第5話[美化清掃・お茶の子さいさい]

「あら、天坏くん」

「……どうも」


つい心の中で舌打ちしてしまった。

遭いたくない人と対面してしまったのだから当然だ。

図書室の帰り、玄関前で僕は冠会長かのじょと遭遇してしまう。

外に用でもあったのか、靴を履き替えた会長がこちらに近寄る。


「まだ校内にいたのね。妹さんでも待ってた?」

「いえ、図書室で課題の調べ物をしてて、その帰りですよ。そちらこそ、こんな所で出会うのは珍しいですね。外に用事でもあったんですか?」

彼女は、えぇ、と軽く応える。


「とは言っても大したものでもないけど。…喫茶研究部の部室をあの幽霊屋敷ばしょに移したくてね」

ちらりと後ろに見える林に隠れた古い建造物に目を向けながら言う。


あののことか。そういえばクラスの女子たちがあの場所を幽霊屋敷だとかどうとか話題にしていたのを耳にしたな。

それに以前会長は、あの幽霊屋敷と呼ばれる建物をどうにかしたいとも言っていた。


……この際だから聞いとくか。

「あの幽霊屋敷、アイツらにあげるんですか」

「えぇ、そうね。建物を取り壊そうとすると度々失敗するし、かといってそのまま放置というのもね、だから有効活用してくれる子たちにあげたわ。何も使わないよりはよっぽど良いと思わない?」

「僕はそれには賛成しかねます」

「それはあなたの気持ちかしら?」

「いえ、違います」


とくと説明する。

「奴らは確実にこの学校内を掻き乱す。特にあの朱城陽。僕ほどじゃないにしろそれなりにカリスマ性がある。いずれは汚点ガンの原因になる。早期の治療を施す方が手っ取り早いと思っただけですよ」


「それじゃあ面白くないじゃない。私はあの子たちがどう成長するのか見てみたいのよ。それに最近、近隣住民からも気味悪がられていてね。でもあそこが部室として機能すれば、イメージが変わるでしょ?あの場所は元喫茶店で、あの子たちは喫茶研究部で–––––少し、おかしいわね……」

と言葉に詰まり、右手でつくった拳を口元に当て、何か考え込んでいる。

こいつの見ているビジョンに計算違いイレギュラーでも発生したのか。


そして––––

「あぁ…」

と可笑しそうに笑う。

「…ふふ、だからなのね。なるほど、これは一本取られたわね」


(ん……?)

なんのことだ?

何か冠雪の読みを超えた事態でも起きたのだろうか。


そして考えを終えたのか、冠会長は再びこちらを見つめる。

「もし、あの子達を止めたいのなら、あなたがそれをすればいいわ。男の子だもの。力ずくで止めるのも悪くないわね。そしてそれを私に見せてちょうだい」

炯は、蠱惑的で愉悦に満ちた彼女の表情を凝視し戦慄した。


こいつは僕らが争うことを望んでいる。

それを見て楽しもうとしている。

まるで蠱毒を再現しそれらが起こす諧謔曲スケルツォを鑑賞する観客。喰い喰われ、殺し殺され、温かい命が溢れる様を、花火でも見る純粋な子どもみたいに眺める。

その目的も実に私的な理由だ。

つくづく気に入らねぇ、悪趣味な女だ。


「会長の思惑通りに事が運ぶのは癪ですが、言われなくてもあらゆる手段を用いて奴らを叩きますよ」


その悪趣味な女は、髪をかきあげながら冷淡に笑いかける。

「期待しているわ。ただ、あなたは失敗とは無縁で得がたい程の優秀な生徒で、それと同時に愚かでもある。失敗に慣れてないと、ここぞというときに立ち直れなくなる。天坏くんの敗北した時の歪んだ表情はさぞ私の良い思い出になるでしょうね。ぜひ記憶に保存しておきたいわ。勿論あなたはとてもツライでしょうから、その時は精神衛生上、綺麗さっぱりことをお勧めするわ」


