【第6話】鎮魂歌
「相良課長!なんでここにいるんスか!!」
相良課長?という事は特殊犯罪課の課長という事だろうか。
どこからともなく現れ、目に見えぬ速さで敵を切りつけた。しかしその体に芽は無く、生身の体にしか見えない。
「おいおい、このオッサン本当に人間かよ…」
「まてまて~、まだ俺は35歳だぞ~。そんな俺にオッサンは無いだろう、少年」
いやいやいや、35は十分オッサンだろう。溢れんばかりに体を覆う筋肉に、今時珍しい角刈り。それに胡散臭いチョビ髭に喋り方。オッサン意外の何物でもないうえに、普通に歩いていたらただの不審者だろう。というかそもそも何故上半身裸なのだ。
「今日も刀の切れ味は悪くない…が、俺の踏み込みが甘かったな~」
胸から血を流しながらアーマーの男は立ち上がる。何が起きたかは分からなかったが、あの傷で立ち上がるなど常人では無理だろう。バケモノ共が。
「相良課長、自分も援護します」
「いーや、お前は傷だらけじゃないか。そこで休んでなさい。後は俺が引き受けよう」
相良は深呼吸し、ピタリと息を止める。その瞬間、周りの時が止まったような感覚に陥る。何故だ…俺まで息を止めてしまう。
フラフラと何とか立ち上がったアーマーの男だったが、自分の置かれた状況を理解してか、叫んだ。
「クソっ!!相良が居るなんて聞いていないぞ!!モードベガ!!」
「対象アームド、ここで排除する」
掛け声と共に男の元へ一歩踏み込む相良。斬撃が男を襲う。血を流し倒れると思われた男だったが、切られた男はユラユラと捻じるれるように消え、光だけがそこに残った。
「チッ、やられた…これは残像だァ」
この場所に既に男の姿は無く、どこかへ逃げたのだろうか。相良は刀を鞘に収めるとユメノに手を出し、ユメノが手を取るとそのまま肩に担ぎあげる。
「うわっ」
「暴れるなよ~。このまま先生の所に連れていきたいがここは危険だ。局へ戻るぞ」
相良はそう言うと何故か俺まで担ぎ上げる。
「まて、俺は怪我人じゃねぇぞ!!」
「こっちの方が守りやすいんだ~。分かったか、少年」
さっきから少年、少年うるせぇな!もう少しまともな喋り方出来ねぇのかよコイツは。
しかし、ムカつくがコイツに助けられたのは確かだ。今はコイツに従おう。
相良は俺達を担いだまま院内を駆け回る。階段は飛び降り、廊下はまるで陸上競技場のトラックの様に走り抜ける。しかし息切れなど一切しない。本当に何者なんだ…
院内の入口に来たところでユメノの異変に気づく。息遣いが荒くなりだし、呻き声を上げだした。
「まずいな…火傷が酷いぞ…あれ程外すなと言ったはずなのに…」
外すなとは眼帯の事だろう。彼女は自分で炎のコントロールができない為、自分の体を焼き尽くしたのだと思う。左半身が赤黒く腫れている。
「おい、オッサン」
「相良だ」
「相良さん、俺を降ろして先に行ってくれ」
「そういう訳にはいかない。コイツはお前を守る為にこうなったんだ。それなのにお前を置いていったら元も子も無いだろう」
相良の言う事はもっともであるが、今はそれ以上にユメノの様態が心配だ。俺はユメノお陰で無傷で済んだ為、体力は有り余っている。
「俺はもうアンタらの仲間なんだろ?」
「あぁ、当たり前じゃないか少年」
「だったら俺の事信じろよ。俺は絶対死なねぇ。だから目的地だけ教えてアンタだけ先に行け。俺はそのユメノとかいう女のお陰で無傷なんでな」
相良は目を瞑り考え込んだ後コクリと頷き、俺の肩を叩く。
「本当は明日から来てもらう予定だったが~…予定変更だ。特殊警備局で先に待ってるぜ~。まだ何が起こるか分からんから岩下をお前の応援に向かわせる。それまで持ちこたえろよ」
相良はそう言い俺に特殊警備局の住所の書かれた紙を俺に渡し、走り去って行く。
俺もその背中を見届け走り出した。
それにしても速過ぎるだろあのオッサン。
局の住所は二駅ほど先の場所だった。とりあえずタクシーを探す。金は持っていないが、局に着いた後に払ってもらえば良いだろう。公務員だし流石に経費で落ちるだろ。
辺りを見渡し探すも、タクシーどころか人一人居ない。時計を見るとすでに時刻は深夜二時を回っている。流石に平日の深夜二時、それにこんな辺ぴな所にタクシーなど居ないか。
仕方が無いので目的地に向け走り出す。途方も無く遠く感じるが自分で選んだ道だ。
「あの筋肉に連れてってもらったら良かったのに」
「うわ、突然話しかけるなよ」
セラフが思い出したかのように話しかけてくる。セラフは「突然以外話しかけようが無いよ」とぼやいているが、確かにそれもそうだ。それでもこの時間に突然話しかけれるのは少し心臓に悪い。
「流石に俺のせいでああなってんだ。これ以上迷惑かけられるかよ」
「少し前まであんな擦れてたくせに律儀だねぇ」
俺はうるせぇとセラフに言い放つ。そもそもお前が力を貸していればこんな事にはなってなかったんだ。ごちゃごちゃうるさいのはごめんだ。
少し走った所で公園が見えてくる。俺は流石に疲れてきたので公園で休む事にした。
「ハァ…ハァ…めっちゃ急いでるけど、そもそもこれ以上何も起きないんじゃねーの」
俺が独り言を呟くと、まるでそれを聞いていたかのように男の声が聞こえてきた。
『運命とは突然動き出すもの。油断は禁物だよ』
声の聞こえた噴水の方へ目を向けると、黒い羽根を生やし、真っ白な仮面をした人間が噴水に片足で立っている。黒のパーカと白い仮面のせいで顔や髪型は一切わからず、声から男だろうと推測する事しかできなかった。
「なに?さっきの俺の発言がフラグだった訳…?」
俺は次から次へ出てくる敵に辟易する。このタイミングであんな奴が出てきたら敵以外の何物でもないだろう。
俺はすぐさま公園を出ようとダッシュする。
「遊星、不味い事になった」
「あぁ?不味い事?」
「あぁ、さっきの変なアーマーした奴なんて比じゃないよ…だって…」
セラフが何か言いかけていたが、俺は公園から出るという所で何かにぶつかり尻もちを着く。なんだと思い前を見ると、先程の白マスクが立っていた。
「死神曰く、生は幻影であると。君を真実へ導いてあげよう」
「遊星逃げて!そいつは『死神憑き』だ!!!」
「はぁ!?」
男は右腕を上げ呟く。
「歌え、鎮魂歌」
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