第44話
一通り話を聞いて二人がさっきこの世界に来たばかりだったということに驚く。
「えっ?それじゃあ、お二人は今日こちらの世界に来たばかりなんですか?」
「今日っていうか、二、三時間前だね。それでこっちの世界の人に話を聞いてちょっとリサーチでもしようかと思ってたんだけど、…もう、無理そうだよね」
「それは流石に俺でも想像出来るな」
佐野さんと川口くんは満足気にチョコレートを頬張っているリンの顔をチラッと見ながら話す。
それに応えるように一子もリンの顔をチラッと見てから同意するように頷くと王都側のこれからの動向を考察し始める。
「…そうですね、今頃は獣人族の進行に備えて王都の入り口は封鎖されている筈ですから」
「だよなー」
「これからどうしようかなー」
「何じゃ、入り口が無くて困っておるのか?ならば妾があの防壁の一面を吹き飛ばしてやろうか?」
3人からの視線を感じてチョコレートを食べるのを一旦止めたリンが突然とんでもないことを言い出す。
それを聞いて三人は何とも言えない疲れたような表情を浮かべた。
「いや、どうしてこの娘はこう直ぐにバイオレンスな手段を選びたがるかね」
「リンちゃん、あそこには大勢の人が生活しているの。そんなことしちゃダメだよ」
一子が子供をあやすようにリンの頭に手を伸ばすと、その手をリンが素気無く払う。
「フン、気安く妾の名前を呼ぶでないわ。主様と下僕である川口は妾にとって利がある関係じゃから名前で呼ぶことを許しておるのだ。其方に名前で呼ばれる筋合いなど何処にもないわい」
差し出した手が払われ一瞬戸惑う一子。
しかし、実は子供が大好きな一子はそんなことではめげなかった。
寧ろそれも初々しい反抗期のような反応だと捉え、嫌がるリンを抱き寄せるとベタベタとくっ付きながら頭を撫で始める。
「ええ〜、何でそんな寂しいこと言うの。ほらほら、こっちにおいでおねーさんが頭撫で撫でしてあげるから〜」
「な、何じゃ急にくっ付いて来よって!?止めろ、離すのじゃ!」
腕の中で暴れるリンをいとも容易くホールドし、そのプニプニした頬を指で突っついたり、自らの頬を重ねて悦に入る一子。
「だ〜め、おねーさんもリンちゃんって呼んでいいよって言うまで離さないんだからね〜。うりうり」
「くっ、何じゃ此奴の怪力は!?この姿では抜け出せぬだと!?」
華奢な体格からは想像出来ない程の力技で完全に動きを拘束され、戸惑いを隠せないリン。
一子の女神の化身として力は、享楽教団の繁栄具合によって左右される。
現在、ゴシトニン王国の大半をその信者としている享楽教団の恩恵を受けた一子は異世界聖女と呼ぶに相応しいチートなステータスを持っているのだった。
「ん〜、髪はサラサラで肌もプニプニしてて抱き心地が最高。ねえねえ、おねーさんもリンちゃんのお友達にしてくれるでしょ?」
「わかった、わかったからさっさと妾を離すのじゃ!」
「ホント!?ありがとう〜、じゃあこれからリンちゃんは私のことを一子お姉ちゃんって呼んでね」
「呼ばんわ。ええい、名前を呼ぶことを許可してやったのじゃからいい加減妾を離すのじゃ!!」
そして、急に知り合いのいない異世界に連れてこられ痴女聖女として子供はおろか、一般人全般から遠巻きにされてきた1年間の人恋しさが遂にここで爆発してしまったのだ。
インドア派のオタク女子は、見た目に反して一度欲望が爆発すると周囲の目など一切気にならなくなり欲望の奴隷と化す恐ろしい生物なのである。
そんな女子組の微笑ましい戯れに生暖かい目線を向ける男二人組。
「いちごちゃん、この1年で相当ストレス溜まってたんだね」
「まあ、リンの情操教育にも良さそうだからもう少し好きにさせておこうか」
「それも優しさだな。…なぁ、佐野さんさっき気になる発言があったんだけどさ」
先程までの和やかな雰囲気を一変させ、突然川口くんが真剣な表情でそう呟くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます