第9話
異世界まで転移の工程は、佐野さんの感覚で言えば全身を強烈な光に一瞬で包まれたかと思えば次の瞬間には既に森の中に立っていた、と言った感じだった。
こりゃあ、何も言われずにあの光に飲み込まれた川口くんはさぞテンパった事だろうと佐野さんは再び笑いがこみ上げてくる。
「ふぅ、ここが異世界か…、というか何で森の中なんですか?」
パッと目につく範囲の光景が明らかに文明の手の入っていない原生林のような光景で、少し圧倒された佐野さんから思わずホゥと溜息が溢れる。
『それはいきなり人の居るところに現れたら無用の騒ぎを起こすことになりますからね。その対策として少し人里離れたところに転移したという訳です』
「ああ、なるほど。それは一理ありますね」
『それよりも彼に声をかけなくていいのですか?』
パチンコの女神が指差す方向に佐野さんが顔を向けると、そこにはパーマの掛かった茶髪で服装がTシャツジーパンの男がスマホ片手に地面に尻餅をついて呆然としていた。
自分で巻き込んでおきながら思わず噴き出しそうになったのをどうにか堪えた佐野さんは、茶髪の男こと川口くんに話し掛ける。
「あれれ?川口くんじゃん。どしたの?そんな呆然として?」
聞き覚えのある声を聞いて、漸く川口くんは落ち着きを取り戻し我に返ると佐野さんの方に首だけ向けて振り返った。
そして、未だ興奮醒めらぬといった様相で佐野さんに語り掛ける。
「どしたの?じゃないよ。今、凄い体験したんだ」
「凄い体験って?」
「い、いや、体験したというよりかは理解を超えていたんだけど。あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!俺はパチンコ屋でスロットを打っていたと思っていたら、いつのまにか森の中に座っていた。な…何を言っているのかわからないと思うけど俺も何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ」
「いやいや、長々と乙w」
「まあ、折角訪れた絶好の機会だったからね」
川口くんは佐野さんから差し出された手を掴み立ち上がる。
ズボンに付いた土埃を払いながら落ち着き払っている佐野さんを見て、何となく今回の件の元凶が佐野さんであることを察してその事を尋ねる。
「そんで、どういう状況?」
「実はかくかくしかじかで、…」
「なるほどそういう事かって、いやそれで通じるのは漫画の世界の中だから。つーか、最近は漫画でも見ないよそんなクラシカルな表現」
「どうしたの川口くん?今日、キレッキレじゃんか?」
「まあ、突然の出来事の数々にテンションが上がってる事は否定出来ないな」
楽しそうに悪ノリに拍車の掛かった佐野さんではあったが軌道修正して、改めて今度はきちんと川口くんに事のあらましを順に説明していく。
「…てな感じでね、折角の異世界ファンタジーだったから川口くんも一緒にどうかなって思って誘ったわけですよ。どうせ暇だっただろうし、川口くんも来たかったでしょ?」
「いや、それマジ感謝だわ。佐野さんの心遣いに震えるしかないわ。事前に詳細を話してくれてたらもっと最高だったんだけどな」
「それじゃあ、サプライズにならないじゃんか」
「見当違いな心遣い、サンキューです」
「いいってことよ、俺と川口くんの仲だろ」
パチンコの女神と相対していた時とは180度打って変わって砕けた口調で話す佐野さん。
その辺りはTPOを弁えてきちんと使い分けの出来る佐野さんであった。
しかし、それは佐野さん目線の話でありパチンコの女神は些か驚きの表情を浮かべて2人のやり取りを静かに見守っていたのだった。
いや、このしょうもない雑談さっさと止めなよ。
神様って、暇なの?
「あっ、そうだ川口くん。こちらはパチンコの女神様」
一通り雑談を終えて、ふとパチンコの女神の視線に気が付いたのか、佐野さんは漸くパチンコの女神を川口くんに紹介する。
「いや、サラッと紹介してくるなよ!というかそもそも紹介するの遅過ぎるだろうが!ものすごい勢いオーラ放ってる人を見て見ぬふりて日常会話をしなきゃならないこっちの身にもなれよな。ひょっとしたら俺にしか見えない何かなのかと思って内心ヒヤヒヤしたわ」
そして遅すぎる紹介を受けてパチンコの女神を一瞥した川口くんは佐野さんに詰め寄るように言い放ち、ホッと一息付くのであった。
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