第42話
私がチョコレートに完全に気を取られているとスーツの男性が苦笑いを浮かべながら話しかけてきました。
「何か色々驚かせてごめんね。ちょっと話を聞かせて貰ってもいい?あっ因みに俺の名前は佐野で、あっちで幼女に跪いて悦にいってるのが川口くん」
その声でチョコレートの誘惑から我に帰った私は、二人と話をすることが有益であることを確信した。
私も久しぶりにチョコレートを食べ、じゃなくてこの二人はこの異世界に日本製の商品を持ち込める程の何かしら力のようなものを持っている筈だ。
そしたらチョコレートのおこぼれ、じゃなくて元の世界に戻るヒントが掴めるかも。
「改めてまして、私は高尾一子と言います。いちごという芸名でコスプレイヤーとして活動していました」
「高尾でいちごと来ましたか」
「思わず、ざわっ、とする名前だね。それで高尾さんでいいかな?高尾さんはいつからこの世界に?」
ざわっ、とは一体何のことだろう?
その情報も開示して欲しいような気もするけど、今はそんなことはどうでもいいの。
ここに私以外の日本人が二人もいて日本製の商品を持っていて、しかも麒麟という強力な従魔まで従えているのだから。
きっとこれは紛れもなく僥倖、この出会いには今の私の現状を改善してくれる何かある筈でしょ?
それに仲良くなればチョコレートも分けてくれるかも。
「高尾でも一子でもいちごでも好きに呼んで頂いて構いません。会ったばかり人に不躾にこんなことをいきなりお願いするのは大変心苦しいのですが、…あの、私を助けて貰えませんか!?」
「「助ける?」」
私のいきなりのお願いに佐野さんと川口さんは困惑した表情を浮かべます。
「助けて欲しいってどういうこと?もうちょっと詳しく聞かせて貰ってもいいかな?あっ、あとその前にちょっと目線に困っちゃうからこれ羽織って貰ってもいい?」
「えっ?ああっ、…あの、すみません、ありがとうございます。ええと、最初は…」
佐野さんが自分の羽織っていたジャケットを脱いで私に手渡してくれました。
自分の格好の事がすっかり頭から抜け落ちていた私は、襲ってくる羞恥心と戦いながらジャケットを受け取り、どうにか心に落ち着きを取り戻して私の異世界転移に至ったこれまでの経緯を説明します。
「はぁー、なるほどね。俺達のケースとは大分違うな」
「いや、多分これは逆に俺達のケースが特殊なんだと思うよ。何だよ、手荷物感覚で友達一人連れてくるって」
「何?川口くん、異世界に来るの嫌だったの?今から帰る?」
「そんなこと言ってないだろう?一緒に異世界ライフ楽しませてよー」
「おい、主様。楽しそうなのところ悪いんじゃがそこの娘がポカンとしておるぞ」
リンちゃんに指摘をされて、二人はついつい興じてしまう雑談を中断して私の方に向き直りました。
私の表情から多少の戸惑いが窺えたのか、二人はバツの悪そう表情を浮かべた後私に問い掛けてきました。
「ああ、ごめんごめん。それで高尾さんは、これからどうしたいの?」
「え?出来る事なら理想は元の世界に帰ることですけど、それは…」
「うーん、俺達の力じゃ、ちょっと無理そうかな」
「ですよね、…」
やっぱり、そんなに上手くは事が運ぶ訳ないですよね。
この異世界で同郷の人達と出会えただけどかなりの幸運なの筈なのに、その事を頭では分かっていてもどうにも落胆は隠せません。
そんな空気を察して気分を変えようとしたのか、川口さんがある物を取り出しました。
それは私がこの世界に来てから夢にまで見るほど欲した物でした。
「あっ、いちごちゃんチョコ食べる?」
「…チョコ?はいっ、頂きます!…はぁ、美味しい。…この味懐かしいな。あれ?何か涙が…すみません。えっと何の話でしたっけ?」
久しぶりに日本製のお菓子を口にしてとても嬉しい筈なのに、私は何故か瞳に涙を浮かぶのを止める事が出来ませんでした。
佐野さんと川口くんはそんな大変な苦労を1年間も重ねてきた一子を労うように優しく見守り、何かしらの力になってあげられないかと思うのであった。
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