廃屋のスターダスト
甘火
序章
ここには何も無い。愛も、夢も、希望も、そんなものは星屑に等しい。僕らはそんな星屑を掴む為に狭い箱の中で毎日空に手を伸ばして明日を願った。
―序章―
「なぁ、ジィちゃん。このままじゃ俺ら死んじまうよ」
「あぁ、そうかもしれんなぁ」
「いやいや、そうかもしれんなぁじゃなくて…」
ダメだ…ジィちゃんはボケてこの状況が掴めてないらしい。
部屋中は煙にまみれ、パチパチと火柱がそこら中に上がっている。火は既に部屋全体に周り、逃げ出そうにも逃げ出す場所は無かった。
たぶん放火だろう。この辺りは社会から弾かれた社会不適合者達が住み着いている為治安が悪い。何が目的かは分からないが俺達は巻き込まれたらしい。
今日は俺の15歳の誕生日だったのにも関わらずなんという不運だろうか。
「ワシはもう足が動かん。お前だけでも先に行け」
「いや、逃げようにももう火が…」
「いいから早く行け!!」
「いや、だから…」
全然話が通じていない。最近痴呆が進んでいるとは思っていたがここまでとは。まぁ、仮に逃げれたとしてもジィちゃん一人置いて行くなんてできないでいただろう。俺の唯一の家族だ。ジィちゃんが居なくなれば俺はまた一人になってしまう。それならばいっそここで死んだ方が幾分かマシだった。
煙が口から侵入し、肺を刺激する。大きく息を吸い込んだせいで煙も同時に吸い込んでしまったようだ。このままでは一酸化中毒で倒れてしまう。
何とかこの状況を打破しようにも上手く頭が回らず、ただ呆然と火を見つめる事しかできなかった。
あぁ、結局負け組はこうやって死んでいくんだ。
俺の頭の中で回想が蘇る。産まれてこの方、楽なんて文字は無かった。常に苦労していたように思う。
物心つく頃には親に捨てられていてジィちゃんに育てられていた。
ボロボロの犬小屋みたいな家に住み、金持ち達が捨てていったゴミを拾って食べる。家に帰ればジィちゃんが少ない年金で買ってきた弁当を食べる。そんな生活を何十年と続けてきた。
それでもジィちゃんの方がどっと苦労した人生を送ってきただろう。だからこそジィちゃんを見捨てて行くなんて俺には出来ない。
横を見るとジィちゃんは既に虫の息だった。
このままでは共倒れだ。老い先少なかろうとなんだろうと何とかジィちゃんだけは生かしてやりたい。それが俺に唯一できる恩返しだろう。
俺は重い頭を持ち上げジィちゃんの方へよろめきながら近づく。ジィちゃんはうんともすんとも言わないが息はあった。俺は取り敢えずホッと胸を撫で下ろす。
俺は急いでジィちゃんの腕を俺の肩に回し、何とか立ち上がる。ジィちゃんの体はとても軽い。何故か涙が出そうになってくる。
「取り敢えずどっか煙が来なさそうな所に行かなきゃ」
俺はジィちゃんを持ち上げながら歩こうとするが、足が上手く回らず、もつれ、転んでしまう。勢いよく転んだせいか床が抜けてしまい足が板と板の間に挟まってしまう。何度足を抜こうにも上手くハマったせいで抜けない。
結局俺の人生こんなもんなんだ。唯一の大事な家族でさえ助ける事は出来ない。負け犬には到底お似合いな末路だろう。
遠い目をしながら燃えた床のシミでも数えていると、古ぼけた写真が一枚落ちている事に気づく。きっと転んだ時にジィちゃんのポケットから落ちてしまったのだろう。その写真は記念にと一度だけジィちゃんと撮ったツーショット写真だった。俺はそれを拾いボロボロの胸ポケットにしまう。
「役立たずの孫でごめんな、ジィちゃん」
俺はジィちゃんに謝ると、無意識か分からないがジィちゃんはクビを横に振った。こんな時まで孫思いなジィちゃんだ。