「誰に言ってるんですか?僕は選ばれた存在ですよ。敗北などあり得る筈がないでしょう」

「選ばれたと思い込むのはあなたの勝手だけど、運良く次も選ばれるとは思わないことね。もしあなたにこれ以上の成長の見込みがないと分かったら、その時は次期生徒会長の座は朱城陽になるかもしれないわね」

「なっ…!?」


それは予想していなかった。

朱城陽は部に所属していて、その上で生徒会を運営するのは、いくら優秀な人材でも難しいことなのは目に見えている。というより、喫茶研究部を作った彼女が、部を手放すようなことをするとは到底思えない。


両立は不可能–––––。

とすると冠雪は、強制的に朱城陽を生徒会に入れる算段を立てなければいけない訳だが…。おそらくその口振りから察するに何か妙案があるのかもしれない。


そう思考していると、その様子を眺めながら冠は皮肉めいた笑みを浮かべる。

「今のあなたは実に小物めいていてまるでネズミね。私ってほら…記憶力には多少自信があるのだけど、今の天坏くんは微塵も残らなさそうね……そう––––」

冷め切った口調でそう吐き捨てた。

「–––––薄いわ」


それを皮切りに、僕は踵を返し歩き出す。

宣戦布告としてその言葉を受け取った。

やはり冠雪こいつは倒すべき敵だ。


「アンタのその言葉、後悔しますよ。……忘れないで下さい。僕はアンタも潰す…」


むしろ殺意にも近い光彩をこの女に向けて放つ。

しかしこの妖怪女には逆効果だったようだ。

恍惚とした笑顔で彼女は応えた。



「––––今のあなた、良いわね。そっちの方が素敵よ」


・・・


「おぉ、すげ……」


扉を開けると、喫茶きぶしを訪れた時と似たような感覚を追体験させられる。


ただ人気ひとけのない冷たい空気感からは現在の時間から切り離されたような寂しさを思わせるが、それでも古民家カフェの貫禄を感じるには充分な空間演出だった。


1階のフロアは吹き抜け構造になっており、予想よりも広々とした空間を催している。入口入って左側にはカウンターと間接照明、食器棚がそれぞれ備え付けられており、右側の方は空っぽの一際目立つ本棚がそびえ立っていた。奥の方には2階へ通じる階段と、その下にはさらに奥の部屋へと通じる扉がそれぞれ見える。


掃除は始まったばかりでまだ少し埃っぽいが、しっかり綺麗にすればかつての雰囲気を蘇らせるのも現実的なものとなるだろう。


「あ!秋さん、もういいんですか?」

トコトコと学校指定ジャージに身を包んだ白神さんが歩み寄ってくる。右手には濡れた雑巾を持っており、どうやらカウンター周りの清掃を進めていたようだ。


「あぁ、とりあえずは–––––」

「––––ちょっとー、人手が足りないんでしょ?一体どこで油売ってたのよ。早く手伝って」


いつの間にか、この掃除に参加していた古月さんがそのふくよかな胸の前で箒を持ちながら、ジト目で俺を睨みつける。


「いや、すまん。少し冠会長と話してただけだよ。…てか古月さんも手伝いにきてくれたんだな」

「おい、何か変なこと吹き込まれたんじゃないか?」


上を見上げると2階の手すりの前で陽が、そう訝しんだ声をあげていた。

夏人の姿は見えないのでどうやら上の階のどこかで一緒に掃除しているのだろう。


「いや、特に何も…」

横から横へ、逐一コイツに報告することもないだろ。


ふーん、と不満そうな表情を示しているが、それも長くは続かなかった。

「まぁいいや。とりあえず、ジャージに着替えて秋は上の階から掃除してくれ。私は1階の方をやる」


「了解」


・・・


階段を上がり、2階へと登る。階段を歩くたびに鳴る木板が軋む音は、この建物の年季のかかり具合を感じさせる。2階へ上がるとまず、広い踊り場が出迎える。そこから左へ曲がると長い廊下が続いており、右手には2つの扉、左手側は手すりになっており、そこから見下ろすと1階で女子たちが掃除している様子が見える。さっき陽がいた場所だ。


