第3話 エンカウント・バカップル

 さて、まずは状況説明である。現在バカップルどもはシードルが森林の上空を、シュールリーが森林内の獣道をそれぞれ進んでいる。シュールリーの方はわざと下草を踏んだり拾った木の枝を振り回して目立つ動きをしている。そして時折止まっては周囲の様子を確認し、またわざとらしくガサゴソと音を立てながら進む。こんな事をしていれば、野生の生き物たちはすぐに気付くだろう。大体の生き物はこのような場合、外敵に襲われたり余計な怪我をしないように異変のある場所から遠ざかるようにして逃げる。が、中には異変の原因が何なのか様子を見に来る好奇心旺盛な生き物や、愚かな獲物が縄張り内に現れた事を感じ取って襲撃しようと近寄ってくる肉食動物もいる。

 野生生物は鋭敏かつ狡猾だ。基本的に勝ちの見込みが強い戦いしか行わない。勝ちの見込みが薄い戦いはもちろん、五分の勝負や未知数の場合も戦いを避けて逃げる事を選ぶ。何故なら彼らは勝負の先にあるもの、生か死かを見据えている。争った結果勝利しても、深手を負って辛くもという勝ち方しかできないのではその先に待ち構えているものは死しかない。これが所謂生存本能とでも言うべきものだろう。

 それらを踏まえて、シュールリーというサキュバスの外見上のスペックを確認する。身長としては170㎝前後、サキュバスとしては平均よりもやや高めの部類だが、生き物の中でもこれは大きい部類となる。というのも、彼らは四足歩行と二足歩行の違いや、体の奥行などを理解していない。単純な目の位置だけで判断している為、目が高い場所にある生き物は大きくて強いという認識をする。つまり、大体の生き物はシュールリーを感知すると逃げる。もし向かってくるとしたら、これよりも遥かに大きな生き物という事になる。

「……シュル、ストップ! 11時の方角の木々がかなり揺れてる! どうやら誘き出せたみたいだぜ」上空からシードルが声を張り上げる。彼の言う方角は、どしんどしんと何か大きなものが木々を揺り動かしながら進んでいるような様子が見て取れる。そう、普通の大型獣が襲うのを躊躇うようなシュールリーですら「確定で狩れる」と判断する、何かとてつもなくデカいものである。

「りょ。んじゃー準備するから、そっちもよろしくぅ!」シュールリーは臆する様子もなく体の魔力を全身に行き渡らせ意識を集中する。肌が徐々に青み掛かり、瞳孔が切れ長になり、瞳が金色に、白目が黒くなっていく。

 上空ではシードルが弓を構えていた。と言っても、彼の弓の腕前はそれほど良いものではない。確かに上空からの射撃は対象を狙いやすいという有利な面もあるのだが、矢が風によってブレたり地上にいる対象と距離が離れすぎていると逆に的が小さくなって狙いにくくなったりと、良い事ばかりでもない。そんなわけでシードルの弓矢は基本的に「当たればラッキー」程度の牽制もしくは威嚇攻撃という役割が強い。そしてその第一射がぴいぃーっという空を割き高く響く音を立てながら地上目掛けて放たれた。先端が二股に分かれた矢尻の矢、鏑矢である。矢は真っ直ぐに木々を薙ぎ倒す何物かの方へと飛んでいき……当たる当たらぬを確認するよりも早くシードルは構わず気を引き付ける為に矢を放ち続ける。そして鏑矢の音を合図に、シュールリーは魔術を放つ。

「ばーん!」

 ともすればやや悪ふざけの様な雰囲気すら感じられる声色とは裏腹に、シュールリーが狙った地点からは熱湯の水柱が立ち上っていた。"間欠泉"の魔術である。単純な水柱による勢いだけでなく、高熱によるダメージも狙った簡単だが優秀な魔法だ。また、周辺への二次被害も出にくい(炎を出す魔術なら森林火災を生じさせやすい)のも熟練冒険者としての評価ポイントだろう。

 突っ込んできた際の勢いを殺す事なく直進してきた「何か」はこの間欠泉の吹き出す地点に見事ドンピシャのタイミングで現れ、見事に熱湯をもろに体に浴びて吹っ飛ばされる。吹き飛ばされた「それ」は、全長1mはあろうかという程の巨大な黒いサソリであった。これこそが、今回シードルたちが受けた依頼の調査及び駆除の対象、「オオシンリンクロサソリ」である(翻訳の都合上どうしてもこのような直球なネーミングになる。何か上手い訳し方はないものだろうか)。どうやら森の中で繁殖し数が増えすぎてしまったらしく、ここ最近では何匹かのオオシンリンクロサソリが人里で目撃される事例が増えてきていたのである。その為、実態調査と駆除を兼ねた依頼が冒険者ギルドに出され、シードルたちが請け負ったという流れだ。確かにオオシンリンクロサソリは新米冒険者には手も足も出ない強敵だが、対処法を心得ている中堅ベテラン冒険者にとっては危険ではあるものの程々に手堅く稼げる丁度良い魔物だ。

