫茶店、「喫茶柚月」。落ち着いた雰囲気の喫茶店に似つかわしく無い怪我だらけの男二人と、やたら蔑んだ目で周りを見る女の登場で一気に胡散臭くなる。

いや、最初から居る私達も似た様なものか。ムキムキの男に両目眼帯の女。皆が皆黒の背広を来ている私達を傍から見て、どんな関係性に見えるのだろうか。


「おぉ、座れ座れ~。お前たちは何飲む」


「あ、自分はコーヒーで!他の二人は一緒で良いですか?」


ヤマテさんは凄い顔をした後、「お前は、私がそんなゲロみたいなものを飲んでいる所を見た事があるのか?」と言いながら岩下さんの髪の毛を掴む。店員さんが凄い顔で見ているのでやめて欲しい。それに私もコーヒーを頼んでいるのでなんか飲み辛い。


「痛い痛い…髪の毛引っ張らないでくださいよ…じゃあ何飲むんですか」


「そんなものは決まっている」


皆がゴクリと唾を飲み込む。みんなも彼女が喫茶店で毎回頼むものを知らないんだ。普通であれば全く気にならないんだろうけど、いつも気丈で、あんなにコーヒーをゲロと罵ったヤマテさんが何を頼むかは私も気になる。

ヤマテさんはスゥと大きく息を吸い込むと、綺麗な直立で手を挙げ、店員を呼ぶ。


「クリームソーダを1つ貰えるか!」


店員さんを含め、私達は全員の時が止まる。そして、その沈黙を破るように岩下さんが笑いだした。


「ぷぷっ、クリ…クリームソーダって…ブフッ」


ヤマテさんは岩下さんの顔を手で掴む。ヤマテさんの笑顔は苦悶の表情に変わっていた。それを横目にお兄ちゃんは興味無さそうにコーヒーを注文する。


「お前が二度と笑えないよう息の根をここで止めてやろうか」


「嘘です!嘘ですから!許してください!」


ミシミシと音を立てる岩下さんの顔は、少し縦に伸びたような気さえする。この状況を見て相良さんとユメノさんは顔色変えずにコーヒーを飲んでいる。きっとこれが普段通りなのだろう。


「まぁ、落ちつけ、ヤマテ。今日は結弦ちゃんと遊星の歓迎会だろ~?楽しく行こうぜ~」


「いや、なんで歓迎会を喫茶店でやるんだよ」


流石お兄ちゃん!!そこ!そこずっと気になってたんだ。もっと他に適した場所が会ったはずでは?そう思う事どれだけの時間が経った事か。


「まぁ、みんな酒飲めないしな。それにここはウチの関連施設だからな~。色々と融通が聞くんだよ」


この感じでみんなお酒が呑めないのか。あまり下戸には見えないがそういう事らしい。

特殊警備局と喫茶店がなんのか関連があるのだろうか。この組織は未だに分からない事だらけだ。

全員の飲み物が来たところで相良さんが乾杯の音頭をとる。皆が手に持つ物がコーヒーやジュースなだけに違和感が目立つ。

皆が飲み始める中、岩下さん一人だけがコーヒーをフーフーと息を吹きかけている。

未だに他の客が入ってくる様子は無く、もしかしたら今日は貸切状態なのかもしれない。


「とりあえず昨日はお疲れ様。退院するって時に災難だったな~」


「災難ってレベルじゃないぜ。まぁ、あんたらのお陰で助かったよ」


素直じゃないのか、顔を横に背けるお兄ちゃん。私は昨日まで特殊警備局の安全対策課に居た。そのため、昨日の兄達の事は後々相良さんに聞いたのだが、みんな帰ってきた時は満身創痍で、ユメノさんなんて見ていられない程の火傷を負っていた。それなのに今日にはケロッとしている。