「おぉ、ここにいたのか」

2階の一室の扉を開くと夏人が1人で窓拭きをしていた。


「お、やっときたか、秋。2階はこの部屋だけ済ませれば終わりだぜ。とりま床の埃を掃いてくれないか」

「おっけ。……そういや、もうここ慣れたのか?幽霊とかいた?」

「おい、やめろよ。考えないようにしていたのに…」

ごめん、と茶化しつつ渡された箒で床を掃き始める。


しかし幽霊屋敷とか言われてた割には、内装はさほどボロボロというわけでもない。確かに慣れてしまえば、どうってことはない。所詮、噂は噂でしかないのだ。仮に幽霊がいるとして、生命力が高そうで、尚且つ好奇心の絶えない人物がうちの部員に2人ほどいる。それはもう、幽霊も尻尾巻いて逃げそうなくらいパワフルな奴らだ。


そんなことを考えながら、掃除をしていると突然、夏人が突拍子もないことを口にする。

「秋ってさ、白神ちゃんのことはどう思ってるんだ?」

「ゴホゴホッ…!」

予想だにしないことを言われてしまい、むせてしまう。


「な、なぜそんな事を…」

「いや〜なんか仲良さそうに見えたし、案外、秋もがあるのかなって思ってな」

「いや、別に俺は……」

こういう話、正直すごく苦手だ。


「白神ちゃん、最近人気出てきたよな〜」

「あーうん、それは確かにそうだな」

「ってことはだ。当然、中には告白する輩だっているよな?」

「俺はそんなこと許しません」

「お前はお父さんか!」

「ごめん、なんかつい」

こうなんと言うか、守りたい女の子って感じなんだよな。白神さんって…。


「でも告白してきた殿方が超絶イケメンで石油王だったら、白神ちゃんだってオーケーするかもしれないだろ?」

「ぐっ……こ、心が痛くなるが、白神さんが選んだ相手なら……」

「だからなんで、父親面ちちおやづらなんだ、秋は。本物の白神ちゃんのお父さんに謝れ」

仕舞いには、お前が悪い虫だよ、と言われてしまった。

まったくもって、それは間違いない。


「……なんかあったのか?秋」

さっきと打って変わって、神妙な顔になる。

「……何が?」

「いつものお前らしくないと思ってな」

「…いや、なんでもねーよ」


そう言いつつも頭の内では、冠会長と交わした話を振り返っている。

あの会話の後、俺の中にはいまだにわだかまりがシミのようにこびりついていた。


『人の内側に介入するということは、結果はどうあれ、その人の人生の歯車を狂わせるということになるわ』


結果は結果で、それを変えることはできない。

やり直すことはできない。

上りの階段はあっても、下りの階段は存在しないのだ。

頭では分かっているつもりだが……。

人はなんと不合理な生き物なのか。そしていかに自分がまだまだ未熟な人間なのかを、冠会長という鏡を使って写し見ることで嫌というほど目に入る。


『私を失望させないでね』


やれやれと俺は思う。

「期待されるってのは、一種の呪いみたいなもんだな」

と小さく独語する。

期待が重いと、次の日にはうっかり美味しい漬物にでもなっていそうなものだ。

あの人に目を付けられていると思うと憂鬱になり、大きく溜息を吐いた。


それを見た夏人は何か思う事があったらしく、ニヤリと笑う。

「ははぁ、秋。さては白神ちゃんのことで悩んでいるな」

「いやいや、そういうわけじゃなくて––––」

「恥ずかしがることはないさ、秋。恋愛とは誰もが通る道で悩んだり苦しいこともあるかもしんないが、気持ちは前向きに考えるべきなのさ。そうじゃなきゃやってらんねーぞ」

