第43話
「うーんと、何の話だっけ?佐野さん?」
「おいおい、さっきまで高尾さんを心配して神妙な表情を浮かべていた川口くんは何処に行ったんだよ。…はぁ、まあとりあえず高尾さんは気が済むまでチョコを食べてて良いよ。この一年かなり我慢してたんでしょ?」
「いいんですか!?」
佐野さんの提案に思わず顔を綻ばせる一子。
そして、佐野さんは川口くんに右手を差し出すと追加のチョコレートを要求した。
「いいよ、どうせ川口くんの奢りだし。あっ、その分川口くんは晩ご飯抜きね」
「何という世知辛い等価交換。でも、いちごちゃんの為になら喜んで俺の晩ご飯を差し出そう」
右手の拳を握りしめてそんなことを鼻息荒く宣言した川口くんであったが、不意にTシャツを下から引っ張られている感覚がある事に気が付く。
下を向いて確認するとそこにはリンがTシャツの裾をちょこんと引っ張っている姿があった。
「川口、妾の分は?」
その先程までのパワハラな言動を全て忘れたかのような無邪気なおねだりの前に戸惑いを浮かべる川口くん。
「えっ、もうさっきの食べちゃったの?うーん、リンには…俺の朝ご飯を差し出そう」
しかし、リンの可愛らしい仕草には一切抵抗する術を持たない川口くんであった。
「川口くん、このままだと早々に餓死するんじゃね?」
「そしたら俺の骨は海に撒いてくれ」
「やだよ、海がどこにあるかもわかんないし面倒臭い」
「いきなり冷たくねぇ!?」
「フフッ、アハハハハ」
その一連の佐野さんと川口くんのやり取りを見ていて思わず一子は笑い出してしまう。
そして、一頻り笑うと先程までの張り詰めていた雰囲気が少し和らいだ気がした。
一子が落ち着いたのを見計らって川口くんは優しく語りかける。
「うん。やっぱり、女の子は笑顔が一番だね」
「もしかして、私の為にわざとふざけてたんですか?」
思い掛けず出会ったばかりの同郷人達の優しさに触れて表情を和らげる一子。
「いんや、全くの偶然」
そして、別にそんな気遣いなど全く考えていなかった川口くん。
そんな川口くんの間抜け面を見て、佐野さんが苦言を呈す。
「はぁ、川口くん、ここの選択肢は結構重要なルート分岐だったっぽいよ」
「えっ、マジで!?…えーと、オホンッ、勿論君が心配だったからさ。キラッ」
佐野さんからの指摘を聞いて川口くんはTシャツ姿の襟元でエアでネクタイを結び直すジェスチャーをして男らしさを演出する。
その口元はキラッという擬音を表現する為、無駄に爽やかに歯を見せた微笑みを浮かべていた。
「いや、そこまで露骨にやり直したらもう無理だろう。あとキラッてなんだよ、それは口で直接言うタイプの台詞じゃないだろう」
「ハハハ、ちょっとやめて下さいよ。フフフ」
ずっと抱え込んできたストレスから少し解放された事で一子の表情に笑みが溢れる。
それから再び一子の笑いが収まるのを待ち、今度は佐野さんが自分達の異世界転移の経緯を話し始める。
「俺達はパチンコ屋で火災に巻き込まれてね」
「俺は巻き込まれて無いけどな」
「あれ?そうだっけ?ああ、不況の煽りに巻き込まれたんだっけ?」
「まあ、無職だからね。って、やめて!いちごちゃん引くからこの話題は無しで先に進もう」
川口くんも流石にニートのパチンカスということが初対面の女性に対してあまり良い印象を与えないことがわかっているようで、珍しく佐野さんの話の腰を折る。
「まあ、いいけど。あれ?そういえば、最初は川口くんが説明するって話じゃなかったっけ?」
「ほら、俺が説明してもいいんだけど。その場合に脱線が凄いことになっちゃうことに気が付いたからさ。適材適所って奴だよ」
「それは出来ない側が自信満々に言う事じゃねーけどな。まあじゃあ、話を戻すけど…」
漸く長い前フリを終え、佐野さんが一子にことのあらましを説明する。
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