第4話 飼育するバカップル

 ギルドはちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。というのも、シードルとシュールリーのバカップルコンビが異界の民を狩ったからである。

「おう、お前さんだろ! 異界の民をやっちまったっての! やるじゃねえか翼の! 上手い事儲けたな!」興奮気味の名も知らぬドワーフの冒険者がシードルの腰をバンバン叩く。そしてそれすらもお構いなしにまた別方向から声がかかる。

「そこのお二人さんがあの異界の野郎を叩きのめしたって? いやありがてぇ、あいつら俺の兄弟の仇なんでさぁ。今度"ネズミの小皿"で一杯奢らせてくれよ」これまた名前も知らないゴブリンの冒険者が妙に親しげにウインクをする。

「前にも殺した事があるって話してたよな! その時と比べて今回はどうだった!?」

「どうだ、異界の民は手強かったか? 俺は姉さんと右手の小指を持ってかれた」

「異界の民ってなんで劣化エルフみたいな見た目が多いんだろな」

「まぐれだろうけど良くやったぜ!」

「ケツ触ったら俺も異界の民と遭遇して討伐できるかな」

「シャチョー安いよ―安いよ―買うんだよーいいものいぱいよー安くていぱいよー」

「見てくれ俺の筋肉! ふんぬっ! むっ! はぁーっ!」

「あと80ゴド……」

 ……とまぁ、ずっとこんな調子である。最初の方こそ臨時収入的に得られた多額の報酬のおかげで気前良く接していた二人だったが、さすがに三日もすれば骨が折れてきた。ギルドに寄らなければ騒動になる事もないのだが、ネズミの小皿亭自体がギルドのすぐ近くに居を構えている為、外を出れば自然とお声がかかってしまうのである。


 そんな二人の目下の悩みは、懐かれてしまったケツァルコアトルの幼体である。生物を育てられるかどうかは、生活環境と金銭状況、そして心のキャパシティに大きく左右される。今回馬鹿二人は異界の民討伐という臨時収入のおかげで経済的には豊かになった。が、生活環境は冒険者の宿に部屋を借りる一種の根無し草であり、生き物を飼育するにふさわしい環境とは言いづらい。また心のキャパシティについてはまだ受け入れ準備が整っていない、とでも言うべき状態だ。当然だ、元々このような遭遇は意図していなかったのだから。そして何より大切なのは、拾ったら責任をもって最期まで飼育する事である。そういう点で見ると、シードルたちは「勝手に懐かれてしまい逃げられなくなった」ので不幸であると言える。

「ケツァルコアトルって飯何食うんだ……肉……? 何の……? むしろ何が駄目……?」

「下手に保護対象生物なんかに目を付けられるもんじゃないわね……逃がす事もできないし売り飛ばす事もできない、殺処分なんてとんでもない。アタシらで面倒見るしかないっていうのがもう詰んでるわよねぇ……」

「あと生き物は飯を食ったら必ず糞が出るだろ? 処理すんのはまあ腹を括るとして、問題はいつどこでやらかすかだよな。朝起きて顔の上にブツがあった日にゃ冷静でいられる自信がねぇぞ」

「シー君すぐうんちの話する……」

「汚い事は大事な事だぞ!」

 そんなやり取りを知ってか知らずか、まだ名前も付けられていないケツァルコアトルは巻きぐs……とぐろを巻いてすやすやと窓辺で眠っている。お気楽なものである。

 幸いな事は、ネズミの小皿亭の女将であるリコッタがケツァルコアトルの飼育に理解を示してくれた事である。リコッタは二人から事情を説明された後、トラブルが起こった際にシードルたちがすべて責任を負う事を条件にケツァルコアトルの飼育を了承した。シードルたちが長期にわたって宿泊利用しているが為のサービスとの事だ。

「小さい今のうちくらいはまあ何とかなるから大丈夫そうだけれど、ケツァルコアトルってもっと大きくなるんでしょう? さすがにそこまで育っちゃったらアタシも考えるけれど、今のままで追い出す程アタシも鬼じゃないさね」

「「女将さんホントありがとう! おかげで宿なしにならずに済む!」」二人の馬鹿は揃ってリコッタを拝み倒した。


 さて、シードルたちがケツァルコアトルを飼育し始めて三日が経過したのだが、わかったことがいくつかある。

 一つ目として食事だ。基本的に肉食で、動物系蛋白質であれば獣・魚・虫を問わず何でも食べる。シードルたちは最初それがわからず、とりあえず最初に食べさせてみた羊肉ばかりに固執してしまい二日続けて羊肉料理を食べ続けていた。三日目の夜に羊肉を注文しようとしたところでケツァルコアトルが勝手に別のテーブルの魚料理を拝借していたことでようやく羊肉の呪縛が解けたのだが、二人はケツァルコアトルが勝手に食べた分を弁償する羽目になった。また、この事から分かるように加熱された蛋白質も消化する事ができるようで、わざわざ小動物の生餌を用意する必要がなさそうなのは非常にありがたい点であった。

