第5話

佐野さんからのお礼の言葉に対してパチンコの女神は何てことないですよ、と胸の前で手を軽く振りながら答える。


『いえいえ、改まったお礼なんて必要ないですよ。火事に巻き込まれてもパチンコを打ち続ける貴方の姿を見て、昔読んだ漫画に出てきた黒シャツの男がゴールドな一族を相手に火事の中で麻雀を打ち続けるシーンを思い出しましてね。思わず胸が熱くなってしまったんですよ』


 うんうんと頷きがながらそう説明するパチンコの女神に、佐野さんはそれってもしかして哲、っと言いかけてやめておくのだった。

 そもそも佐野さんは避難誘導を聞き逃して、更に煙が視界に入るまで火事に気付けなかっただけの愚か者なので黒シャツの男とはギャンブル依存症という点では共通点もあるがそれ以外は比べるまでもないのだ。

 …いや、そうでもないか?

 まあそんなことはさておき、しかしながら神々しい女神様の見た目と会話の内容のギャップが凄いな。


「神様も漫画とか読むんですね」


『パチンコ、パチスロの原作になってる漫画やアニメは全て網羅していますよ。じゃないと十然と楽しめませんからね。勿論、韓国ドラマも押さえています』


「なるほど、それはありますね。見たこともないようなアニメの美少女の映像しか出てこないパチンコを打ってる御老人方とかって、本当に楽しめてるのかな?って思っちゃいますもんね」


『あの方々は、もう楽しむとかそういったステージにいないですから』


「ああー、それはそうですね」


 シルバーカーを押しながら毎日のようにパチンコ屋通いをしてる御老体の姿を思い浮かべて、ちょっぴりシンミリとしてしまう佐野さんとパチンコの女神であった。


 ※パチンコ・パチスロは適度に楽しむ遊びです。のめり込みに注意しましょう。※


『うーんと、話が脱線してしまいましたね。それで貴方にやって貰いたいことなんですけどね』


「あっ、そういえばそんな話でしたね」


 すっかり雑談が本筋になってしまっていた佐野さんとパチンコの女神が話題を元の方向に軌道修正する。


『私がパチンコの女神、正確にはパチンコ、パチスロの女神ということは先程お伝えしましたね』


「はい。あっ、パチスロの女神でもあるんですね」


『ええ、両方一緒の神が管理した方がいいと神々で話し合って決定しました。さてそれでは女神とは、神とは一体何をすることが仕事かわかりますか?』


「神様の仕事ですか?」


 パチンコの女神様の仕事?と頭に疑問符を浮かべながら小首を傾げる佐野さん。

 確かにいきなり問われると戸惑う質問ではある。


「…うーん、パチンコの普及とかですか?」


『そうです、話が早くて助かります。神というのは自身の司る対象の繁栄を見守り、時に困難が降り注いだ際には手を差し伸べたり道を指し示す存在です』


「なるほど」


『私も常々パチンコ、パチスロの普及に尽力しているのですが、どうにもこの世界の日本という小さなコミュニティーでしか目ぼしい発展が見られないのです。しかもそれすらも先細りしている現状です』


 まあ、それはそうだが仕方ないことではないかとも思う佐野さんであった。

 老若男女問わず全世界中でパチンコが大流行している状況なんて、幾ら自他共に認めるパチンカスの佐野さんであっても否定的であった。

 別に世界中の人がパチンコをハマってたら整理券並ぶの大変そうだなぁ、とかは別に考えていない、…と思う。


「あっ、さっきって言ってましたけど、世界ってやっぱり他にも沢山あるものなんですか?」


『ええ、貴方の考える世界というカテゴリーと私の認識している世界のカテゴリーは恐らく違うとは思いますが概ねその通りです。貴方にとってはこの世界を一つの単位とした時、膨大なそれこそ果ての無いものに感じていると思いますが神である私にとっては…、そうですね、貴方の感覚で言うと市町村の一つくらいの感覚ですかね』


「はぁ、それは途轍もない話ですね」


 やっぱり他にも世界ってあるんだなぁと感心すると同時に佐野さんはまた一つ疑問が浮かんでくる。


「その沢山の別の世界にもパチンコはあるんですか?」


『勿論あります。私が把握している限りでは人型ベースの生物がある一定の文化水準を超えるとほぼ間違いなく誕生しています。しかし、この世界の日本ほどパチンコが発展している地域はありません。これは技術レベル、サブカルチャーの浸透具合、その地域の住人の人間性など奇跡的に噛み合って生まれた特殊な事例なのです』


「特殊な事例ですか…、まあ確かに異常ではありますよね」


 佐野さんはこのコロナ化での外出自粛規制の中、早朝にディスタンスなど関係無いとばかりに長蛇の列をなしていた愉快な仲間達の姿を思い出す。

 ちなみにパチンコ屋は元々喫煙対策の為に空調設備がしっかりしている上に、そもそも他者とコミュニケーションを取ることもないで飛沫も飛ばず感染拡大などは全くしなかった。

 

『宗教的な集まりですら密を恐れて開催を控える中、連日連夜多くの人が集うその姿に他の神々は戦々恐々としていましたよ。あの時はとても愉快な思いをさせて頂きました』


「それはお役に立てて光栄です」


 にっこりと微笑みながら大仰に一礼する佐野さん。

 そんな佐野さんを優しい笑顔で見ていたパチンコの女神であったが急にその表情が曇る。


『ただそれもいつまで続くのかはわかりません。司る対象の繁栄の度合いがその神の格に繋がります。しかし、規制や完全分煙等の事情を鑑みるにこのままでは私の神としての格が下がる一方なのです。ですので私はこの世界でのパチンコ、パチスロの普及に見切りをつけ、新たなる世界に目を向けることにしました』


「それって、つまり」


『そうです。貴方にはこれからこことは違う世界でパチンコ、パチスロを普及させて貰います』


 パチンコの女神による物凄く斬新な文化ハザードを引き起こしそうな依頼に、流石の佐野さんも戸惑いの表情を浮かべるのであった。

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