 吹き飛ばされたオオシンリンクロサソリはそのままひっくり返り、無様にも宙に足をわしゃわしゃと泳がせ仰向けになった。人によっては激しい生理的嫌悪を覚えるかもしれない光景だが、シードルは構わず空中で身を翻し、自由落下の勢いを利用して槍を構える。

「そぉーら、よっ!」位置エネルギーを最大限に利用したシードルの槍の一撃が、サソリの甲殻の隙間を見事に狙い打ちこまれ、関節部の継ぎ目が甘い柔らかい部分を貫く。サソリはしばらくじたばたともがいて抵抗したが、シードルが続けざまに何度も急所目掛けて槍を抜き差ししたり、シュールリーが追加の熱湯をその顔面に浴びせかけたりするとそれも次第に鈍くなり、程なくして完全に沈黙した。完全に一方的な「狩り」であった。

「いえーい、サソリ一丁上がりー!」

 そう、「勝てる勝負しか挑まない」。シードルたちはそれが賢いやり方だという事を熟知していたからこそ、この依頼を引き受けたのである。


 仕留めたサソリはバラバラに解体し、甲殻とその下にある肉とを分離させる。残念ながらこのサソリの肉は食用に向かない上にすぐに腐りやすい為、非常に利用価値が低い。だが腐るまではこれを餌にして他の生き物を誘き出すのには使えるため、シードルたちは先程間欠泉が噴き出て穿たれた穴の中に切り分けたサソリの肉を放り込んだ。一方で甲殻については軽さと硬さを兼ね備えた良質な防具の素材として加工されるため、それなりの価格で売却できる。……が、残念ながら現在のシードルたちにこれらの甲殻を全て持ち帰る術はない。いくら軽いとはいえ、大きくて嵩張る甲殻をすべて運ぶにはシードルの体は小さすぎたし、弱すぎた。とはいえ捨てるのももったいない代物である為、運べる最低限の分だけ先んじて持ち運び、運びきれない分は後日輸送用に人を雇って回収する予定である。手間賃を多少取られるが、それでも黒字にはなる見積もりだ。シードルは今一度上空にとび現在地の情報を目測で確認し、その情報をもとにシュールリーは地図に甲殻の回収地点を書き込んだ。

 作業を終えた二人はまたサソリを誘き出す。とはいえ、今度は囮用のサソリ肉がある為、先程よりもより安全な方法でサソリを釣り出す方法を取るようだ。

「(天空におわす自由なる神フラウハミング様、ご機嫌麗しゅう。今日はサソリ狩りに来ていますの。という訳で、狩りを大成功に導くためにちょっとお力添えお願いしますわね)」妙なテンションでフラウハミングに祈祷したシュールリーは"追い風"で風を送り、サソリ肉の匂いを遠方へと飛ばす。風向きによって指向性がある為、シードルたちが風上で安全に待機できるのもポイントである。

 やがて匂いが十分に行き渡ったと思われる頃合い、上空で観察していたシードルが風下の方の動きを敏感に感じ取った。先程と同じく、木々が大きな揺れ動きがこちら目掛けてやってくる。……複数。

「あっ」やらかしに気付いたシードルは急降下し、そのままシュールリーを拾う。

「やべーぞ釣れすぎた! サソリの大群が来る! 一旦逃げろ!」


 そう、いかにサソリを狩れるとはいえそれは相手が一匹の場合だけだ。そう何匹も一気に現れてしまっては相手のしようがない。程なくしてシードルたちは大きめの樹木の枝に身を潜め、遠目に誘き寄せ地点の様子を見守ると……来るわ来るわ、うじゃうじゃと巨大なサソリが5~6匹。

「ほげぇ……流石にありゃ無理だぜ」

「あっはっはっ……フラウハミング様、ちょいーっと張り切りすぎちゃったみたいだねぇ……」信者の望むままに奇跡を起こしたというのに、とんだ言われようである。

「とりあえずしばらくは様子見だな。あの様子じゃ囮の肉は全部持ってかれるだろうし、その後はあいつらの腹具合次第だな。運が良ければ共食いしだすし、そうなりゃ労せずサソリの死体が一つ増える。残ったやつも弱ってるだろうから楽に倒せるらぁ」

「……というか、もう既にやり始めてるみたいよ。ハサミ振り上げて威嚇し合ってるわ。考えてみれば増えすぎてるっていうのならサソリたちも餌不足って事だし、こうなるのも順当なのかしらね」シュールリーの言う通りだった。一部のサソリたちは囮の餌にも目もくれず、互いに激しくハサミを振り上げながら向き合ていた。この際ポイントとなるのは互いのハサミの大きさだ。オオシンリンクロサソリは、互いのハサミの大きさによって強さを誇示する性質がある。つまり、サソリたちにとってハサミが大きければ大きいほど強いという事なのだ。あまり知力の高くない生き物にとっては、こういったわかりやすさが物事を推し量る基準の最優先となりやすい。

 威嚇合戦は決着がつかず、次のステージである実力行使にフェーズが移る。サソリたちは互いにハサミをぶつけて取っ組み合いをし始めた。オオシンリンクロサソリは尾の毒よりもハサミの力の方が危険とされている為か、あまり積極的に尾を使って攻撃しない。しかしそのハサミの握力はまさに馬鹿力、堅い樫の木の丸太ですらいとも易々と粉砕する。同属の甲殻に穴を開けるなど朝飯前だ。そのことはサソリたちも理解しているため、互いに相手のハサミに掴まれないよう絶妙な間合いを保ちながら、時に鋭い牽制を交えたり、時に攻撃を誘うような挙動を交えたりと、一進一退の攻防を繰り広げている。五分五分の勝負はしない生き物たちがこのような戦いを繰り広げる理由は主に二つある。一つは引くに引けない理由がある場合、そしてもう一つは自分の方が強いという自信が過剰にある―勝ち癖がついている場合、だ。どうやら今回は双方後者の理由らしい。

 と、その時情勢が動いた。片方のサソリのハサミがもう片方のサソリのハサミを捕らえ、ガッチリ掴んだのである。同時にミシミシと硬いものに無理矢理力を加える音が周囲に響く。そしてそこに追い打ちをかけようと尻尾の針を刺し込もうとする……が、今度はこの尾を現在ハサミをやられている方がもう片方のハサミで見事に掴み捕らえた。尻尾の甲殻はハサミほど丈夫ではない為か、掴まれて程なくしてぱきっという音と共に穴を開けられてしまった。しかし甲殻に開けた穴が逆にそのハサミを食い込んで捕らえたのか、それとも元から放す気がないのか、ともかくこれで両方の腕の自由が利かなくなってしまった。こうなってしまうと、腕が一本自由に使える方のサソリが有利であった。先に仕掛けた方のサソリは、そのまま相手のサソリの腕関節に掴み掛り、バキッミシッという音と共にそれを粉砕切断してしまった。ちぎれた腕はそれでも尻尾を放さなかったが、もはやこれで勝負は決まった。腕を引きちぎられたサソリは尾を振り回して激しく暴れ始めたが、その尾もハサミで掴まれバツンと落とされてしまう。必死に抵抗するボロボロのサソリだがそれも徐々に弱々しいものとなり、やがてトドメとばかりに掴まれていたハサミもボクッという音と共に砕かれた。解放されたサソリは這う這うの体で敗走したが、あの様子では長くは持たないだろう。争いに勝ったサソリはというと、相手からもぎ取ったハサミをバキバキと解体して、その中の肉から体液を吸い取るようにしてを貪っている。

「中々見応えあったわねぇ。負けた方、そう遠くまでは逃げられなさそうだし、ここ一段落したら追っかけてトドメ刺しに行きましょ」

「おっけおっけ。とりあえず今はここにいるやつらを様子見だな」

 シードルとシュールリーが短いやり取りをしているうちに、用意した囮の餌に群がるサソリは3匹になっていた。この3匹はたまに同じサソリ肉を掴む際に多少小突く事すらあれど、基本的には争うことなく平和に食事に勤しんでいる様子だった。そして、先程別のサソリを打ち負かしたサソリはというと……何と、今度はまた別のサソリと対峙していた。しかし先程とは少し様子が違う。ハサミを振り上げて威嚇するのではなく、お互いのハサミを掴み合い、そのまま前後左右に体を揺らしあたかも踊っているかのような行動を取っている。何とこのサソリたち、求愛行動をとっている。

「……俺たちは何てものを見せつけられているんだ」全くだ。

 しばらくサソリのカップルは求愛行動を続けていたが、一方のサソリが小刻みに動いたかと思うと、もう一方のサソリを引っ張るような動きを見せた。引っ張られたサソリはそのまま相手のサソリの下に潜り込むような体制となり、程なくして再び向かい合う。サソリたちはしばらく向かい合っていたが、やがて他のものに興味が移ったのか、互いに森の奥へと引っ込んでいった。

「……俺たちは本当になんてものを見せつけられたんだ」シードルはあんまりにもあんまりだと言わんばかりに右手で目を覆っている。

「ちょっとあれ見て、地面に突き刺さってるやつ。サソリの精包じゃない? ……売れると思う? 珍品ではあると思うけど」シュールリーが指差す先には、成程確かに少しぬめりを帯びた6~70㎝程の棒状の物体が地面に突き刺さっている。先程目撃した行為からすると無学な者なら「これはきっとサソリの卵なのでは?」と勘違いしそうであるが、サソリは卵胎生もしくは胎生であり幼体を産む生き物である為、基本的に卵を体外に出す事はない。とはいえ、そんなコアな知識は流石に一般の冒険者には知れ渡っていない。シュールリーがシードルの子供を宿したいが為に様々な生き物の生殖について調べたからこその知識である。

「やー……流石に精包は無理じゃねえかな……肉と同じで腐りやすそうだし……」

「だよねー……」


 多少げんなりする出来事はあったが、その後も順調にサソリ狩りは続けられ、新たに4匹分のサソリの甲殻を確保する事に成功した。流石に運搬の為に人を雇うにしてもこの量以上となると運びきれないと判断した為、二人はここで狩りを切り上げ撤退する事にした。

「結構な儲けだな。1匹5~6000ゴドとして、少なく見積もっても2万5000ゴドくらいだろ? 運搬の人件費を5000ゴドくらいで見たとしても2万ゴドは堅いぜ」

「ホントそういう頭の回転は早いよねぇシー君って。でもそれくらいあればシー君の装備も新調できそうだし、アタシも備品の買い足しができるかなー」なんとも景気のいい話である。

 とはいえ、冒険者は儲けられる時に大きく儲けておかなければなかなか生活が上手くいかなくなる場合が多い。特に駆け出しの冒険者は社会的信用度も実力も相応に低いため、受諾できる仕事も利益の少ないものばかりだ。ある程度依頼をこなして中堅・ベテランの冒険者になり利益の多い依頼が受けられるようになったとしても、往々にしてそう言った依頼には危険が伴う。「常に危険が隣り合わせ」がこの業界の常識である。勿論、ハイリスクである分手堅い仕事に就く一般人よりもリターンは大きなものであるのは確かであるが。

 その一方で、冒険者の出費は個人差はあれどなかなか激しいものがある。その中でも多くの冒険者が出費を占める割合の第一位として掲げるのは武器や防具といった装備品類の購入費だ。当然性能が良いものはそれだけ値が張るし、使い続けていれば徐々に耐久性が失われ、丁寧に手入れをしていてもいずれ使い潰してしまう。射撃武器であれば矢弾を使うし、近接武器も場合によっては投擲するべき場面も出てくるだろう。とかく、装備品には金がかかる。一点物でとてつもない性能の装備を永遠に使い続けられる、という都合のいい話はどこにもないのだ。

 そんな浮かれ調子で空を飛ぶ二人であったが、その空気は突如として破られる。

「「ほぎゃっ!?」」


 二人が同時に悲鳴を上げたのは、突如として二人の脳内に言語化されてない謎の意識の塊がぶつけられたからである。いわば一種のテレパシーなのだが、そのあまりにも膨大な量の感情の情報量に、二人の脳が情報洪水によるパニックを起こす。堪らずシードルは飛行体制を崩してよろめいてしまう。当然、それに掴まって滑空しているだけのシュールリーも引っ張られるがままによろめく。

「何だこれっ!? その感じだとシュルも感じたのか?」

「あー、やっぱシー君も? わっ、頭ガンガンするっ、ふわっとした意志的なメッセージだけが暴れてる感じ!」そう言いながら二人は細心の注意を払いながら一本の太い木の枝の上に着地する。こういう時は地面に降りるよりも、高所から周囲を探れる場所に降り立つ方が何かと便利であることが多いのだ。

「そう、何となく言葉にされてないけど意味や方向性だけは何となくわかる感じのものだけがぶつけられた感じ。ああもう、言語化するのすらふわっとした表現にしかならねぇ!」お互い頭に手をやって強く押さえつけながら、馬鹿なりに何とか"ふわっとした意識の塊"を形にしようとする。二人とも散々アイコンタクトで会話している癖にテレパシーは初体験らしく、それを言葉にすることができないようだ。

「しかもさぁこれ……メッセージの意味合いとしてはさぁ……」向き合うシードルと、それを見てうんと頷きを返すシュールリ―。そして二人同時に。

「「"救援"」」互いに指を指し、"ふわっと"の答え合わせをする。

「やっぱだよね。これ絶対ピンチになって、言語に頼らない方法で助けを求めてるやつよね」シュールリーが角を擦る。

「けどこんなことができるのって相当ヤバくね? 言語を知らず、それでいてそれに頼らない交流手段を心得ている……どう考えても普通じゃない」

「まず間違いなくヒト類じゃないとして……待って、これってアタシらだけに伝わってる感じ?」シュールリーが何かに感づいたかのように周囲に注意を向け、シードルもすぐにそれに倣う。高所であるという優位性はこの時の索敵力にも優位に働く。

「……何かシンとしてるな。生き物がみんな逃げたか隠れて縮こまってるみたいな」

 その答え合わせとでも言うべきだろうか。シードルたちの上空で南西方向へと飛び去るカラスの姿が見え、また同じ方向へと飛び去る小さな鳥の群れも確認できた。また視線を地上に卸すと、もそもそと小動物たちが同じ方角へ隠れながら逃げている様子が散見された。彼らも非言語の救援を受け取り、助けに行くどころか逆に身の危険を感じて逃げる事を選択したようである。生存が最優先の彼らにとって、それは当然の行動だろう。

「南西に逃げてるって事は、北東の方角に何かあるって事か」

「普通の動物はこんなの逃げて当然よねぇ……。つまり、精神支配みたいな強制力のある強い能力じゃないって事よね」

「それが使えるほど強力な存在じゃないか、使えたとしてもそれができないほど弱ってるか……いずれにしても"格上"の存在なのは間違いなさそうだが」

「知性がある程度高い生き物を選別して救援を求めている感じもするわね。……で、どうする?」

 彼らが根っからの善人で、困った者たちを見逃せない正義の味方であれば、二つ返事で助けに行っただろう。しかし、彼らはそんな甘い世界で生きてはいない。これが罠でない保証などどこにもない以上、突っ込んでいくのがリスキーで撤退がノーリスクであれば、生存最優先でトンズラした方がいいだろう。事実、英雄物語の主人公気取りの新人冒険者が善意に付け込まれ身を滅ぼす例は少なくない。彼らは英雄ではない、冒険者である。

 だが同時に、冒険者は自己の責任の下で興味を持って危険に飛び込む事も自由に許されている。猫をも殺す好奇心だが、その果てにある報酬……例えそれが金銭的には無価値な"知的好奇心を満たす結果"だけだとしても、それをリスクとの天秤にかけて突っ込みに行っても良いわけである。そして今回、シードルの中で猫殺しが勝った。

「様子だけ見に行ってみようぜ。マジでヤバけりゃ俺たちも逃げりゃいいし、助けた後の見返りがありそうなら介入も考えていい。何にしても、状況を見極めてから判断しても遅くないと思うぜ」


 シードルたちが北東へと進む最中も、断続的に脳内への救援要請は続けられ、その度に歩みが止められた。状況が逼迫しているからなのか、それとも近付く程に強力になっていくのか、シードルたちが進むにつれて言語化されない救援要請は脳を叩きつけるような意識の暴走を押し付けてくるようになった。

「わーもう! やかましいぞこいつ!? 助けてほしいのならもっと大人しくしてくれっての!」

「こんなの頭に叩きつけたらみーんな逃げちゃうって事すら考えられないのかしらねぇ……」などとぶつくさ呟いていると、何やら前方が騒がしくなってきた。何か巨大なものが暴れているのか、ずしんずしんと重い音が響き、空気が揺れる。また何者かが叫んでいるような声も聞こえる。言語のようだが、二人にはわからない未知の言語だ。声からしておそらく男性、しかも一人のようだ。

「……誰かいるな」二人はとっさに身を屈め、進む速度を落とす。じりじりと慎重に進んでいくとやがて前方に多少開けた空間が現れる。そこにいたのは身の丈5mはあろうかという巨大な蛇と、それと対峙する人型の生き物だった。巨大な蛇の体は鱗の代わりに灰色の羽毛で覆われており、首には一対の大きな翼が生えている。が、よく見るとその翼の片方はだらりと力なく揺れ動いている。そして人型の生き物は目を爛々と輝かせ、謎の言語を叫びながら両刃の剣で羽毛の大蛇に襲い掛かっている。既に何度も攻撃を受けたのか、羽毛の大蛇の体には所々に血の滲みが確認できた。

 両者の姿を確認した際、シードルたちは戦慄した。羽毛の大蛇の存在もそうだが、もう一方……人型の生き物の身体特徴を観察した結果の方が脅威であった。

「マジかよ……ありゃ"異界の民"だぜ……」

 異界の民とは、読んで字の如くこの世界以外の世界から来たとされる者たちの事だ。彼らは理由もなく突然現れる。

 個体差は多少あるものの、概ねヒト類の標準的体格をしている。オーガやエルフよりも背は低いがドワーフより高く、耳の先は丸みを帯びており角や翼のような特徴は一切見られない。気味が悪い程に人為的に均整が取れており、特徴らしい特徴を排されている、と言ってもいいだろう。その性別はやや男性の方が多い傾向があるものの、極端な偏り方はしていないとされる。また不自然な事に外見的年齢は種族的若年層である事が多く、また容姿も基本的には整ったものである事が多い。

 そして多くの場合、その見た目に全くそぐわない異質な能力を有している。勿論個体によってその能力傾向にばらつきが激しいものの、か細い腕にもかかわらず異常な怪力を持ち合わせていたり、異常な程素早い敏捷性と器用さで精密な動きをこなしてみせたり、無尽蔵の体力で動き続けたり、攻撃を受け止め続けてもけろりとしていたり、災害級の魔術を突発的に使用したり、無から有を生み出したり……といった具合に、とにかく危険極まりない。しかも、その能力のばらつき具合から何をしでかすのかさっぱりわからないのだ。一人で一つの国家を揺るがす程の戦闘能力を保有している場合もあれば、目立った能力を持っていないような例もあり、とにかく読めない。その為、下手に探りを入れるような真似はせず発見次第即刻殺処分するのが一般常識となっている。

 幸いな事に、彼らはこの世界について無知であり、自身が異質で受け入れられない存在である事に気付いてない。友好的な振りをするか意識が他を向いている最中などに隙をついて、一気に首を狙い刎ねるか絞めて窒息させるのが最善の対処とされる。

「対峙してるのってケツァルコアトルよね。希少な保護対象生物なのに、よくもまぁやってくれてるわねぇ……あといい加減この救援要請ぶつけてくるのやめてくれないかしら、くらくらしてきたわ」かくいうケツァルコアトルは自らの命が掛かっているので必死である。しかし成程、ケツァルコアトルであればこのテレパシーによる救援要請にも合点が行く。

 "有翼の蛇"、"羽毛の蛇"とも称されるケツァルコアトルは、非常に知能の高い生き物として知られている。性格は概ね温厚であり、言語を扱うわけではないがテレパシーを介して意思疎通を行う事ができる。またその羽毛は良質で保温性能が高く、ケツァルコアトルの羽毛を使った布団は高級品として珍重される。当然そのような生き物がほったらかしにされる訳がなく、相次ぐ乱獲により個体数を減らしてきた。また一方で恒久的に羽毛を得る為に家畜化も進められてきたが、大量飼育しようとするとテレパシーによる情報洪水に脳が耐えきれず飼育者が精神崩壊を起こしてしまうという事例が相次いで報告されている。結果、どうしても少数飼育しか行えない為に採算が合わず、家畜化する事が出来なかったという過去がある。この事も乱獲に拍車をかける結果となり、現在ではシルバーウィング帝国をはじめとして多くの国で保護対象生物となっている。

 しかし、いくら温厚な性格とはいえこのように襲われては話が別である。巨体を駆使したのしかかりや尻尾を使った薙ぎ払い、長い体躯による締め付け、頑丈な顎を有する口での噛み付き、巨大な翼の振り下ろしなど、いずれもまともに食らえば複雑骨折程度では済まされない。また翼を使っての飛行はその巨躯に高い機動力を与え、俊敏な動きを可能にしている。そして先程からシードルたちを悩ませている強力なテレパシーだ。恐怖心や虚無感等のイメージを膨大に送り付ける事で敵対者の脳の情報処理能力を低下させ、攻撃に転用する術も持ち合わせている。

 そんな高い迎撃能力を持っているはずのケツァルコアトルが、無差別に助けを求める程にまで追い込まれている。つまり、それ程までに異界の民が危険な存在なのである。


 さて、この状況下でシードルとシュールリーの両名の心の中は二つの選択肢の間で大きく揺れていた。

 一つは、大きな危険を冒してこの戦いに介入し、異界の民を殺すか。

 もう一つは、何も見なかった事にして逃走するか。

 前述の通り、異界の民は異常な程の強さを持っているが無敵ではない。特に発見が早期であればある程対処がしやすい。何ならシードルとシュールリーは一度異界の民を殺す事に成功している。シュールリーの姿に見惚れている間に、シードルが喉笛を狙って槍で一突きしたのである。二人とも死ぬほど怖かった。何せ、失敗したら命はない。成し遂げた後も暫くは虚無感で呆けていたくらいだ。

 異界の民を抹殺するメリットの一つは、率直に言えば金である。どの国も異界の民の排除には積極的であり、シルバーウィング帝国も例外ではない。具体的にはその駆除に成功した場合、1体につき5万ゴドの賞金が出る。先程シードルたちが狩っていたオオシンリンサソリの甲殻が1匹分で5~6000ゴドである事から考えても、かなりの報酬金だという事はわかるだろう。

 また、異界の民を放置する事自体がリスクの大きな事でもある。個体差こそ激しいものの、一種の災害のような能力を持っている可能性すらある異界の民は、場合によってはこちらに友好的に接してこようとする。ここで異界の民に懐柔され手を取ってしまうと、その後には悲劇しか生まれない。

 歴史文献に残る事件として、アイアンフーフ王国の滅亡がある。かつて存在したアイアンフーフ王国内に現れた異界の民を友好的に迎え入れた結果、その圧倒的な強さにより瞬く間に国家の中枢にまで入り込み、やがて国王の座がその異界の民に乗っ取られたのである。またその強さ故に国家間のパワーバランスは完全に狂い、アイアンフーフは瞬く間に影響権を拡大し、領土を肥大化させた。更には、異界の民の持ち出し大会の知識・技術により、国内産業も大きく発展した。この八面六臂の大活躍に異界の民の周囲の人物たちも心酔してしまい、完全に篭絡されていった。

 そんな栄華を極めた異界の民による国家だが、それは長くは続かなかった。篭絡された周囲の者達の暴走である。誰も彼もがその異界の民に取り入ろうとした結果、異界の民の目の届かない場所では腐敗と堕落が蔓延ったのである。官僚間では賄賂による買収合戦が横行し、多くの者が失脚した。暗殺が行われる事も少なくなかった。麻薬取引も積極的に行われた。この異界の民はそういった周囲の腐敗集を嗅ぎ取る事はできなかった。愚かにも、周囲の者たちを無条件に信頼してしまっていたのである。その無能のツケは日を追う毎に蓄積され、遂に反乱分子による革命という形で火が付いた。信頼していた民たちに刃を向けられ、仲間だと思っていた周囲の者たちにも裏切られていた事を知り、異界の民の精神は脆くも崩壊した。その結果、異界の民は暴走し、国土内の全て―勿論、自分を含めて―を破滅させる大災害を引き起こした。その災害は天空から炎の雨が降り注いだとも、地が割れ全てを奈落の闇へと飲み込んだとも、全てを塩の塊に変える風が吹いたとも伝えられている。ただ一つ確かなのは、かつてアイアンフーフ王国があったとされる場所は海の底に沈み、地続きだったはずの北大陸と南大陸が分断されたという事である。

