いつか見た星空
秋丘光
いつか見た星空
私の初めての彼との思い出話をしようと思う。彼と付き合うことになったのは中学生のころだった。彼からの告白で、私は彼に好意があったわけではないけれど、彼が嫌いなわけでも、他には好きな人がいたわけでもなかったから、付き合うことにした。
彼はイケメンでもなかったし、クラスの人気者でも、運動や勉強が得意な子でもなく、いたって普通の男の子だった。
私が中学生のころは携帯電話がまだまだ普及していなくて、私も彼も携帯電話を持っていなかった。だから私たちは交換ノートをしていた。今どきの中学生は聞いたこともないかもしれないけど、交換ノートには交換ノートの良さが確かにあった。
彼からの提案で始めた交換ノート。最初は面倒くさくて、3,4日空けてしまうこともあったけれど、いつの間にか私も忘れることはなくなって、平日は毎日交換するようになっていた。このころには彼ともデートに行くようにもなっていたっけ。
何回目かのデートの帰り道。その日は水族館のデートからの帰り道で、日も沈んで辺りも暗くなっていて、街灯が夜道を弱々しく照らしていた。
私はいつごろからは分からないけれど、彼と手をつなぐようになっていて、その日も彼と手をつなぎながら帰っていた。いつものようにとりとめのない話をしながらゆっくり歩く。いつもならどこにも寄り道することなく、彼が私の家まで送ってくれて、さよならをするのだけど、その日は珍しく彼が公園で寄り道をしようと言ってきた。
公園はとても久しぶりで、夜の公園は昼には見せない静けさを持っていた。彼はブランコに座った。私も彼の横のブランコに座る。彼はブランコを少し揺らしながら夜空を見る。私もつられるように夜空に目を移す。夜空にはもちろん星があった。それぞれがそれぞれの色を放ち、輝いていた。こんな風に夜空を眺めるのは何年ぶりだろうと思っていたら、彼が星空に顔を向けたまま話しだした。
「光ってる星は恒星っていって、温度で色が違うんだ。それでね、僕達の今見てる星の光の多くは、何百年も前のものなんだって」
「へぇ、色が違うのは温度のせいなんだね。星の光が何百年も前のものって言うのが、あんまりピンとこないけど」
「星があんまりにも遠すぎて、星の光が地球に来るのにそれだけ時間がかかるんだって。でね、今僕たちが見ている星も、もしかしたら今はもうないかもしれないんだって」
「ますます分かんなくなるね。今私たちが見てるのに、今はないかもしれないって変っていうか不思議だね」
きっと彼とはそんなことを話したのだろう。このときは遥か遠くの星と地球との時差はあまり理解できなかったけど、彼から聞いた話は不思議で神秘的に感じたことを覚えている。
「僕も光ったら遠く離れた星の人達にも見られるのかな。死んだ後も何百年も皆が僕のこと見てくれたり、綺麗って言ってくれたりするのかな。僕もそんな存在っていうか、死んだらほんとに星になりたいな。星に生まれ変わりたい」
無表情でそう言った彼の気持ちを、私は分かるどころか想像すら出来なかった。私は彼の言葉に何も返すことが出来ず、ただただ星空を眺めていた。
それから時は経ち、私たちはいつからか、付き合っているともいえない仲になっていた。自然消滅した関係の私と彼は、高校も違うところに進学した。
久しぶりに再会したのは20歳のときの同窓会だった。彼は難関大学に進学して天文学者になりたいと酔っ払いながら気持ち良さそうに話していた。彼とは久しぶりに会ったからといって何かがあったわけでもなく、それから連絡を取ることもなかった。
同窓会から何十年も経ったころ、彼の近況を驚きとともに知った。テレビで彼が天文学で革新的な論文を発表したらしい。
難しいことはよく分からないが彼なりに星に近づいているのだろうか。これで彼は星になれなくても、歴史に名を残したのだろうか。彼が亡き人となっても、何年、何十年、何百年と彼の名を呼び、偉大だと言うのだろうか。そんな様子を星になって眺めているのだろうか。
いつか見た星空 秋丘光 @akinokisetu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます