【第4話】始動
「ちょっと!あんた何してんのよ!!」
耳を劈く様な甲高い声で目が覚める。白い天井が目に入り、点滴が俺の腕につけられていることに気づく。そうかここは病院か。
こんなに頭に衝撃を与えるうるさい女など一人しか知らない。声の方へ目を向けると、養護施設『友愛学園』のユウキ姉さんと柴崎園長が立っていた。友愛学園は俺のいる養護施設で、一ノ瀬ユウキは俺の面倒を見てくれている姉貴的存在だ。
二人を見て結弦がコソコソと俺の影に隠れる。どうやら結弦もここへ来ていたようで、俺の事を見守ってくれていたらしい。今年62歳になる園長はゆっくりとこちらに歩いてきた。
「大丈夫かい、遊星。事件に巻き込まれたんだろう。可哀想にねぇ」
俺の頭と結弦の頭を撫でる園長。それはどこかむず痒く、安心間がある。昔の、なぜかジィちゃんを思い出す。園長は女の人なのだが。
「お母さんは園の子達を甘やかしすぎ!学校サボってあんな所にいた。こいつが悪いんだから!!」
次はユウキ姉さんにゴツンと頭を殴られる。腕を組み、こちらを睨みつけるユウキ姉さんは鬼の様な表情で、しかし、その目には涙が浮かんでいた。
「本当に…本当に心配したんだから」
「ご、ごめん」
俺は素直に謝る。今回の事に関しては全面的に俺が悪い。これからどうなるかは分からないが、何があろうと学園に迷惑をかける事になるだろう。
「結弦ちゃんも災難だったねぇ。今日からうちの園で預かるって時に」
園長の言葉で理解する。なるほど、それであんな所にいて、あの刃物男に追われてしまったという所か。それは確かに災難だな。それに巻き込まれた俺が一番の災難なのだが。
園長達と他愛も無い話をしていると、病室のドアが開く音がする。「遊星くーん。大丈夫かーい」と言って入ってきたのは特殊警備局の局員、岩下とヤマテだった。
「ほら、これ。お見舞いです」
そう言って差し出された紙袋には所狭しと果物が入っていた。
ヤマテは相変わらず興味無さそうに俺を見ている。
「遊星、この方達は…」
「あぁ、ええっと…」
俺が答えていいものかと困っていると、岩下は手帳を出し園長達に自己紹介する。
「自分らはこういうもんです。ちょっと彼とその妹に大事な話がありましてね。席を外して頂けますか?」
そう言われ渋々といった形で園長とユウキ姉さんは病室の外に出る。
「大丈夫そうか?」
「えぇ、完全にシャットアウトされました」
ヤマテと岩下はそんなやり取りを行った後、岩下は持ってきたリンゴを剥きながら、一呼吸置いた後に話し出した。
「それにしても君が結弦ちゃんのお兄ちゃんだったとはねぇ…今回の一件、お上が興味持ちましてね。『保護対象』になった結弦ちゃんと、同じく遊星くん、君ら二人をウチで預かる事になりました」
「はぁ!?なんで俺までそんな事…」
「これは提案ではなく命令だ。貴様らはウチで保護する。そして天野遊星、貴様は私達と共に働いてもらう」
何故俺までそんな事をしなければいけないのだ。そもそも保護対象や観察対象とはなんの事だ。なんの説明も無いままな上に、一体こいつらはなんなのだ。
「遊星くん。君もその歳で犯罪者にはなりたくないでしょう。こう見えても警察を抑えるのは結構めんどくさいんですわ。それなりの対価は払ってもらわないと」
岩下はリンゴを差し出しながらそう言う。俺がリンゴを食おうと手を伸ばすと、何故かヤマテがリンゴの皿を手に取り食べ出す。いやいや、それは俺が食べる為に持ってきたのでは?
