煙草

拝啓んらら

第1話

 神戸の夜景はこんなに綺麗でした。

 二人の関係との落差でより一層。


 たった二度寝ただけの男の助手席に揺られ、五車線もある道路を二人だけがぽつりと行く。思いの外弾む会話の中で、揃いも揃って世代のそぐわぬシンデレラ・ハネムーンのフレーズを、ちぐはぐに相槌の如く口遊んでいた。心なしか今の二人に重なる詞が、嫌に現実味を帯びて不意に喉を嗄らす。先程までいたカラオケボックスで、帰り際に注ぎ足した炭酸飲料を飲み干す時の感覚が今、もう一度じんわりと喉に染み込んだ。直に迫る雨につられて少し冷えた夜風が、肘まで上げていた袖口をゆるりと落とす。桜の花も地に落ちて、長い夏を待ち侘びた若葉が早くも顔を出している。街は深夜、眠りについていた。

 窓を開け、歌をなぞるように煙草を燻らせる彼は、しおらしげに煙を右へ流した。苦手なはずの煙草の香りに初めて心地の良さを感じて、自ずと視線も右へ向く。こうしてドライブに出ているのも越えた一線の延長にあるわけで、日の下で寄り添い合う恋人たちのような純真さはない。

 彼だけが知る目的地へ向かう道中で、看板に見た覚えたての文字 ––––掬星台、に心を躍らせる。幾度となく続くカーブにひとしきり揺られた後、降りた山頂の肌寒さに肩を寄せながら坂を登った。人目を気にするその煩わしさにくすぐられて気が弾む。登るにつれて増す気持ちに負けじと上がる息は、二人の足取りを重くした。若さだけを頼りに、脚を引き摺って登りきった先、階段を後ろ手におよそ似つかわしくない彼らが足を踏み入れた景色、それは息を呑むほど美しかった。気温の低さからか、ここでは桜が丁度満開を迎え、一面に広がる夜景に華を添える。燻らす一筋の煙と、その手の仕草がやけに画になって、街明かりと共に目に焼き付いた。長くとも短くともなく時間が経ち、ふと頭をよぎる。このまま二人して夜景に飲み込まれて仕舞いたい、などという月並みな衝動は、いよいよ寒さに後押しされ、名残惜しさだけを残しその場を後にした。眠たい目を擦りながら降りた山道は、来た道よりもなぜか少し長く感じた。

 帰路に着く頃には漸く雨も降りはじめ、二人の来た気配をそっと消した。夜更けに別れた二人は歌をなぞり終えて、玄関の重い戸を開いた。



 ––––余談、最後のキスは煙草ではなくて、眠気覚ましに買った珈琲の味がした。

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煙草 拝啓んらら @dear_nlala

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