【第7話】聖歌終曲

突如暗闇から現れた鎖に四肢を拘束される。どこに繋がっているかも分からないその鎖は俺の体をしっかりと捕まえ、決して逃げられる状況ではなくなった。


「僕の名前は『ホワイトフェイス』君の最後に喜劇を送ろう」


俺は暴れるがやはり抜け出さない。鎖のガシャガシャと言う音が鳴り響くだけで、状況が好転する事は無かった。


突然目の前が真っ暗になる。まるでセラフと初めて会った時のようなその空間は、どこまでも黒が続くだけだった。


「セラフ!流石に力を貸せ!このままじゃ終わるぞ!!」


セラフの返答は無い。この状況で無視する程アイツも馬鹿では無いと思うので、ここはセラフと断絶されて居るのかもしれない。

俺は段々と自分の立ち位置すら分からなくなってくる。どこが上でどこが下なのか。分からない。分からないのだ。左右すらももう分からない。

どこからともなく少年少女の笑い声が聞こえてくる。その笑い声はこちらを見透かしたかの様な声で恐怖を煽る歌を歌いだす。


「なんだよこれっ!やめろ!やめろォ!」


声が止むことは無い。何度も、何度も声を荒らげ制止するが、声は近づいてくるばかり。俺は下半身に違和感を感じ始め、目を向ける。──────────俺の両足の膝から下が人のになっている。


「ウワァァァァァ!!!!!」


俺は必死に足で蹴りを放つ。そんなので治るわけもなく、だが、ただひたすらそうする事しかできないない。

歌声が一時的に止まる。俺は安堵し、心を落ち着かせようと深呼吸するが、また歌声は響き始める。


「やめろォ!!もう…止めてくれ…」


俺は気づけば涙を流し懇願し始める。すると、いつしか歌声は苦痛から安息に変わる。段々と安心から眠りを誘うようになる。このまま寝てしまいたい。そんな思いが支配し出す。


どれほど時間が経っただろう。体感的には数時間経った気がする。この暗闇で歌声を聞き続けて「もういいや」という感情が現れ出す。もういいや。何故俺はこんな頑張っているんだ。ジィちゃんが死んだ時に俺も死んでいた筈なんだ。もうこの世に未練も無いだろう。

最後にタバコが吸いたい。そんな事を口にしていた。すると目の前に子供の手が現れ、タバコを差し出してきた。


「あぁ、これで、これで最後で…」


「それ以上はダメだよ」


俺の言葉を遮るその言葉を聞いた瞬間、世界が光を取り戻す。


「あ、あ…」


俺はただ呻く事しかできない。俺を抱き抱えるように岩下がいた。


「滑り込みセーフって所ですかね」


そう言って笑う岩下は心強く見えた。俺は折れかけていた。心が音を立てて壊れだしていた。あのままもしタバコに火をつけ、あのセリフを言っていたのならば…


気づけば空は真っ黒な曇天で、俺の涙を洗い流す様に雨が降っていた。


「言ったでしょ、全力でサポートするって。特殊犯罪課のモットーはね、仲間は全力で助け敵は全力でぶち殺す。ですわ」


岩下は俺を寝転がらせるとゆっくり立ち上がり、ホワイトフェスに向き合う。


「人間とは何故こうも罪深いものなのか。僕はこの国の為に動いているんだ。それを邪魔するならば君だろうと容赦は無い」


「そうですか。でも残念、自分は国家公務員。自分も国の為に動いているんです。だから負けられねぇだろう!!!」


岩下はホルダーから拳銃を取り出すと、ホワイトフェイスへ向ける。拳銃なんかであいつを何とかできるのか?

岩下は拳銃とは逆の手を親指と人差し指。それと中指を立てて構える。その構えに意味はあるのか?しかし、その疑問は直ぐに払拭された。岩下は見当違いの方へ銃を放つと、左手を僅かに動かす。すると、当たらないはずであろうホワイトフェイスのすぐ横のベンチへと当たる。