段々と意識が薄らいでいく。意識落ちるまで持って数秒だろう。せめて最後はジィちゃんと共に。
俺はジィちゃんの顔を見ながら、胸ポケットをギュッと握りしめた。
空間を黒が支配する。その場所には何も無い。まるで目を瞑った頭の中に入り込んだようだ。ここは一体どこだろう。
目を覚ましてみると、そこは意外にも地獄では無く虚無が支配する空間だった。
いや、ここが地獄なのだろうか?寝起きの頭で朦朧としながらそんな事を思考していると、どこからともなく声が聞こえてくる。
『やっほ~、やっと起きた』
辺りを見回してみても誰も居ない。地獄で幻聴が聞こえるとはどういう事なのだろうか。俺は後ろをもう一度確認し、前を向く。すると、そこには人間のような形をした人間でない何が立っていた。何を言いたいのか分からないかもしれないが、自分人身も『ソレ』をなんと形容していいのか分からない。
「おぉ~やっと気づいたよ」
「なんだお前…」
そいつはケラケラ笑いながらこちらに指を指してくる。こいつが地獄からの使者といったところだろうか。
その目の前の者の姿は形容し難く、大きな鎌を持っている事だけが特徴だった。声的に鎌の男?と言ったところだろうか。
「さて、君は死んじゃった訳ですが…ラッキーな事に僕に命を拾われる事になりました」
そう切り出す鎌の男はすこぶる真面目な顔で、冗談を言っているように見えなかった。という事はやはり俺はもう息絶えているのだろう。
鎌の男は間髪入れずに続きを話し出す。
「そんな君には二つの選択肢があります。まず一つは、僕と契約してもう一度生き返る」
二本出していた指の内一本を降り曲げる鎌の男。契約とは一体何なのだろうか。そもそも生き返るなどということが本当に可能なのだろうか。疑問がありつつも鎌の男の続きを聞く。
「もう一つは…このままバイバイかなぁ」
バイバイ、つまりは死ぬという事だろう。この状況で、この条件で一個目の条件を飲まない者がいるのだろうか?もしかしたらそれがこいつの狙いなのかもしれない。しかし、俺もジィちゃんが生きているとすれば何とかして助けてやりたい。
取り敢えずは一つめの条件について詳しく聞かなければ。
「契約って何するんだ?」
「僕はねぇ、『死神』なんだ。もうすぐ死ぬ人とかの寿命を貰って生きている。だから僕の為に寿命を分けて欲しいんだ」
「分かった。つまり俺の寿命を渡せって事??」
「ノンノン」
鎌の男は憎たらしい顔で指を降ると、俺の間違いを指摘する。
「君の寿命を貰おうにも君、もう死んでるじゃん」
じゃあどうしろと言うのだろうか。契約も何もこちらから払える対価が無いではないか。そんな俺の疑問を感じ取ったのか、鎌の男は結論を述べる。
「僕と契約したら君に、絶代で、大いなる、とてつもない僕の死神の力を分けてあげる。その代わり君の大切な人からちょびーっと寿命を分けてもらいたいんだ」
「それってつまり…ジィちゃんの事じゃ!」
「まぁ、現段階だとそうなっちゃうね。でも大丈夫!安心して?吸い取る寿命は君の使った力に比例するから!だから君が力の使い方を間違えなければそんなに直ぐ死ぬ事はないよぉ。…たぶんね」
「そんなのお前が直接誰かに寿命を貰いに行けば良いじゃねぇか!」
「残念な事に死神は現世に出れないんだよ~」
そうニタニタ笑いながら言う鎌の男。
胡散臭さがこれでもかという程だたよっているが、今は選択肢の余地が無いだろう。迷っている暇は無い。俺は即決した。
「えっ!?本当にいいの?」
「大切な人を助ける為だ」
「その大切な人の寿命が減る事になっても?」
「直ぐには死なないんだろう?」
「うーん、まぁ、ね。さっきも言ったけど時と場合による」