 二つ目、まだ感情が未成熟ではあるものの、この蛇はなかなかにおしゃべりである。目を覚ませば目に映るもの何にでも興味を示し、驚きや期待感を全部混ぜたような初歩的な感情を周囲に垂れ流している。また、シードルたちの言語をきちんと理解している様子はないが、それでも音と意味を理解しようと努めているらしい。二人が会話している様子をしっかりと見ており、しっちゃかめっちゃかにふわっとした感情を二人に投げかける。とにかく何かあればすぐにシードルとシュールリーの頭に感情をぶつけてくるので、情報量は大した事がなくても自然と気になってしまう程度には煩わしさを感じる。

 三つ目、二人の事を親だと認識しているが、特にシードルの事を気に入っているらしい。シードルの翼が自身と同じ羽毛である為か、安心感を覚えるようだ。その事を裏付けるように、ケツァルコアトルはシードルの翼の上に頭を持たせかけて体を羽根の中に埋める行動(シードルはこの行動に「寄生虫ごっこ」という身も蓋もない名称を付けている)を好んで行う。幼体であるとはいえ跳躍の手助け程度には翼を上手く使える為、ふとした拍子に突然シードルに飛びつき翼にまとわりつくのでなかなかに困る。そしてついでにシードルの翼から羽根を数本拝借しては、シードルたちの部屋に備え付けられたテーブルの上に円形状になるように積み重ねる。どうやら簡易ながらも巣を作っているらしい。

 そして四つ目、シードルがとても重要視している事だが、排泄について。シードルが二日間かけて観察した結果、この幼体は先に触れた「巣」にいる時に、その外へ向けて排泄を行う。どうやらケツァルコアトルには便を縄張りの主張に使う習性があるらしく、なるべく決まった場所で排泄をするようだ。それを突き止めさえすれば便の処理など容易いもので、シードルはその巣の下に雑巾を用意した。こうすれば排泄の度に取り換えて便を洗い流せば良い為、始末が非常にやりやすい。恐らくではあるが、外で野営をする場合も同じような巣を作ってやれば排泄場所を管理しやすくなる為、不慮の事故を防ぐ事もできるだろう。それにしてもこの男、便の事になるとやたらと熱心である。うんこ野郎である。

「となると、こいつを連れたまま冒険する事は出来そうではあるな。野盗や魔物に襲われた時は激しく動く俺の所よりも、運動量の少ないシュルで預かるようにすれば何とかなりそうだな」そう言いながらシードルは早速雑巾を取り換える。

「シー君と一緒だと不慮の事故があり得るもんね。アタシと一緒ならないっていう保証もないけれど、シー君よかずっとマシだし。ところで……」シュールリーが巣の中のケツァルコアトルの目の前に指を差し出す。ケツァルコアトルは途端に驚きと楽しさの混じった感情をテレパシーで爆発させ、指を鼻先で突いて遊び始めた。

「この子の名前どうするの?」

「……やっぱつけないと駄目?」

「そりゃあ、いつまでも"この子"や"こいつ"じゃ不便でしょ」

「うんまあそりゃあそうなんだが、何ていうか……名前を付けちゃったら愛着が湧いちゃって、もう戻れない気がするんだよ……」

「戻れないも何も、この子に目をつけられた時点でこうなっちゃう事は既定路線だったのよ。今更ジタバタしたってしょうがないんだから腹括りなさいな」

「はぁー、シュルは随分とあっさり割り切ったんだな……あーもう、観念するかぁ……名前、名前ねぇ……」シードルが難しい顔をしてこめかみに人差し指をぐりぐり押し付ける。

「……ケツァルコアトルだから……えーっと……ケツとか?」

「お尻じゃないのよ」食い込み気味に却下された。

「とぐろを巻くから……」

「巻き糞もだめよ」言う前に却下された。長年連れ添ってきた経験から何を言うのか大体わかるからこそできる芸当である。

「とりあえず下ネタから離れよう。俺も悪ふざけが過ぎた」シードルとしては悪ふざけをして少しでも気を紛らわせて心の準備を整えたかったのだが、無駄な抵抗だったようだ。生き物と逃げずに向き合い、餌や排泄の世話をし、苦楽を共にし、その命が尽きる最期の時を看取る覚悟がようやく整い始める。ケツァルコアトルの成長速度がどれほどのものかはまだわからないが、少なくともこの親同様5m近くまで成長するのは間違いない。部屋に入りきらなくなったら馬やペガサスの様な騎獣同様に小屋を借りる必要があるが、その時はまたその時だ。