「君も罪を持つ者か。罪深き罪人に慈悲の心を。罪を洗う三本の聖剣」


ホワイトフェイスはまた右腕をあげる。すると、大きな緑に発光する三本の剣が曇天の空から降りてきた。


「セラフ、あいつが死神憑きって言ってたけど…」


「うん、アイツは死神と契約してる。それもかなりの力を持った奴と…あの剣、どこかで見たことあるような…」


そんな奴が何故俺を狙う?全てがぐちゃぐちゃで現状を理解できない。

岩下はホワイトフェイスに向け何発も銃を放つ。しかし、それは一発もホワイトフェイスに当たること無く終わる。まるで弾がホワイトフェイスを避けている様にすら思う。


「ありゃあ、おかしいな。俺これでも九割は当てることで有名なんだけどなぁ…全然当たりませんわ」


俺を見ながらハハと笑う岩下。今は笑っている場合ではないだろう。何をしてくるかも分からないんだぞ。


「歌え、鎮魂歌」


三本の光剣が岩下の周りをグルっと周回すると、二本の剣から子供の腕が出てくる。すると、岩下の足元から天を刺すように光の柱が現れた。


「あれ?体が動きませんわ。どうしたらいいと思います?天野君」


いや、知らんがな。

コイツさっきから随分と余裕をかましているが大丈夫なのか…?どこか落ち着き過ぎている。


「そんなに余裕で大丈夫?」


敵ですら同じ事を言っている。それ程までに異質な状況であるものの、岩下からふざけたにやけ面は消えない。何か打算的な部分も有るのだろうか。


動けないでいる岩下を、残る一本の剣がゆっくりと体を貫いて言った。しかし、血が出るといった事は無く、岩下自身も痛みを感じている様子は無かった。

腕だけ出していた二本の剣が頭を出す。その姿は幼い少年と少女の姿で。静かに歌い出した。




主よ


永遠の安息を彼らに与え


絶えざる光でお照らし下さい。




これはさっきから俺が聞かされていた歌だ。この歌を聞いた瞬間、岩下は暴れるように悶え、苦しみだした。


「君が贖う時が来た。さぁ、全ての罪を洗い流せ、アーク」


その光はどんどんと強さを増し、最後には岩下の姿は見えなくなる。俺もあまりの眩しさに目を瞑り、その歌声に賛美すら送りたくなってしまう。成熟していない、汚れていない美しい声が心の中の罪を溶かしている。

まずい、助けなければ。そう思うものの、自分がこの状況を打破出来るのか。俺はなんて無力で非力な人間なのだ。

まるで歌が問いかけているように感じる。もう赦されたのだと。これ以上抗う必要は無いのだと。


「あちゃあ、あんなのくらってたらひとたまりもなかっですね。天野君は大丈夫ですか?」


俺は薄らいでいく光の中で、隣に立つ岩下を見て驚く。いや、さっきまであの光の中に居たはずじゃ!それが今では直ぐ隣に居る。何が起きたのか。


「何故だ!何故平気な顔でそこで立っている!!」


「何故って…最初からここに居たからじゃ無いです??なんか一人で喋ってるなぁと思って見てましたが」


「そ、そんなはずは!…ハッ」


「銃の弾を動かしてると思ってました?それしかできないと思ってました?残念、それが敗因ですわ」


「クソっ…もういい!めんどくさい、めんどくさいめんどくさい!!なんで俺がこんな事しなきゃいけないんだ!!!もう皆殺し!全員皆殺しだァァァ!」


突然人が変わったように叫び出すホワイトフェイス。知的な印象だった彼の姿は、今はただの猟奇殺人犯といった所だろうか。


「アーク!剣を出せ!!…アーク?なに…?時間切れ…?どういう…」


──────────その瞬間、カンという鋭い音が響き、続けてもう一度音が鳴る。


「遅くなったぜ~少年」


「お前がタラタラとヒメノを心配しているからだろう」


そこには相良課長とヤマテの姿があった。二人は刀を持ちホワイトフェイスに斬りかかっているが、光の盾がその間に入りホワイトフェイスへの攻撃を防いでいる。


「ごめんなさいね、天野君。あんな強気な事言っといて、僕は結局時間稼ぎしかできないんです。でも、それでいいんですわ。なんたって僕達仲間でしょう?やれる事を全力でやる。それが僕らの戦い方ですから」


「時間切れってそういう事かよ…チッ、行くぞアーク」


黒い羽根を生やし空に飛び立つホワイトフェイス。


「天野遊星、君もいつか分かる時がくる。僕達『聖歌隊』の意味が。僕は道化、そして君も。今日はこの辺にしとくよ」


何度か皆攻撃を試みるが当たることは無い。ホワイトフェイスはその言葉を残すと黒い空へと消えていった。

聖歌隊とは何か。道化とは一体どういう意味なのか。嵐の様に始まったこの一連の戦いは、俺の非力さを痛感させるには十分だった。

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