 勿論この事件は極端な例ではあるが、どの国・どの種族であっても成人するまでには必ずこの話を聞かされ頭に叩き込まれる辺り、その脅威が全世界に深く刻まれている事がわかるだろう。

「くそっ、最悪の貧乏くじを引かされた気分だ……」

「けど勝算はある方じゃない? 言い方は悪いけれど、救援飛ばした張本人が囮になってるわけだし」

「それはそうだが、動きまくってるからな……首をどう狙うか……」


 ケツァルコアトルと異界の民の戦闘は長引いていた。が、勝敗が決するのはそれほど長くはないように見えた。ケツァルコアトルはあちこち傷だらけで息も絶え絶えといった様子である一方、異界の民はと言えば目立った損傷が見られない。それでも疲労は着実に蓄積しているらしく、大きく肩を揺らして息をしている。付け入る隙があるとしたらそこだろうか。

「相手は大分疲れてきてるみたいだから、判断力も落ちてそうね。ケツァルコアトルに集中しっぱなしだから、不意打ち自体は難しくないと思う。その上で強襲を盤石にするなら……」

「目眩ましだな。"白色閃光"一発頼む。主要感覚器が機能停止したら確実に怯んで動きが止まる。そこを狙って絞め落としに入る。シュルはトドメ用のナイフ準備しといて」

「おーけい、タイミングはアタシに任せて頂戴」そう言うとシュールリーは"白色閃光"の為の魔力を溜め始めた。

 二人が作戦の打ち合わせをしている間にも戦局は刻々と動いていた。ケツァルコアトルがまだ自由に動く法の翼を使い異界の民目掛けて振り下ろすが、異界の民はこれを避け逆に翼に斬りかかる。灰色の羽毛がパッと散り、赤いものが走る。かなり深く斬られたのか、出血が止まらない。この攻撃で大分弱らせられたのか、先程よりも鎌首をもたげる高さが下がってきている。これをチャンスと思ったのか異界の民は掛け声とともに跳躍し、ケツァルコアトルの頭に一撃を叩き込まんと剣を振り上げた。

 シュールリーの判断は的確で最適だった。異界の民が踏み込んで跳躍体勢に入った瞬間、シュールリーはシードルの背中を強く押し出した。シードルは顔を伏せたまま猛ダッシュをし、一直線に異界の民の元まで向かう。既に魔力が完全に溜まった為か、シュールリーの髪は真っ蒼に変色していた。

「ばーん!」

 掛け声とともに白銀の強烈な光が異界の民の目の前で炸裂する。魔術師の魔法、"白色閃光"だ。異界の民は光を遮ろうにも両の腕は剣を握り振り上げたままであり、目を庇う動作も間に合わない。光を直視した異界の民は呻き声とともに体勢を崩した。もはや剣を振り下ろしたとしても力が籠ったものにならないのは明白だ。光が炸裂したのはほんの一瞬であったがそれで十分だった。地面へと視線を移していたシードルが光が収まるとともに顔を上げ、異界の民の背後から片方の先端を槍の柄に繋いだロープを首の前に走らせる。直後、万力込めてロープを引き、更に槍の柄を素早く回しロープを巻き取るようにして絞めていく。そしてそのまま体ごと浴びせ倒すようにして異界の民を地面に伏せさせ、拘束を強めていく。

 異界の民はあまりに一瞬の事で全く反応ができず、倒されると同時に武器も取り落としてしまった。そして締め始めからワンテンポ遅れてもがき始めた。しかし首を絞める力に抵抗するには遅すぎた。疲労と酸欠とパニックで完全に冷静な判断力を喪失した異界の民は数回ロープを外そうと首元に手をやろうとしたが、シードルが翼を使ってそれを邪魔する。やがてその動きは緩慢になり、程なくしてピクリとも動かなくなった。上で組み伏せているシードルからは見えないが、血が行き渡らなくなった異界の民の顔は蒼白に変色し、白目を剥いている。しかし、ここで油断をしてはならない。異界の民の抵抗がなくなったのを確認して、シュールリーが駆け寄り……用意していたナイフで異界の民の首元を深々と刺した。行き場をなくしていた血液がパッと飛び散り、どんどんと流れていく。が、暫くするとその流血量も落ち着いてくる。ここまでやればもはや息の根がないのは確実ではあるが、最後にシードルが異界の民を転がし仰向けにし、左の胸をナイフで一突きし、死亡確認をする。

 静寂―。数拍置いて、耳の奥をざあざあと駆け巡る血液のざわめき、それを感じ取ると同時に認知する自分の胸の鼓動。局所的になっていた視界が徐々に広がり、興奮と緊張が混ざり合った極限状態が解除されていく。二人の体はほぼ同時に脱力し、体を支える力を失った。

「……し、死んだぁー……心臓に悪ぃって……あー待って……まだ心臓バクバク言ってる……」

「アタシも……うわ、手ぇプルプルして震え止まんないわ。疲労感パないし……」

「何てーか……やり遂げたっていう達成感より、やっと終わったっていう虚脱感の方が強ぇわ……」

 と、完全に二人が力尽きていると……もう一つ、力尽きる者がいた。

「……そういえば」

「あっ」

「「ケツァルコアトル!」」


 手遅れだった。シュールリーが駆け寄った時には、ケツァルコアトルの巨体は地に倒れ伏し、眼は塞がり開く事はなかった。"治癒"も"応急手当"―いずれも傷を癒し生命力を回復させる「神官の魔法」―も、どちらを何度か行使しても効果を表す事はなかった。生命力の根源が絶たれた死体には、これらの魔術は効果を表さない。0に何を掛け算しても0なのだ。

「……しゃーないよな。こっちもこっちで一杯一杯だったし」

「うん。これ以上の成果求められても、このタイミングでのアタシたちじゃこれが限界」

「やるせねーって思うんだけど、ゲスいこと言っていい?」

「大丈夫、多分アタシも同じこと思ってるし」

 互いの顔が皮肉な笑みになる。

「「儲けた」」互いの顔を指差し、同時に口に出す。

「そりゃな。密猟は禁じられてるけどケツァルコアトルの羽毛がタダで手に入るってなりゃね?」

「更に言えば異界の民の駆除報酬もでしょ? ちょっと出来過ぎてるレベルの儲けよ」

「心的ストレスは重すぎだけどさー……」

「ねー……」

 グチグチと弱音を吐く二人。ご立派な英雄でなければ性根の腐った悪党でもないただの中堅冒険者である二人にとって、目の前の死とはドライに受け止められるが後味の悪いものが負担として刺さる、灰色の結果として残るものだった。

「これどうする? さすがにデカすぎてシー君抱えて飛べないでしょ?」

「残してきたサソリの甲殻と一緒で置いてって後日運ぶしかねぇだろこんなの……」と、二人がケツァルコアトルの死体を調べていると、ふと何か動くものを感じる。すぐさまシードルは腕をパッと横に突き出しシュールリーを制し、限界を迎えていた体にもう一度集中力を宿らせる。すると死体の羽毛がもそもそと動き、そこから出てきたつぶらな瞳と目が合う。

「……は?」

 そこにいたのは、体長15㎝にも満たないであろうちょろちょろっとした細い体つきのケツァルコアトル……の、幼体である。

「え、何これちっちゃい。かわいい」完全に気の抜けてしまったシードルを他所に、シュールリーがすぐに食いつく。しかし当の幼体ケツァルコアトルはシュールリーよりもシードルの方に興味があるようで、怯える様子もなくするりするりとシードルの元へと小さな翼をぴょこぴょこさせながら近寄ってきた。そして、ものすごく漠然とした感情の塊を投げかける。

「え、何これ……なんかこう……何?」

「シー君語彙が迷子」

「いや迷子にもなるって……なんか、全面的に喜んでるっぽいようなものは感じ取れる……シュルはわかんないの?」

「いや全然……もしかしてシー君にしかお気持ち表明してないんじゃないの?」

「いや何様だよ」

 お気持ち表明はさておき、どうやらこの「喜んでいるっぽい」という幼体のテレパシーはシードルにしか感知できていない事は確かなようだ。

「単純にシュルの事認知できてねーだけじゃね? ちょっと俺の前に立ち塞がってこいつに顔見せてみ」

 言われるがままにシュールリーが幼体に顔を見せると、始めこそシードルを探して周囲を窺うような動作を見せもやっとした不快感のような感情のテレパシーをむやみやたらと周囲に送っていた(シードルたちが少しだけイラッとする程度の情報量だ)のだが、やがて自分の事を見つめている新たな瞳の存在に気付く。幼体はシュールリーをじっと見つめ、やがてテレパシーで感情を送る。

「あー……成程ねー、シー君の言わんとしたい事が理解できたわ」

「わかった?」

「うん、これ意思というか、感情そのものがまだ未発達なんじゃない? だからぼんやりとしたものしか送れない。あと多分ちっちゃいから射程距離が短いか、いっぺんに二人に送るとかも無理なんだと思う」シュールリーの読みは中々に正確だった。事実、このケツァルコアトルは幼体であるが故にまだ意思や感情といったものが未成熟で、ただでさえ言語化されていないままに送られているテレパシーの内容もかなり粗削りだ。

「成程な。さっきは俺の事しか認識してなかったから俺宛への感情しか送れなかったと。で、今はなんて?」

「何か興奮して興味持ってるっぽい事だけはわかる。楽しいとか嬉しいとか、そういう感じっぽい?」

「はぁ、まあそれは構いやしねぇけど……」シードルとシュールリーは互いに顔を見合せた。


「「これ、親だと思われてない?」」

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