第8話

 その日(平日)も佐野さんの友人であるパチンカスニート川口くんはマイホールであるパチンコ屋に足を運んでいた。


 開店1時間前から店頭で列を作って並び、整理券番号7をゲットした川口くんは昨日の大負けを取り返すべく開店と同時に目当てのパチスロの台に向けて足を進める。

 そして、台に着席するといつものように子役カウンター(パチスロには設定というものがあり、その設定を見極める為に計算する簡易的な装置)を起動していざ遊技を開始したのであった。



 「んー♪、ふふーん♪」


 整理券番号7番を手に入れた時点で今日の俺の勝ちは決まっていたんだなぁ、とついつい鼻歌を口ずさんでしまう川口くん。

 こういう語呂合わせの験担ぎはギャンブルに挑む際には必要不可欠であり、運を呼び込む為なら何でもこじ付けて行かなければならないのだ。

 とは言え、その所為で退き際を間違えて大損する事も多々あるので加減の難しい所である。


 しかし本日は大勝利確定、鼻歌交じりに本日の戦果である自身の椅子の後ろに並べられたメダルのパンパンに詰まったドル箱達を眺める笑顔の川口くんの口元から思わず声が溢れ出る。


「佐野さんも一緒に来れれば良かったのになぁ」


 そんな平日丸々一日中という真っ当なサラリーマンでは絶対に不可能な事を考えていると、何の知らせかその佐野さんからスマホに着信が入ってきた。

 しかし、佐野さんもイベントデー等には有給休暇を取って平日に一日中パチンコに興じる事もあるのでこの場合の真っ当に佐野さんは含まれていない。


「あっ、もしもし、川口くん?」


「どした、佐野さん?飲み?んーでも、6だから(確率が高設定で当たり易い)今日は閉店コースっぽいわ。待てる?」


「ああ、飲みじゃないから大丈夫。突然なんだけどさ、川口くん旅に行かない?」


「旅?いいねー、勿論行くでしょ」


 佐野さんから突然放たれた旅というキーワードに一瞬の躊躇いも無く、条件反射で反応する川口くん。

 このレスポンスの速さこそが佐野さんが同行者に選んだ理由の一つだ。

 まあ、只の考えなしとも言えなくはないのだが。


「ああ、あと、昨今定番の異世界物についてどう思う?」


「どうって急にどうしたよ?まぁ物によるけど好きな方だよ。いや寧ろ、愛してると言っても過言ではないね。何故なら今日の台はまさにその異世界物だからさ」


 スマホ越しに聞こえて来た川口くんのその発言に佐野さんは思わずニヤッと悪巧みをしているかのような笑みを浮かべる。


「なるほどね。じゃあ、もし自分が突然異世界にいくことになったらどうする?断る?」


「それは望むところだね、断る訳無いじゃんか。今からでも大丈夫なくらいだよ。いや、寧ろもう既に異世界に転移し始めてると言っても過言ではないね」


 ちょっとした軽口のつもりが、意図せず現状を的確に現した答えを導き出してしまった川口くんは、自信満々にそう言いきったのだった。

 まさか本当に異世界転移させられ始めてるとも知らずに。


「ふふ、川口くんならそう言ってくれると思ったよ」


 その答えを聞いて、嬉しそうに佐野さんはパチンコの女神に視線を送る。

 そんな簡単なやり取りでいいの?と視線を向けられるがOKのハンドジェスチャーでそれに答える。

 パチンコの女神は、微妙な表情を浮かべていたが本人達がそれでいいならいいかと納得して転移の準備に入った。


「そんなこと急に聞いてどしたの?何か面白いアニメでも見つけたの?」


「ああ、そういうのじゃないよ。ちょっとした確認っていうか。まあ、また後で話すよ。…友人と電話していたらいきなり異世界に飛ばされてしまった件、なんてね、ブフゥ…」


 スマホから漏れ聞こえる佐野さんの吹き出した笑い声を不審に感じて、川口くんが改めて問いかけようとその時であった。


「え?今何て?って、眩しっ!?何だこれ!?うわっ………」


 川口くんは眩いばかりの光の波に飲み込まれて神隠しにあったのでした。

 川口くん分の回想終わり。



「…ッー……ッー」


「川口くん?おーい、川口くん大丈夫か?」


 佐野さんは川口くんの情け無い悲鳴を最後に音信不通になったスマホに話し掛ける。


「…ッー……ッー」


「転移終わりました?」


 佐野さんは一仕事終えたかのような満足気な表情を浮かべて、スマホの通話を切るとパチンコの女神にそう尋ねた。


『ええ、無事に終わりましたよ。彼一人を待たせるのもあれですし、私達もそろそろ彼方の世界に向かいましょうか』


「そうですね、それではよろしくお願いします」


「はい、では」


 そんなやり取りを最後に佐野さんとパチンコの女神は、真っ白な空間からその姿を消したのであった。

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