【第1話】運命

「チッ、もう三時じゃねぇか」


河川敷の草むらの中、俺は時計を見て一人ぼやく。思い出したくもない記憶を悪夢として見てしまった。気分が悪い。


あの事件から二年経った。あれ以降俺は力を使う事は無かった。それもそうだ。大切な人なんて今は居ないのだから。

あれからというもの大変だった。警察に事情聴取と称して監禁されるわ、保護者の居なくなった俺を引き取る人間がいないわで、ジィちゃんを亡くして放心状態の俺にトドメを刺しに来ているのかと思う程てんやわんやだった。

結局は施設に引き取られる事になったが、何も変わったことは無い。唯一挙げるとすれば飢えと寒さを凌げるようになったくらいだろうか。


「おいセラフ!!一時に起こせつっただろ!!」


「そんなのしらないよぉ」


耳元でセラフが嘆く。こいつは現世に姿を現すことは出来ないが、こうして俺に話しかける事はできるようだ。寿命を寄越せと毎日煩いが、今は大切な人がいないので渡しようがない。というよりも嫌でも渡すつもりは無い。

こいつのせいでジィちゃんは死んだんだ。そうでも思っていないと俺は生きていく事ができない。


何度死のうと思っただろうか。しかし、死のうと思う度にジィちゃんのお陰で生きいるのだと言い聞かせる。

ジィちゃんの命を削り俺は生き残ったんだ。これで死んだらあの世でジィちゃんに合わせる顔がない。


「遊星、結局また学校サボってるじゃん」


「お前が起こさねぇからだろ」


「あのね、遊星。僕は便利屋じゃない。てか、一時に起きてもどうせ行かないでしょ」


「うるへー」


俺はポケットからタバコを取り出し咥える。なぜ死神に説教などされなきゃならんのか。セラフとも二年の付き合いになるが未だに心許したことはない。

火をつけたタバコはもくもくと煙を上げる。この煙を見る度にあの日の事を思い出す。思い出したくもないが絶対に忘れてはいけない。学校をサボりタバコを吸う俺も気づけば立派な社会不適合者だ。いや、元からか。


「ねぇ、そろそろ大事な人見つけたら?」


「バカヤロウ、そしたらそいつ結局死ぬじゃねぇか」


「だからぁー、あれは事故なんだってー」


事故もクソもあるか。あんな思いなんて二度とごめんだ。結局人に依存するからあんな事態になる。俺は二度と人に気を許す気は無い。


俺は草むらから立ち上がるとゲーセンに向かって歩く。今から施設に戻っても学校に無理やり連れてかれるだけだ。学校が終わるまで時間を潰そう。それが俺のルーティンだ。


「あー、つまんないなぁ。僕の寿命は増えないしー。契約する相手間違えたなー」


「さっきからうるせぇなぁ。そりゃあコッチのセリフだ!ボケ!」


「口悪っ!!ボケは言い過ぎでしょ!!」


「ボケはボケだろ。ボケ」


耳元で怒りを露わにするセラフ。しかしその声は俺にしか届いていないので、傍から見れば俺は一人で発狂している頭のおかしい奴だろう。しかし俺にとっては都合のいい事だ。誰も近寄ってこなくなるからな。


「そろそろあの格ゲー、店舗一位取らなきゃなぁ」


そんな他愛もない事を言いながら歩いていると、古びた電気屋のテレビから気になる事が聞こえてくる。


『今、世間を騒がせている『つみ芽病めびょう』ですが―――』


罪の芽病ねぇ。発生理由も分からない。治し方も分からない。分かっているのは発病すると不思議な力が宿り凶暴化するという事だけ。

変な病気もあるもんだ。まぁ、俺には関係ないのだが。

テレビでは相も変わらず毎日のように罪の芽病の事ばかり。さっさと全員殺して発生源断てばいいのに。そう簡単にいかないのかねぇ。


特殊警備局とくしゅけいびきょくの発表によりますと、罪の芽病の見分け方は発病してる人間の心臓近くに植物の芽の様なものが生えているかどうか。これは服の上からでも分かる程大きなものなので分かりやすいという事です』


ニュースキャスターの解説を聞いて、俺は笑いながらセラフに「お前大丈夫か?」と聞くと、死神は病気なんてかから無いと言う。本当に便利な体なこった。いや、人から寿命を貰わないといけない時点で便利では無いか。


テレビの情報も真新しいものは無くなったので歩き出す。

罪の芽病かなんだか知らないが俺に関わりさえしなければ勝手にしてくれという感じだ。

きっとこれからも関わる事は無いだろう。と、思っていた。思っていたと言い方をするのは目の前のあれのせいだ。


「おいおい…あれって…」


白のTシャツの上からでも分かるほど大きな『芽』を生やした男が、12歳位の少女を追いかけ回している。

おいおい…嘘だろ…なんでこのタイミングでこんな問題事に。

俺は見ていない振りをして後ろを向き、芽の男とは逆方向に歩き出す。


「頼む~、俺を巻き込まないでくれぇ」


俺は神に祈っていると、身近な神がぷぷぷと笑っているではないか。

何を笑っているのかと思っていると、セラフが俺の足元を指さす。そこには小さく可愛らしい、さっき男に追われていた少女が俺の服の裾を掴んでいるではないか。

俺は慌てて少女の手を払うも、意外に力が強く離れない。どうしたものかと悩んでいると、後から物凄い足音が聞こえてくる。


「結局こうなるのかよォ!!!」


俺は少女を肩に抱え走り出した。

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