【第5話】月下炎鳴

病室のベッドから窓の外の月を眺める。

綺麗な円を描き満月となっている月はどこか叙情的な雰囲気を醸し出していた。

静けさが漂う午前3時の病棟は、ナースコールが響くことも無く平和な時が流れる。


「今日でやっと退院か」


俺は誰かに言う訳でも無く一人呟く。嬉しいような嫌なような複雑な感情だ。というのも、ここを退院すればアイツら、岩下達の所へ行かなければいけない。平穏を望んだ俺が何故こんな事に巻き込まれてしまったのか。


「一週間、長かったねぇ」


セラフが言う。長いも何もあの怪我で一週間は多分早い方だろう。

結局アイツらの管理する病院へぶち込まれる事になり、否応にも特殊犯罪課に籍を入れられた。こんな公務員試験も無しに入れていいものなのか?一応公務員じゃないの?


「やっと結弦ちゃんに会えるね~」


「なんでそこで結弦が出てくるんだよ」


「だって心配してたじゃん。ヤマテ達がなんかしないか~って」


「それはアイツにまだ聞くことがあるからだ。それにあれでも俺の妹だしな。心配位はする」


俺がそう言うと、セラフは「いい感じ~」と言う。こいつからすればいい事だろう。俺が大切に思う人間の寿命を貰うんだ。しかし、まだそこまでの感情は結弦に無い、とは思う。こいつの判定がガバガバ過ぎて分からない。そもそもどうしたら大切な人認定されるんだ?


「なぁ、お前の言う大切な人ってどういう基準なんだよ」


「そんなの簡単だよ。遊星がこの人だけは死なせたくない、力を使ってでも守り抜く。そう思っちゃったらもうダメだねぇ。でも最初にも言ったけど安心して。寿命を貰うって言ってもそんなにめちゃくちゃ貰う訳じゃ無いから。何も無く寿命を全うした普通の人より早死するくらいだよ」


お前はそう言ってジィちゃんを殺したじゃないか。セラフの言うことがどこまで本心なのか分からない。やはり、まだ信用するだけのピースが集まってはいない。


「あ、後ね、初めに言っとくけど…次はもう力貸さないからね」


「はぁ、なんでだよ!!」


「あたりまえでしょ!!力を使うにも色々負担があるの!次から自分で何とかしてよね!!」


セラフはそう言うと、俺が呼びかけても喋るのをやめた。自分で何とかしろって…力なしであんな規格外な奴らとやりあえるかよ…

俺は少し落胆する。自分の命を守る為には力を使わなければいけない。しかし力を使う為には誰か大切な人間の命を削らなければいけない。どうすれば良いんだよ…


「月になれたらなぁ」


俺はボソッと呟く。月になれたならなんにもしなくて良いのに。

そんな事を考えていると月に黒い影が映りこんだ。俺は目を凝らしよく見ると、ドンドンと近づいてきた。


「なんだあれ…」


あれは明らかに人影だ。しかし、あんな高さには建物もなく、人がいるには不自然過ぎる位置だ。その黒い影はドンドン近づき、とうとう俺の病室の窓をぶち抜いて現れた。

パリンという音の後、ガラスが散乱する。窓からやってきた男は見事綺麗に着地しており、立ち上がるとゆっくりと話し出した。


「オマエの命を貰いに来た」


「おいおい、嘘だろ…」


俺は戦慄した。つい最近あんな事があってすぐこれかよ…俺は今力を使え無いんだぞ。


「待ってくれ、なんで俺が命を狙われるんだよ!」


「今から死ぬヤツに教える事は無いな」


両足両腕にツタが絡まり、アーマーの様なものを形成している。よく見ると心臓部に芽がある。こいつも発症者か。


「おいおいおいおい、嘘だろぉ!」


深夜の病室を勢い良く飛び出す。他の病室の人間には申し訳ないが、今は俺の命がかかっている。今だけは勘弁してくれ。


「クソっ!セラフ!」


「聞こえませーん」


「バッチリ聞こえてるじゃねぇか!!」


その後セラフの声は聞こえなくなる。本当に助けるつもりないじゃないか!!この前のやり取りはなんだったんだよ!俺はとりあえず全力で廊下を走り回る。


「死ね!天野遊星!!」


「いや、待てって!おいっ!」


男が両腕を前に出し何か光の玉のようなものが浮かびあがる。いやいやいや、なんだそれは!!

俺は覚悟を決め、蹲り目を瞑る。なんで、なんでこんな事で…!!