「天野遊星、これはお前の為に言っている部分もあり、脅迫でもある。貴様はこれから警察にとてつもない尋問をされる事になるだろう。私達がやった事なんて可愛い程にな。最後には体を解剖して調べられるかもしれないな。お前の情報は警視庁にもいっている。お前程の若い人間が『アレ』に耐えれるかな」
俺はゴクリと唾を飲む。あれを超える尋問とはいったい。それに体を解剖されるなんて…
「流石に警察もそこまでは…」
「いやいや、遊星くん。君は今の僕達と警察の内部事情を良く分かっていない。これは脅しじゃなくて本当の事」
真剣な目でそう言う岩下。その目は脅しなんかで言ってるのでは無いとすぐ分かった。
「そして、その私達に貴様の妹は保護される訳だ。貴様が応じなければどうなるか…」
「クソッタレが…!」
ドンっと俺はベッドを叩く。その音は病室中を駆け回り、外にまで響いただろうか。こいつらはド畜生じゃないか。
応じなければ俺は処分され、結弦はどうなるか分からないと…
結弦についてはまだ色々不確定な部分はあるが、俺の妹であり、ジィちゃんとの一件があった以上ほっとく訳にはいかない。ならば俺に残されたのはこいつらと共に行くという選択肢しか無い。
行けば地獄、行かぬも地獄。俺はとんでもない事態を招いたのかもしれない。
結弦はフルフルと震えながら、未だに俺の背中に隠れている。流石にこれをこのままにはできないだろう。
「分かった、やるよ」
「あぁ!それは良かった。僕らも流石にこんな小さな子に手をかけるのは心が少し痛むからね」
「ただし、条件がある」
「条件…?」
「俺の能力についてはお前らに教えない。これは抑止力として使う」
はぁ?という表情をする岩下。能力の解明についても彼らの仕事だったのだろうが、それを教えないと言われれば納得する訳もない。
「いいか、俺はお前達の元で働こうともお前達の事を仲間だと思えない。だから能力はお前らに教えない」
「だったら前の続きをしようか?」
ヤマテがホルダーに手をかける、その瞬間俺は右手を上げた。
「前は痛みで動けなかったけどよぉ、今回はそうはいかねぇ。俺の力がどんな物かわからない中ここで俺とやり合うか?」
ヤマテは熟考した後、変わらぬ表情でホルダーから手を離す。
岩下はチッと舌打ちをした後、頭を搔く。整えられた髪型がクシャクシャになっていた。
「分かった、分かりましたよ。それは後々でいいです。ただ、これだけは分かっておいて下さい。僕達も本気で『アイツら』と戦ってる。君がなんと言うおうと一緒に戦う以上全力でサポートします。だから君も戦う時は本気で戦ってください」
え、俺は戦う前提での話なのか?こいつらと一緒に?こんなこと言っているが後ろから打たれそうじゃないか。
「ま、そういう事で。君はとりあえずウチの管轄の病院へ移ってもらいます。言った以上君の妹は全身全霊で守りますんで。施設の人達には上司がしっかりと伝えると思いますんでその辺は安心してください」
「あいつに任せて安心させられるか?」
「まぁ、その辺はこの子達は知りませんから」
ヤマテの問いかけに答える岩下。俺は間髪入れず言う。
「あの人達はこんな俺をここまで育ててくれたんだ。一応これでも感謝してる。もしあの人達にもなんかあったら…」
「いや!それは安心してください!!そういう事ではないので!!ただ、その…ちょっと変わった人でして…」
いや、お前らも十分変わっている。そう出かけた言葉を飲み込んだ。こいつらが変わっていると言う程とは…一体どんな奴なんだよ…
「ま、とりあえず僕らは行きますわ」
そのまま病院を後にするヤマテと岩下。
結局岩下が剥いたリンゴは一つも食べる事ができなかった。
「あんな嘘ついちゃって~」
突然、セラフが声を出しびっくりする。今まで人がいてこいつなりに気を使っていたのか、久々に声を聞いた気がする。
「嘘ってなんだよ」
「だって力を使えるかどうかなんて分かんないじゃん。僕次第なんだし?」
「いーや、いざとなったらお前は使わせるね」
「なんでよ」
俺は結弦を右手で撫でながら言った。
「俺が死んだら寿命を回収できないだろ?」
「ふふ、確かにね。君と契約したのは間違いだったかな~。でも、いずれはちゃんと回収出来るからね」
「なんでだよ」
「それはね、君が優しい、人間らしい人間だからさ」
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