お兄ちゃんが入院している間も意外と暇という事は無く、相良さんや岩下さんがこちらに顔出してくれて色々と相手をしてくれた。それ以外にも他の課の人達も親切にしてくれたし、何よりも私が入るはずだった施設、『友愛学園』のユウキさんや柴崎園長までもが来てくれた。これまで行く所全てにおいて厄介払いされてきた私的には不思議な感覚と、どこかむず痒い気持ちになった。


「てか、俺まだあんた達の事も特殊警備局の事も一切聞かされて無いんだけど」


そう言いながらタバコを咥える遊星お兄ちゃん。それを見てすかさず手を出す相良さん。初めは「未成年がタバコを吸っちゃダメじゃないか~」とか言って兄のタバコを没収するのかと思ったが、相良さんのその手にはライターが握られており、兄のタバコに火をつけた。兄の吸うタバコの煙は少し独特な、甘い様な匂いがした。

少し驚いた顔をする兄だったが、そのまま話を続けた。



「まず特殊警備局ってなんだよ」


「何って、名前のままだが~」


「だから特殊警備局ってなんだよ」


「あっ、自分が説明しますわ」


未だにコーヒーをフーフーして冷ましている岩下さんが話に参加する。いや、まだ飲んでないのかよとツッコミたくもなるが、ぐっと堪えて岩下さんの話に耳を向けた。


「特殊警備局ってのは内閣官房長官によって新たに設立された組織ってのは知ってますよね?警察組織とは違って罪の芽病だけに対する治療、犯罪、研究を行う機関の事なんですよ。つまり普通の犯罪には僕らは関与しませんし、基本的には警察さんサイドもこちらの事件には関与してこないんですよ」


「あー、なるほど。じゃああんたらはその罪の芽病患者の犯罪を担当してる訳だ」


「まぁ、ちょっと違うんですけど似たようなもんですわ。特殊警備局には3つの部署があって、事件を担当するのは僕達特殊犯罪課も所属する警備部なんですが、その中でも僕達は取り分け特殊なんですよ。ここのみんなは公務員試験なんて受けてないですからねぇ」


「特殊特殊うっせぇなぁ」


頭がこんがらがってきたと言わんばかりに兄は頭をふる。確かに普段使わないであろう用語が沢山出てきて理解するのに時間がかかる。

私はふと気になった疑問を岩下さんに投げかける。


「私達に会った時に観察対象とか保護対象とか言ってましたけどどういう意味なんですか?」


「あー、あまり思い出したく無いかもしれないですが…『贖罪の水曜日』があったじゃないですか。どういう訳かそれに関わった人間は罪の芽病患者に狙われるんですわ。それでそういった人間は観察対象、危険な場合はこうして我々が保護する訳です」


「…でもお兄ちゃんは関わってないんでしょ?」


「そうなんですよー。それが不思議でね。ホワイトフェイスといい『聖歌隊』まで出てきたとなるとちょっと厄介な事になりました」


「そもそも聖歌隊だとかホワイトフェイスだとかもなんなんだよ。ていうかなんで保護対象の俺が入局する事になったわけ」


「も~、遊星君は質問が多いな~」


やっと一口目を飲んだ岩下さんは嘆く様に言う。質問が多いと言われても何も知らないのだからしょうがないだろうと顔をし、相良さんを見る兄。しかし、相良さんはヤマテさんと何か話しているようで、仕方が無くと言わんばかりに岩下さんの方へと顔を戻す。


「話せば長くなるなぁ。一言では語れませんよ。簡単に言えば僕達の敵です。それも、ずっと昔からのね。遊星君、君がここに来た理由も含めいつか分かりますよ」


真剣な眼差しで「いつかね」と言う岩下さんは、いつもの変な人とは違ったオーラがある。しかしまたコーヒーを冷ましている姿を見て全てが台無しになった。


「あ!!」


突如ユメノさんが大声を上げ立ち上がる。突然のその出来事にみんなユメノさんの方へと注目する。


「砂糖…入れるの忘れてたっス…」


ユメノさんのコーヒーカップにはもう半分程度しかコーヒーが入っていない。

この発現が今日初のユメノさんの発言となった。

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廃屋のスターダスト 甘火 @harunan3

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