────────ドカンという爆発音の後に、俺は自分の体の無事を確認した。あれ、助かってる。俺は目の前を見上げた。


「大丈夫っスか」


そう言ってこちらに手を差し出す赤髪の、両目に眼帯をした10代半ば程に見える少女が立っていた。両目に眼帯という奇抜なファッションをしており、何故か彼女の背中を守る様に火柱があがっている。彼女の能力だろうか。

黒の背広を着ていて、俺を守ってくれた辺り仲間なのだろうが、気になるのは胸元についた芽だ。こいつも罪の芽病を発症していて、よく見ればツタが目元まで侵食している。

俺は女の手を取り立ち上がると、嫌疑の目を女に向けた。


「あー、安心してください。私は同じ特殊犯罪課のユメノっス。あなたの護衛を任されていたので助けに来ました」


ユメノと名乗った女は下がれと言わんばかりに俺を後ろに押す。今の俺にはこいつに任す以外すべは無いので言う通りに一歩後ろに下がった。

気づけば火柱は消えていて、男はそれを好機とみたのかまた手に光が浮かび上がり出す。その光は眩しく発光し、とてつもない速さでユメノ射出されたが、ユメノが軽く左手を振るうと光を包み込む様に炎がまとわりつく。そのまま光は初めから無かったかのように消え去った。


「そうか、オマエの『罪』は炎か」


「いや~正解でもあるし不正解でもあるッスね」


男とユメノが問答をする。罪…?いったい何の話だ?罪の芽病と何かしら関係があるのは間違いが無い。しかし、その実態はまだ俺には分からない。

男は一定の距離で常に間合いを取り、光を射出し続ける。ユメノは炎を出しかき消すだけで攻撃をする事は無かった。


「なるほど、貴様の力が見えてきたぞ。ならば…モードデネブ」


男がそう言うとツタは男の全身を包み込み、背中からはツタが幾千も絡み合い羽の様な物を形成した。先程の光が今度は剣の形に変わる。そのまま男は上へ飛び立つとユメノに突っ込む。


「チッ」


その光はユメノの右腕を切り裂き、ユメノは舌打ちをする。傷口から血飛沫が廊下に舞う中、ユメノはよろめく様に跪いた。


「どうした、特殊犯罪課などと銘打っておいても大した事は無いなぁ!!」


男は何度も光の剣を振るう。その度にユメノは紙一重で躱すが、服は傷だらけになり生身の肌に傷がついて行くのが分かる。男は空中を不規則に飛び回り、感覚をずらし避けづらくしている。


「お、おい!大丈夫かよ!!」


「あ~マジめんどくさいッスねぇ」


ユメノ俺の問いかけに答えること無く、俺から離れて行く。きっと俺に気を使って動きが制限されているのだろう。

俺は手を出したいものの今の状態ではかえって邪魔になる。黙って見ている事しかできないのか。

男はその手を休めること無く攻撃を続ける。未だにユメノは何とか避け続けているが、やられるのも時間の問題だろう。


「守りに特化したとは難儀だな」


「いやぁ、そういう訳でも無いんスけどね。割とめんどくさい力なんで。でもウザいんでもう良いです。死んでください」


そう言うとユメノは左目の眼帯に手を持っていく。俺は寒気のような物に襲われ一歩下がると、耳元でセラフが叫んだ。


「遊星!!目を瞑って!!」


俺は突然の事に驚くも強く目を瞑った。すると暗闇の中から先程の男とユメノの叫び声が聞こえてくる。


「天野さん…もう目を開けて貰ってもいいッスよ…」


そこには全身が燃えながら悶える男と、ユメノの左目から左半身を縛り付ける様に螺旋を描く炎が目に入った。その左目には既に眼帯が嵌められている。


「残念、私の目を見ちゃうから…グッ…」


そんなの能力なら初めから説明しといてくれ。セラフがいなければ危なかったじゃないか。

その能力には自分の体も蝕むのか、ユメノの体はドンドン火傷をおっていく。


「おい!そのままじゃアンタの体が!」


「自業自得ッスよ…これ、自分で調整出来ないから…」


なんでこいつらはそこまで出来るんだ!!俺はこの状況を指を咥えて見ている事しか出来ない自分に腹が立つ。アイツは明らかに俺を狙ってきてたじゃないか。それを女に守られて見ている事しかできないなんて…


「クソォ!まだ追われるかぁ!!モードアルタイル」


男は炎に包まれな悶えながらも立ち上がり、次はその手に光で形成された三本の爪が浮かび上がる。男が腕を振るうと、俺の方に斬撃が飛んできた。

クソっ、油断していた。俺はかがみながら攻撃を最小限に抑えようとすると、目の前にユメノが立ちその攻撃を受けていた。腹部に深い爪痕が残り、炎に包まれながら血を吐く。


「なんで!なんでだよ!なんでそこまでできるんだよォ!!!」


「なんでって…そりゃあ勿論…」


ユメノが笑顔で何か言おうとした時、男から斬撃が放たれた。俺は何とか助けようと手を伸ばすも、これじゃあ間に合わない。

結局俺は誰かに助けられ、また目の前で人が死んでいくのか。

そう思った刹那、ユメノも俺も無傷のままなのにも関わらず、男は血を流し倒れ出す。するとどこからともなく声が聞こえてくる。


「なんでってそりゃあ…俺達が仲間だからさ!!!!分かったかい!少年」


そこには筋骨隆々の、刀を握った半裸の男が立っていた。

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