「ちげーよ!恋煩いじゃねーよ、この恋愛脳が!」

とかなんとか、言い合っているうちに扉の向こうから、階段を上がる音が聞こえる。


「おーい、掃除終わったかー?」

陽が思いきり扉を開けながら呼びかける。


「うおっ!ビックリしたー…、脅かすなよ陽〜」

「あぁ、とりあえずこっちは終わったよ」

「ほーん…」

すると、窓の方へ歩み寄ると、おもむろに縁の所を指でツーッとなぞり、ふっとその指に息を吹きかける。

「ちょっと2人とも、まだ埃が残っていてよ?」

しゅうとめかお前は」

それか、性格が破綻しおわってる嫌な主人あるじだ。


陽は部屋に入ると室内を舐め回すように眺めながら、ブツブツと独り言を呟く。

「ふーん…この部屋に布団を運べば、寝室として使えそうだなぁ」

「何…ここで暮らすの?」

「まぁ学校近いから立地条件は悪くないけどな。しないけど」

電車通学の陽からすれば、確かに学校に近い、というより学校敷地内にあるこの場所は、理想的な場所とも言える。


「そういえば、これ、他の備品とかどうするんだ?冷蔵庫とか、椅子とか」

「あぁ、その辺りは私がなんとかするから心配しなくていいぜ!なんたって私らの新しい秘密基地アジトだからな」

「…言っとくが、遊び場じゃないんだからな」

「細かいことは気にすんな!私らは子どもで、子どもには夢と遊びが必要なんだよ、違うか?」

「お、おう…」

たまにコイツ、真理っぽいこと言うんだよな。

歩く名言集か。


「ま、終わったんなら1階の方、ちゃっちゃと済まそうぜ!」

そう言いながら陽は黄金色の髪を靡かせながら部屋を後にした。


・・・


2階の清掃も終わり、下の階へ行く前に掃除用具を3人でまとめている途中、陽を見ながら、ふと思ったことを呟いた。

「それにしてもラッキーだったな」

「んー何がだ?」

「この場所のことだよ」


使われてない建物とはいえ、学校の施設とはとてもいえない代物だ。不慮の事故が続いたとは言うものの、やはり取り壊されるのがこの建造物の運命だろう。

それにこの場所が元喫茶店というのも理由として大きい。それにより他の文化部より先んじて、正当な理由で喫茶研究部がここを占領できたのだから…………いや。


「……ちょっと待てよ」


口元を覆い隠すように手を添える。

ここまでの流れを辿っていると、今少し納得いかない事があった。

冠会長が俺たちに訪ねてくるタイミング。

元喫茶店の幽霊屋敷。

……計らずも、だ。

俺たちがここを手に入れるためのピースがにも揃っている。

何かの陰謀でも働いているんじゃないかと錯覚するくらい、不気味にも。


(偶然にしては、いくらなんでも––––)


気付けば俺は、口から自然にその言葉が出た。


「–––––都合が良すぎないか?」


「おーよく気付いたな。さすがは喫茶研究部ブレイン担当」

けろっと涼しい顔で陽は言う。

てか誰がブレインやねん。


「ここ、入学した時からずっと欲しくてさぁ、どうにか手に入れる方法ないかなって考えてたら、こうなった!ドヤッ!」

「こうなったのか」

呆気に取られる。

ここを占領する方法を実行し成し遂げた張本人を見据えて。


当の本人は「いや〜」ともっともらしく腕を組みながら苦労の武勇伝を語る。

「大変だったんだぜ。近所の住民に建物の印象について聞き込みやら幽霊が出る噂立てたりさ。んで、その噂やクレームを学校側に気づかせて、対応を早めてもらうようにしてさ」

