第4話

「わかりました。その依頼、引き受けましょう」


『いいえ、まだ何も話していませんよ』


「失礼、先走りました」


 急展開に見えるが別に場面が飛んだのではない。

 ついついその場のノリで、深く考えずに気ままな行動を起こす佐野さんの良い面でもあり悪い面でもある一面を垣間見た一幕であった。


「んー、でも実際に女神様のからの依頼なんて断れない気がするのでもう手間を省いて先に受けちゃうのもアリかと思いまして」


 確かにそう言われてみると佐野さんの言動にも一理有るのかもしれない。

 パチンコが絡まない時の佐野さんは、ちゃんとした思考回路を持ち合わせているのだ。

 しかし、生活の大半をパチンコに費やしている時点でその思考回路がまともに働いているかは甚だ疑わしい。


『なるほど、こちらとしては強制する気はなかったのですがそういう捉え方をされるのも仕方のないことなのかもしれませんね』


「強制されないんですか?」


 どうやら、佐野さんの予想に反してクリーンな取り引きなのかもしれない。

 パチンコの女神は、佐野さんの質問にシンプルに答える。


『勿論受けて頂かなくても構いません。その場合は、そのままお帰り頂いてパチンコ店の火災に巻き込まれた状態から残りの人生を再スタートするだけです』


 パチンコの女神の話した内容に佐野さんは、だろうねと少しだけ諦念の表情を浮かべる。

 やはり、神という超常の存在の絡む事案がそんなに甘いわけがないのだ。

 まぁ、そらそうだよな…、と言うことは、


「…それ、受けなかったら死ぬって意味じゃないですか?」


「運が良ければ、助かるかもしれませんね」


ね。…まあ、やっぱりそんなに甘くはないですよねぇ。命が助かっただけでも儲けもんか」


 そこまで会話続けて、気持ちの切り替えの済んだ佐野さんはやっと根本的な疑問にぶつかる。


「あー、そういえば今更なんですけど自分は今どういう状況にいるんですかね?」


『どういうとは?』


「そもそもなんですけど、ここ何処なんですか?あと、さっきの話からまだ死んではいないみたいですけど健康状態とか諸々ですかね」


 本当に今更である。

 そこは、普通一番最初に確認しなければならない筈で多少の雑談してからする確認ではない。


『なるほど、状況としては…そうですね、パチンコ店で火災に巻き込まれて逃げ遅れた。ここまでは覚えていますか?』


「ええ、覚えてます。実際に火事に巻き込まれるとかなり熱いし、それよりも煙が凄くて呼吸が出来ないことが大変なんだなと思いました」


『そうですね、家屋火災の死因は大多数が煙と言われてますから、先ずは頭を低くして口にハンカチなどを当てるといいと言われていますね』


「そう、だからあの時も咄嗟に、って、あっ!」


 そこまで何かを口にしかけて、佐野さんは急にハッとした表情を浮かべた。


『気が付きましたか?』


「そうだ、あの時焦っててポケットの中身タバコ以外全部ぶちまけたんだ。だから、携帯とか無くしたんだ」


『そうです。そして、こちらが貴方の落とし物と鞄です』


 そう話すや否や、パチンコの女神の手には佐野さんの私物が握られていた。

 何だか料理番組みたいな展開だな、と関係ないことを思い浮かべながら佐野さんはそれらを受け取り、一通り確認するとホッと一つ息付いたのだった。


『そのイヤホン良いですよね』


「わかりますか。結構奮発したんですよ」


『自分好みの音質にカスタマイズ出来る優れ物ですよね。私も買おうかと検討していました。まあ、イヤホンの話はまたの機会にということで。話を戻しますが、…どこに戻せばいいんでしたかね?ああ、そうそう、貴方の現在の状況でしたね』


 佐野さんは神様がイヤホンに精通している事に多少の違和感を感じながらも、社会人のスルースキルでもって対応する。


「そうですね」


『そのイヤホンや鞄、そして貴方のスーツが燃えていないことから分かるように火災に巻き込まれはしましたが、まだ火の粉には包まれていないといった感じですかね』


「はあ…」


 パチンコの女神の言い回しは、佐野さんにはイマイチピンとくるものではなかった。

 それを察したのかどうかはわからないがパチンコの女神は更に説明を続ける。


『まあ、分かりやすく言いますと火事に巻き込まれて意識を失ってしまった貴方を文字通り火の粉が降りかかる前にここに転移させたということですね』


「ああ、それは分かりやすいですね。ということは、やっぱり貴女に命を助けられたということですか。それは本当にありがとうございました」


 そこまで説明を聞いてやっと今の状況を把握することの出来た佐野さんは、改めてパチンコの女神にお礼を言うのであった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る