「じゃあさー、俺適当に"ケツァルコアトル"から文字抜き出したやつ挙げてくからシュルが気に入ったやつ選んでくんない?」

「おっけ、どうぞ」言うが早いか、シュールリーはさっと筆記具を用意し雑記帳を開く。

「"ケツコ"、"ケコアト"、"ケル"、"ケア"、"ケトル"、"ツァル"、"ツコト"、"ルコア"、"ルル"、"ルトル"、"コア"、"コトル"、"コル"、"アトル"、"アル"、"トル"」

「何かひとつお湯が沸きそうなもの入ってなかった?」言い終わるか終わらないかぐらいの絶妙なタイミングでこの返しである。

「それはさておき……ルトルは良さそうな気がする。音の響きがかわいらしいし」

「ほいじゃ決定! 命名、ルトル! ケツにちなんだ名前じゃなくてよかったな」

 かくして、ケツァルコアトルの幼体にはルトルという名が授けられた。ルトルは何か大事なものの気配だけは感じ取れたようで、二人に向かって興奮気味のテレパシーを翼をバサバサさせながら送った。


 ルトルという旅仲間がなし崩し的に加わったシードルとシュールリーであったが、二人の観察熱心な気質もあってか順応は中々に早かった。

 異界の民討伐で得た多額の報酬を元に買い物へ出かけた時も、ルトルをシードルの翼に「寄生虫ごっこ」をさせる事で概ね大人しくさせる事が出来た。たまに興奮して首元まで這い出てきては興味爆発のテレパシーを発するが、それも顎の下をカリカリと掻いてやるとそちらの方に興味が移り大人しくさせられた。

 扱いさえわかれば買い物の際一緒に連れて行くのも容易であり、おかげでシードルも新しい籠手を買うのに何の手間もなかったし、シュールリーも薬品類を買う際にルトルが暴れて薬品を弁償する騒ぎになる事もなかった。

 が、現状ではどうにも制御が難しい事象があった。食事である。

 お昼時、そろそろ何か腹にでも入れようと立ち寄った飲食店でルトルは盛大にやらかしてしまう。舌先を頻繁に出し入れし周囲の匂いを感じ取ったルトルは、あちこちから感じ取れる美味しそうな気配に興奮を止められる事ができなくなってしまった。周囲を探るようにそわそわし始めたルトルは、次第にシードルの翼から這い出てあちこちのテーブルに飛び立とうとするそぶりを見せ始めた。初めの方こそ軽く突くだけで大人しくなったルトルであったが、二度三度と繰り返すうちにシードルの制御を無視して動き回るようになってしまった。

「ルトル、こーら、駄目だって。あっ、ルトルッ! だああああ!? ルトルストップ、ストォーップ!」

 シードルの努力も虚しく、ルトルは他の客のテーブルに飛び立ち、皿の上のポークジンジャーを興味深げに眺めてはそのテーブルの客に興奮したテレパシーを送り続けた。その客が呆気に取られている隙にルトルは合意を得たものと合点し、ポークジンジャーの切れ端を一つあむあむと美味そうに飲み込み始めた。

「ぬおおおおん! ルトルッ、駄目ッ! それは他所様のご飯! お前の飯じゃないの! あぁもう、ウチの馬鹿蛇が本当にすみません、すみません!」シードルが尻尾を持ちぷらーんと宙吊りにしても、ルトルは我関せずといった体であむあむを続けた。結局この客の食事はシードルたちが全額負担する事になった。

「あぁもう……仕方がない事とは言えこりゃあどう躾けたもんかねぇ……」

「ルトルにだけ先に何か食べさせちゃうとか? 空腹じゃなければ大人しくもなるでしょうし、少なくとも興味の優先度が下がると思うわ」

「そうするかぁ……となると、ルトル用に餌を常備しておく必要がありそうだな。乾燥させた肉でも食えるかな……」

 二人のケツァルコアトルの生態研究はまだまだ続きそうである。


 冒険者たちを中心に"馬鹿が蛇持ってはしゃいでる"という噂は、妙な尾ひれをつけながら瞬く間に広まった。曰く、「異界の民の討伐報酬の一つ」だの、「ケツァルコアトルの親から授けられた」だの、「バカップルから生まれた子供」だの、もはや言いたい放題のレベルにまで派生していた。その為、早とちりな冒険者ギルドの常連から「ついに生まれたって!? 冒険者家業は寿引退って事かい!?」などと問われる事が数回あった。

 そんなギルド内では、ルトルはちょっとした人気者になりつつあった。ふわふわとした羽毛につぶらな瞳という容貌はあまり爬虫類の不気味さを感じさせず、むしろ中々に愛らしい。また、鳴き声は出さないもののその動きは中々コミカルで、かつ大雑把ながらも感情をテレパシーとして飛ばす事ができる為に意思疎通がしやすく、誰とでも気軽に打ち解けるコミュニケーション上手でもあった。

「あら、シードルさんにシュールリーさん、いらっしゃい」といつも通り受け答えする受付嬢のエメラァですら、二言目には「ルトルちゃんもいらっしゃい」と言い指でルトルの下顎をカリカリする有様だ。

「ちっす、エメラァさん。ルトルがいつも騒がしくしてすみませんねぇ。今のところ俺たち中堅向けの仕事は入ってなさそうですかね?」先日とあまり変わり映えのしない依頼募集の掲示板をシードルが横目で見る。エメラァは依頼掲示板の情報を更新すべくその前まで来ていたのだが、残念ながらシードルよりももう少し初心者向けな内容の依頼しか新規のものは届いていないようだ。

「そうですねぇ、この内容だとシードルさんたちのお手を借りる事にはならなさそうです。後輩たちの育成の為にも、ちょっとキープしていただく方向でお願いしますね」

 このように、冒険者たちの技量次第で仕事の分配を適切に行うのも冒険者ギルドの重要な仕事である。技量ある実力者たちはいつまでも初心者向けの依頼を受け続ける事はできないし、余程の事情がなければそんな仕事が分配される事はない。そして初心者冒険者たちは、安心してギルドから初心者向けの依頼を受けさせてもらえるという訳である。初心者向けの依頼はいつも一定数が安定して供給されている為、かなり安定して経験を積むことができる。冒険者ギルド側も、それだけ冒険者という人材を立派に育てる事に熱心だという事だ。

「ほいほい。んじゃー適当にお小遣い稼ぎに良さそうな所に探索行ってきますかねぇ……。こないだは"フラッピングの森"に行ったし、今度は"ポーキング山"方面に行ってみるかねぇ」

 全ての冒険者が依頼に従事しているわけではない。むしろ、依頼の報酬金だけで稼いでいる冒険者は、初心者ならまだしも中堅どころではまずいないだろう。そんな依頼のない冒険者たちは何もしないかというとそんなことはなく、食材や加工素材になりそうな魔物を討伐したり、薬品類の原料になる植物を採取したり、まだ見つかっていない鉱脈や遺跡などを見つけその情報を冒険者ギルドに買い取ってもらったりと、自分から仕事を生み出している。特に、新人育成に力を入れている関係上、情報関連の商材はギルドでは重要視されており、未確認の情報に対する詳細なレポートなどはそれなりの価格で取引される。以前どこぞの馬鹿どもが罠解除に失敗してんひいんひい叫びながら飛び回って地図を書き上げていたアルスヶ丘の古城の情報などがそれにあたる。

「わかりました。あとそれとはまた別件ではあるのですが」掲示物を貼り終えたエメラァがルトルに指を差し出す。ルトルはその指に興味を示し、舌先をちろちろと出してくすぐった。

「実はこのルトルちゃん関係で一つお願いがあるんです」

「あっ、もしかしてこいつ出禁ですか? まあ色々やかましくなるしギルドとしても迷惑っすよね……」

「い、いえいえ! そういうわけではなく! ルトルちゃんを締め出すつもり何てありませんよ! それとは全然違うお願い……というよりも、むしろ依頼ですね」

「依頼? それまたどんな」

「詳細をお話しします。よろしければあちらのテーブルまでどうぞ」

 促されるままにシードルとシュールリーは応接スペースのテーブルへと座る。二人が着座するのに合わせて、エメラァが人数分の水の入ったグラスを置く。ご丁寧にルトル用に小さなコップも用意されているあたり、配慮がきめ細かい。

「ありがと、エメラァさん。それで依頼というのは何かしら」早速水をごくごく飲みながらシュールリーが話を促す。まったく遠慮がない。

「はい、このルトルちゃんって保護対象生物のケツァルコアトルですよね? 希少な生物という事もあって、その生態についてまだよくわかっていない部分も多いのです。特に、その幼少期は」

「ほぉーん?」シードルにも話が読めてきた。

「なので、ルトルちゃんを観察していただいて、ケツァルコアトルの幼体についての生態レポートを定期的にご報告していただきたいのです。提出は2週間に1回ペースで、レポート内容については羊皮紙1枚分につき500ゴドお渡しさせていただきます。その後内容を精査させていただきまして、有益な情報だと判断されれば追加で報酬金をお渡しさせていただきます。内容にもよりますが、500ゴドから1500ゴド程だと思っていただければ」

 参考価格だが、以前このバカップルが探索依頼を出された古城は地図と生息魔物の情報とセットで500ゴドである。レポートを1週間に1枚ペースで書いたとしても2枚1000ゴドは見込める。軽食程度で約50ゴド、しっかりとしたディナーで150から200ゴド程なので、追加報酬まで含めればなかなか旨味の強い依頼と言えるだろう。

「あら、結構出るのね。ちなみに有益な情報っていうのは、具体的にはどんな感じの内容かしら?」

「そうですね、これまでのケツァルコアトルの情報の中で不確かである部分を明確にするような内容であった場合でしたり、既存の情報には存在しない新たな内容の生態情報でしたり、そういったものですね。勿論ですけれど、報酬欲しさに出鱈目な内容をレポートに書かないで下さいね!」

「大丈夫、そんなことができる程俺もシュルも賢くない」

「シー君さらっと馬鹿にした?」エメラァはむせた。

「と、ともかく……暫くの間レポート提出をお願いしたいのです。少しお手間かも知れませんが、頼まれていただけますか?」

「なーに、構やしないよ。少なくとも排泄関連の生態はしっかり観察済みだ」

「シー君うんち好きだもんね」

「嫌いだが?」エメラァはまたむせた。


「レポート、レポートねぇ。要はこれまで観察してたみたいにこいつの事を書けばいいんだよな。でもいざ書き起こすとなるとなかなか難しいもんだな」シードルたちは雑貨屋に来ていた。ここで羊皮紙を購入し、さっそくレポートに着手しようという訳である。

「とりあえずもうわかってる事から書いちゃわない? シー君の羽根抜き取って巣にしてるとか、巣で丸まって眠るとか、うんちは巣の外に出すようにして行うとか」

「そうだなぁ、あと生餌以外にも肉を食べられるって事とかかな。ほら、革製品用に蛇養殖してるとこから聞いた話じゃ、生餌しか食わないってよく聞くじゃん」

「確かに。あ、すみませんこの羊皮紙セット下さいな」シュールリーは5枚で1セットの羊皮紙を2つカウンターに乗せた。

「あいよ。ペンやインクは大丈夫かい」ここで筆記具を勧める雑貨屋の店主は中々商売上手だ。そしてそのペンやインクに興味を走らせているルトルを大人しくさせるのにシードルは難儀していた。

「そっちは揃ってるから問題ないわ。おいくら?」

「なら5ゴドだね。ところでお二人さん、話を聞いてるようじゃ何かレポートを書くつもりかい?」

「ええ。ちょっとした依頼でね。定期的に買う事になりそうだわ」

「定期的? それならまとめて買っていくか、定期購入の約束をしてくれたらちっとだけ安くしちゃうよ。10セットまとめ買いで40ゴド、半年以上に渡って毎月1セット以上買う約束をしてくれるなら……そうだね、1セット3ゴドまで安くできるけどどうだい」店主はシュールリーの前で指を折って見せ、値段を伝える。話術だけでなく視覚でも説得する商売テクニックだ。とはいえそれにすぐに乗るようなシュールリーではない。

「中々したたかね、店長さん。魅力的な提案なんだけれど、レポートにどのくらい羊皮紙使うかわからないのよね。だからとりあえず今回は1セットだけにして様子見しとくわ。もっと必要そうってわかったら検討するつもりよ」そう言ってシュールリーは5ゴド分の貨幣を出した。

「そうかい、じゃあまたその時は勉強させてもらうよ。まいどあり」料金を受け取った店主は朗らかに手を振って二人を見送った。

「実際どのくらい消費するものなのかねぇ。詳細に書くにしたって1日分で羊皮紙埋まるか?」

「わっかんない。ただ書く事が多い書き始めの方は大事だから、一杯内容書いた方がいいと思う。後々楽になりそうだし」

「そうだなぁ。とりあえず今日は今までで分かってる内容をざっと書いてみるか」

 ネズミの小皿亭に戻った二人は早速自室へと向かい、二人してテーブルに座した。途端、ルトルがさも当然の権利を有しているかの如くテーブルのど真ん中に居座りとぐろを巻いた。二人には迷惑極まりないのだが、当のルトルは二人に向かって安心や落ち着きといった感情を送ってくる。流石にこの状態のルトルを追いやるのは気が引ける。

「「お気に入りかーそっかー……」」シンクロ率100%の溜め息が出た。

 やむを得ずテーブルの端でレポートを書く運びとなったが、内容そのものを書くには支障がなかった。好奇心が旺盛である事、食事に生餌が必要ない事、親(シードル)の羽根を使った小さな巣を作る事、排泄物を巣の外に出す事、羽根に掴まって寄生虫ごっこをする事など。現状わかっている内容を書き連ねただけで、既に羊皮紙は1枚半以上埋まってしまった。

「……い、1日目だけでこんなに……?」

「シュル、その表現は正しくない……今日より前の事を書いているんだから、0日目だ……」

「第1回の提出っていつだっけ……2週間後……2週間?」

「内容圧縮しても1日1枚ペースで埋まるんじゃね……?」

 シードルは手で目を覆い、シュールリーは角を擦った。そんな二人が雑貨屋の店主に羊皮紙まとめ買いの相談をするのに、そう時間はかからなかった。一方のルトルは自分に纏わる事だというのに、我関せずという面構えをしつつ舌で羽根を繕っていた。


 そんなことがあった翌日、二人はスパロウウィングの町から北に聳えるポーキング山に来ていた。元々は魔物狩りがメインであったが、レポートの依頼を受けた今では多少事情が異なる。というのも、ルトルを連れての野外活動は今回が初めてなのである。自然環境下でのルトルの行動はよく観察しておく必要があるだろう。

 適当な空き地に着地した二人は……着くが早いか早速羊皮紙を取り出ししっちゃかめっちゃかにペンを走らせた。

「飛行中! 飛行中こいつ飛ぼうとしやがった! 俺より遅いぞ! 空中ではぐれるつもりかよ、危ねえ!」

「羽ばたくスピードは結構早かったね。ホバリング飛行もできてたよね?」

「速度を出すときは体を水平に伸ばして風の抵抗を減らすみたいだな……逆にホバリングの時はその必要がないからか、体をだらんと垂れさせてる……こういうのってスケッチとかあった方がいいのか?」

「要るだろうね。それはアタシがやるわ、シー君より得意だし」

「任せた、頼む」

 スケッチが幅を取ったのもあり、早々にレポートの羊皮紙が1枚埋まった。二人の間に「(もう埋まったのか、どうしよう)」という沈黙が漂う。

「……さーぁて、さっそく周辺探索と行きますかー」

「そうねー、前時代の遺跡なんか見つからないかしらねぇー」

 二人して気まずさを払拭する為に無理矢理意識を他へ向けるが、どちらも羊皮紙とともにインクの心配もし始めた。勿論ルトルは素知らぬ顔である。

 前時代の遺跡というのは、現在の北大陸で文明が復興する前に栄えていた時代の構造物全般の事を指す。北大陸では少なくとも二度にわたって大規模な文明の滅亡が発生しており、その内の一つが異界の民が原因である事がわかっている。現在より約500年程前に現れたその異界の民たちは、まさに意思を持つ災害そのものであった。当時存在した国々の力ではその異界の民を抑えきる事はできず、大陸の有する全ての軍隊はたった数人の異界の民に蹂躙されるか、異界の民同士の殺し合いに巻き込まれて崩壊した。そう、同種の癖に対立関係があったのだ。結果、現代よりはるかに高度に発達していたはずの文明は見るも無残にぶち壊され、そのほとんどが破棄された。そんな破棄された建造物が現代にまで取り残されたものが、前時代の遺跡として発見されるのである。

 前時代の遺跡は発見しただけでも利益になる。その遺跡の位置や大体の規模などを冒険者ギルドに伝えるだけで、2000ゴド前後の情報料が得られる。さらに自分自身でその遺跡の内部を調査すれば、内部調査の際に発見した遺物は基本的に早い者勝ちである為その分が丸々儲けになる。勿論調査にはリスクが伴う為、その部分を他の冒険者に託す者も少なくない。そういう者たちは所謂遺跡発見専業の冒険者という訳だ。

 そんなわけで二人は周辺を探索しているのだが、シードルもシュールリーもルトルが何をするのか常に気になってしまっている。そんな不安がルトルにも感じ取れたのだろうか。始めの内こそ落ち着きなく周囲の環境に興味を示していたルトルは、いつの間にかシードルたちの方をじっと見て、漠然としたネガティブな感情のテレパシーを送ってきた。

「あっ」「これは……」

「「不安だ!」」

 二人して申し訳ない気持ちになる。レポートの事ばかり気にしすぎて、すっかりルトル自身の気持ちを失念していた。ルトルは二人の事を交互に見上げ、バタバタとつたない羽ばたきをしつつシードルの羽根に飛び乗り寄生虫ごっこをする。シードルの匂いと体温を感じる事が出来た為か、それで落ち着いたらしい。不安のようなテレパシーの代わりに、満足気なポジティブな感情のテレパシーが送られてくる。

「……何かちょっと自信無くしちゃったなぁ」シュールリーが角を擦る。

「あー、うん、わかるよ。なんとなく」

「うん。"蛇の子ですら不安にさせちゃうようなアタシが親として子を生めるのかな"って」

「生まれてもない子の事を心配したってしょうがねぇよ。それに、そういう心配ができるだけで十分親になる資格あるって」シードルはシュールリーの頭をポンポンと撫でる。実際、一部の頭の悪い親が子供の事を子育て遊びの疑似体験遊具か何かと勘違いしているかのような例は散見される。名前のつけ方がペット感覚だったり、子育てを遊び感覚でこなして事故を起こしたり、飽きたら捨てたり、などだ。ただ「かわいい」だけで命は務まらないのである。ネガティブな方向性から入ったシードルたちではあるが、その向き合い方はそんな軽薄な者たちよりもずっと責任感を持ったものであると言えよう。

「ルトルも落ち着いたみたいだし、ある程度ざっと見て回ったら早めに切り上げようぜ。程々にすべきだが、レポートもあるしな」

「ん、りょっかい。シー君は優しいねぇ」

「シュルには特別にな」

「ふぅーっ! 言うねぇー!」げしげしとシュールリーが肘鉄でシードルの脇腹を数回小突きバカップルがバカップルをやっていたその時である。


 それまで興味や安心という比較的ポジティブな感情を送り続けていたルトルのテレパシーが、困惑と不安といったネガティブな感情のものに切り替わった。決して突然という訳ではなかったが、ルトルの中で不確かだったものが確信に切り替わった事が強くテレパシーに反映されていた。体をシードルの羽根に深く潜り込ませ、しかしそれでいて頭だけは匂いを感じ取る為に少しだけ出し、頻繁に舌をちろちろとさせて警戒をしている。

 流石は場慣れした冒険者だけあって、二人の判断も行動も早かった。互いに背中を合わせ、死角をもう一方に預けさせる。

「このチビやるな。警戒心が俺たちより優れてるっぽいぜ」

「案外索敵要員としての役割が持てたりして。番蛇……って言えばいいのかしら?」

 二人は決して油断しているわけではなかったが、それでもルトルの感知能力の高さには感心せざるを得なかった。シードルには鳥獣、特に猛禽類のそれに匹敵する視力が備わっており、文字通りの鷹の目で逸早く異常を視認できる。一方シュールリーには一般種族の平均的可聴域を超える音域を聴き分ける聴覚を持っており、これによる音響索敵を得意としている。そんな索敵能力の高い二人よりも一歩先を行くルトルが探知したのは、「思考」……より正確にはこちらに向けられる害意と、生物が発する体臭である。

 ケツァルコアトルは常日頃から周囲に自分の思考している事や感情をテレパシーという形で放出しているが、その逆の事、つまり周囲の生物の思考している内容や感情も無意識化で受信している。また、その思考内容の正確さを補強する為に舌により空気中の成分を分析し、感情の変化に伴う発散物質の微妙な違いを読み取り、獲物を見つけた喜びや空腹による怒りなどを感じ取ることができる。……その二つの感情を感じ取った結果、外敵の襲来を察知し怯えてしまい、シードルの羽根の中に隠れたという訳である。

 程なくしてシュールリーの耳に四足歩行の生き物がこちらに近寄ってくる足音が聞こえ、シードルの目が4~500m先の茂みに身を伏せる何かの存在を捕らえた。シードルは手振りだけでシュールリーに合図をして対象の居る方角を知らせる。足音と茂みの位置が合致したシュールリーは我が意を得たりと指先で照準を合わせ、魔力を込める。

「んー、ありゃちょっと射程が足りないかも。もうちょっと近寄ってくれなきゃ無理かな」

「シュルで足りなきゃ俺はもっと駄目だな。元々ノーコンだから当たる気がしねえけど、有効射程はせいぜい3~40mくらいだし」

 などと話しているうちに、茂みに身を伏せた謎の存在はじりじりとこちらに近寄ってきていた。300m……200m……100m。と、突然相手が身を隠す事もせず猛ダッシュし始めた。一気に距離を詰めて仕留める自信があるらしい。

「お、一直線においでなすったね! でもこっちの先制攻撃だよ、そーれっ!」

 50m先で砂が舞い上がった。シュールリーの使える数少ない妖精霊の魔法、"吹き上げる砂塵"である。荒い粒子の砂の壁に頭から突っ込んだ謎の生き物は、目や鼻に多量の砂粒がまともに入ってしまい、苦悶の叫び声をあげる。その怯んだ隙を突き、シードルが振りかぶりながら飛び上がり、急所に狙いを定めて槍を一直線に振り下ろし突き立てる。槍を突き立てられた獣は一声「ぎゃうっ」と短く悲鳴を上げたが、槍は確実に致命傷を与えていた為にそれ以上動けなかった。数回ぴくぴくと痙攣した後、獣は動かなくなった。

