第3話
「…えっ?あ、ああ、これはどうも助かります」
相手側から声を掛けられたことで幾分か落ち着きを取り戻した佐野さんは、差し出された携帯灰皿を一礼して受け取ると動揺を誤魔化すように短くなったタバコをゆっくりと曇らせる。
その際、さも煙を貴方の方に向けない為の配慮ですよといった感じを装い女神様っぽい人物から顔を背けるのだった。
タバコの煙が身体の内側から少しずつ温めてくれる感覚を感じていると、佐野さんは不思議と気持ちが落ち着きを取り戻してきたような気がしてきた。
そして、ようやくタバコの火を消す。
「いやー、どうしようか困ってたんですよ」
『そうですか。良かったらそちらはお持ちになって下さい』
「いいんですか?それじゃあ、遠慮なく」
言葉は固いが緊張は逸れてきたのか、自然な動作で携帯灰皿をポケットにしまう佐野さん。
貰えるものは遠慮しないタイプのようだ。
『今は街中に灰皿の数が減ってきていますものね。タバコ吸われる方は大変なんじゃないですか?』
「そうなんですよねー。時流って言われると仕方ないのかなーって気はしますけど。電子タバコならって所も徐々に出来てきましたけどやっぱり紙じゃないと吸ってる気がしないですよね。まあ、俺は一箱千円超えても吸い続けますけどね」
パチンカスでありベビースモーカーでもある佐野さんがそうしみじみ感じ入ってると、大分落ち着きを取り戻して余裕が出てきたのか益体もないことを訊ねてみることにした。
「あっ、この辺に自販機とかってあります?」
『うーん、流石にこの辺には無いですかね。ですがご要望があれば伺いますが?』
「いえ、落ち着きついでに折角だからコーヒーでも飲みたい気分だったもので、ほらこれから大事な話とか難しそうな話とかも待ち受けてそうな感じですしね」
どう考えても最優先すべきであろう突然目の前に現れて、今の現状に深く関わっていそうな女神様っぽい人物よりもまず缶コーヒーの質問を優先する、それが佐野さんであった。
でも、確かにタバコとコーヒーは一緒に欲しくなるものではある。
最初の緊張ぶりとはかけ離れたそのお座なりな対応に今度は逆に女神様っぽい人物の方が困惑する。
『フフフ、そのような対応されたのは初めてですね。確かに長話には飲み物が付き物ですよね。確か無糖でよろしかったですよね』
女神様っぽい人物はそこまで言うといつの間にか握っていた缶コーヒーを佐野さんに向けて差し出す。
佐野さんはまさか本当に用意してくれるとは思っておらず、自分の軽口にバツの悪い思いをしながら缶コーヒーを受け取るのであった。
「何か強請るような事をしちゃって悪かったですね。あとなんかすっかり落ち着いちゃってるのもすみません。やっぱりもう少し畏まりますか?」
『いいですよ、気になさらないで下さい。貴方はいつもそんな感じなのですか?』
余りにも自然体な佐野さんに、女神様っぽい人物は改めて興味を持ち始める。
「まあ、自分。結局のところ今を精一杯生きることしか出来ませんから」
『それはカッコいいですね』
「どうもです」
缶コーヒーのプルタブを開けて一口口にしながらプライスレスないい笑顔を浮かべる佐野さん。
『一つよろしいでしょうか?貴方にとって大切なものとは何でしょうか?』
「大切なもの?…それはやっぱり、魂のステージを上げることですかね」
佐野さんは少し間考え込んだ後、何故か自信満々にそう言い切った。
しかしその自信満々な態度とは裏腹に出された解答があまりにも漠然としていたので再度パチンコの女神は問い直す。
『魂のステージとは?』
「自分が満足してるとか、充実してるとか。そういう境地みたいなもんですかね。まあ、つまりは…パチンコですかね」
『なるほど』
その佐野さんの答えを受けて女神様っぽい人物は感心したように一つ頷く。
今のやり取りに得心する所なんて一つもないし、全体的にふわっとしたダメな感じのやり取りであったにも関わらず…
そして思い出したように姿勢を整えて美しく一礼をし、漸く自己紹介を始めるであった。
『ああ、すっかり自己紹介が遅くなってしまいましたね。私はパチンコの女神です。実は貴方に頼みたいことがあってここに呼ばせて頂きました』
「でしょうね。これで逆に用事がないと言われた方が困ります」
そう言えばパチンコの女神って、お祈りすれば微笑んでくれてパチンコに勝てるようになるのかな?という考えがまず最初に浮かぶ佐野さんであった。
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