曖昧な返事で誤魔化される。この状況にも、この目の前の男にも頭が追いついて居ないのに、更にこんな選択肢を出すなんて…悪魔の様な死神だ。
「なんでもいい!時間がないんだ!早くしてくれ!!」
「じゃあ後悔しないでね。僕の言う通りにして」
俺はコクリと頷き、死神の言葉通りに行動する。
まずは俺の一番大事な物を死神に渡す。これはさっき拾った写真を渡した。そしてその写真に自分の血を一滴たらす。すると死神がそれを飲み込んだ。
「じゃあ最後に君の名前を教えて」
「俺は、俺は
「おっけー。天野遊星ね。これで契約成立~」
「こんなんでいいのか?」
「おっけー、おっけー。じゃ、力を使う時は僕の名前、『セラフ』って呼んでね。後は適当に力が使えるから~」
そんな適当な言葉を言い残し、薄らと消えていくセラフ。
彼が消えたその瞬間、視界は暗闇から火の海へと変わる。
胸ポケットを確認すると写真はなく、ゴミがあるだけだった。否が応でもセラフの言葉を信じなければ行けない状況になる。
取り敢えず俺は試しに、ハマった足を出す為に力を使ってみる事にする。
確か名前を呼べと言っていたな。
「セラフ、足を床から抜いてくれ」
俺がそういった瞬間、足がハマっていた周りの床が崩れ落ちる。
凄い!本当にあいつの力が使えるんだ!それなら…
「セラフ!俺とジィちゃんをここから脱出させてくれ!!」
その言葉と共に俺とジィちゃんの周りに風が吹き荒れる。その風は火を俺らの外に排除し、俺達が歩く為の道が出来上がる。
これで、これで抜け出せる!
俺はジィちゃんをゆっくりと持ち上げると、出口に向かう。幸いな事に一階で助かった。
木でできた扉を俺は突き破ると薄明かりが差し込む。その眩しさはさっきの火とは違い目に優しい。その光でホッとする。
「ジィちゃん!やったよ!俺達助かったんだ!」
俺はジィちゃんに問いかけるが返事は無い。あれから大分時間が経っている。命の危機があるかもしれない。俺はジィちゃんの口元へと耳を傾ける。
「!?」
しかし、そこに呼吸音は聞き取れなかった。
そんな馬鹿な。あれだけ頑張ったんだ。こんな所でジィちゃんだけ死ぬ筈なんてない!
俺は心臓にも耳を当てる。しかし無情にも心音も聞こえてこない。
俺は取り乱しながら必死に心臓マッサージをする。何度も胸を押し込み、耳を当て音を確認する。だが、未だに心音は戻ってこない。
「なんの、為に…ハァハァ…なんの為にあんな奴と契約したと思ってるんだ!!」
俺は叫びながら人口呼吸をする。だが、やはり何も状況は変わりはしない。
胸を押し、人工呼吸。胸を押し、人工呼吸。何度繰り返しただろうか。我を忘れ何度も、何度も狂ったように繰り返す。
どれくらい経っただろうか。未だに俺の手は止まってはいなかった。
寂れた街が嘲笑うかのように太陽は沈み、夜を迎える。夜を迎えると共に遠くからサイレンの音が鳴り響く。救急車がやっと来たのだ。
俺はそれでも心肺蘇生を止めなかった。出来ることは全てやりきろう。それが今できる唯一の事だ。
後ろからトントンと肩を叩かれる。後ろを振り返ると救急隊員が立っていた。俺は感激の顔で救急隊員を見上げるが、当の本人はとてつもなく暗い顔でクビを横に振った。
そんな、そんなまさか…俺はその場で崩れるよに倒れる。嗚咽した。泣きじゃくった。そうした所で帰ってくる訳でも無いのに。
俺は呪った。自分と、自分の運命を。神様は何と非情なのだろうか。
泣き止む頃にはジィちゃんは目の前から居なくなっていた。居るのは警察や救急隊員だけ。
この出来事はジィちゃんが死んだ、一時間後の出来事だった。
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