「一丁上がり! ……こりゃあ立派なパンサー類だな」

 仕留めた獣を突き刺したままシードルが槍を持ち上げる。ぶら下がった獣は灰色に斑点のような文様が入った特徴的な体毛をしており、口からは砂まみれではあるものの凶悪そうな鋭い牙が何本か見え隠れしている。

 少し遅れてシュールリーも獲物を仕留めた現場にやってきた。槍に突き刺さった大型肉食獣を見ると、ひゅうっと軽い音の口笛を鳴らす。

「ハイイロヒョウじゃん。もうそろそろ寒くなる頃合いだから麓の方まで下りてきてんのかもねぇ。それにしてもこれにいの一番に気付けるなんて、ルトルちゃんホントにお手柄じゃん」シュールリーはシードルの翼から頭だけを出しているルトルを軽く撫でた。

 ハイイロヒョウは比較的標高の高い地域に住む大型の肉食獣で、獲物の生態や積雪に合わせるように夏場は標高の高い場所へ、逆に冬場は標高の低い場所へと移り住む性質がある。毛並みは上質で、特に換毛期を終え冬毛に生え変わった毛皮が珍重される。この仕留めた個体はまさに換毛期を終えたばかりのようで、ふかふかの長い体毛に覆われていた。

「ホントに大したもんだぜ。どうやって気付いたんだか。またレポートの内容がはかどりそうだな」

 口にしてからシードル自身が気付いてしまい、ほぼ同時にシュールリーにも電流が走った。

「「レポート……!」」


 結論から言うと、レポートの内容は非常に充実した内容になった。ハイイロヒョウを仕留めた後にネズミの小皿亭に戻って書き上げた内容は、またもや羊皮紙を1枚埋めた。そして同時に二人の体力も大きく奪った。ある意味ではハイイロヒョウ退治やそれを持って帰る時よりも疲れたかもしれない。

「羊皮紙があっという間に消える……」ネズミの小皿亭の自室にてルトルの危険察知能力と感覚受容器官の関係性についてを書き上げたシードルは、翼と腕をグリングリン回して体を解した。動かすたびに関節部分がゴキリ、ボキリ、ミシッ、パキッと疲れを伴った音を響かせる。

「おーう、なんてこったシー君、肩がまるで鉄かミスリル鋼みたいにガチガチになってやがんよー」凝り固まったシードルの両肩にシュールリーが親指を突き立てるが、あまりに固くなりすぎた為かその親指が全然食い込まず押し返される。

「こうもガチガチに固まっちまうと、蒸し風呂じゃなくて湯船の風呂でじっくり温めたいもんだなぁ。やっぱ湯で直接温めるのが血行に効くし」

「言ってる事が高齢者のそれなんよシー君」シュールリーがからからと笑い飛ばす。

「そういうシュルも負けず劣らず肩凝りが酷そうじゃね?」すっと立ち上がったシードルが今度はシュールリーの方に親指を突き立てる。やはりシードル同様、こちらの肩凝りも酷い事になっていた。親指が押し返され、全くめり込まない。

「こりゃダメだ。親指ごときじゃ無理。肘、肘だ。肘使って全体重を乗せるようにしないと」シードルがゆっくりと、しかししっかりと全体重を一点に集中させるようにして力を乗せる。ずむっ、と肘が沈み込み、ボゴリッと鳴ってはいけないような音が鳴る。

「お゛あ゛ぁ゛ー!?」おおよそ年頃の乙女が出してはいけないであろう醜い叫び声が響く。馬鹿だから出してもいいらしい。叫んだ拍子にシードルの体がずり落ち、肘から真っ直ぐに床に落ちる。床に落ちた際、肘から電流が走ったかのような鋭い感覚が駆け巡る。所謂"ファニーボーン"を直撃したようだ。

「ぬ゛お゛ぉ゛ー!?」何という事だ、この空間には馬鹿しかいない。

「ちょっとどうしたんだい!? なんかすごい音がしたみたいだけれど!?」と、リコッタが慌てた様子で二人の部屋まで駆け込んできたのだが、彼女の眼前に広がるのは男女の馬鹿が妙な体勢で硬直し悶絶している姿だけだった。

「……ホントに、何があったんだい……?」リコッタは馬鹿二匹を相手に呆れるしかなかった。

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