聞く限りでは、めちゃくちゃ手が込んでいる。

用具を担ぎながら芝居がかった口調でさらに飄々ひょうひょうと喋り続ける。

「そんな中、ここに都合よく喫茶研究部わたしたちがいる。どうだ?完璧なシナリオだろ?」

「詐欺の常套句だな」

バレたら怒られるぞ、と最後に一言付け加え、そうツッコんだのは夏人だ。


その横から俺も疑問に思ったことを口にする。

「ってか確か、喫茶研究部って以前俺と話して決めてなかったか?」

俺の見える世界が変わったあの日。

あの時の陽は、俺から見れば勢いで決めた感じだったが。

「そこはたまたま。秋の趣味と、私の目的が偶然一致しただけ。部の名前に研究って入ってると真面目そうな感じになるじゃん?だからこの名前にした。秋は研究者って顔してるし」

ニシシッと少年のように笑う。


そういや前に『今年の喫茶研究部は一味違う』とか言ってたな、確か。

こういうことだったのか。

階段を下りながら、自分の思考に結論を付けていた。


同じように陽も別の考え事をしているようだった。

「でもそうだなぁ、秋と会ってなかったら、違う部名になってたかもしんないよなぁ。何部になってたかな〜?コーヒー部…カフェ部…あとは……メイド喫茶部?」

「いやなんでそうなるんだよ」

「メイド喫茶………」

それを聞きつけ、そう思いを馳せるのは古月さんだった。

なんか陽の方をチラチラ盗み見ているし。

この人は何を想像してるんだか…。

その隣で白神さんも興奮で目を輝かせている。

「メイド服!私、陽さんのメイド姿見てみたいです!」

「あー私?それも悪くないけど……深冬ちゃんのも見てみたいなぁ。絶対似合うって!」


…あーそれは凄く分かるかもしれん。

白神さん、そういうのマジで似合いそうだな……。

いやまて、なんで今俺妄想してんだ?

自分の気持ち悪さに卒倒しそうだよ。


「どうかしました?秋さん」

いつの間にか、白神さんが俺の目の前に立ち、上目遣いで尋ねてきた。

「少し顔が赤いような……」

「いや、ちょっと暑いだけだから気にしないでくれ」

そう言いながら、彼女と距離を取る。

白神さんは納得いかない様子で俺を見つめる。


そんなやり取りを眺めながら古月さんが、そういえば、と話題を振る。

「深冬さんって私達と話す時、敬語になるわよね?別に先輩ってわけでもないし、普通に話してくれていいのよ?」

白神さんが人差し指で顔をかきながら言う。

「いえ、それは分かってはいるんですけど、その……みんな私より大人っぽいというか、精神年齢高いなぁと思ってつい…」

あ、だから白神さん、たまに敬語とタメ口がごっちゃになることがあるのか。

「ま、いきなりは白神ちゃんもキツいだろうし、ゆっくりでいいんじゃないか?そのうち慣れるっしょ」

「そうですね」

「えーでもそういう深冬ちゃんも見てみたいな〜」

「また無茶振りを…」

俺のその言葉に反応し、陽がムッとこっちにヘイトを向ける。

うん、悪い予感がする。

俺の勘は結構当たるんだよな、これが。ホントに悪い意味で。


「うーん…じゃあさ、深冬ちゃん。秋にタメで喋ってみてよ〜少しでいいからさ〜」

「えぇ!?」

「おい、陽。無理強いむりじいは良くないぞ。お前の悪い癖だ」

「む、それもそうか……あ、じゃあ呼び方!さん付けじゃなくてさ、呼び方を変えて見てよ!それだけ見れればいいからさ!」

フンスと鼻息を荒げながら懇願する。もう興奮しすぎてキャラが保てなくなってる気がする。いやむしろ変態癖こっちの方が平常か。


「じゃあ、一回だけ…」


え……?


白神さんが俺の方を振り返り見る。

心なしか彼女の白い肌が薄ピンクに染まっているようにも見える。

陽は顔に人差し指を当て、しーっと静粛にするよう促す。

目が泳ぎながらも、意を決して白神さんがゆっくりと口を開く。


「あ………秋、くん?」

「………………………」


ごくりと生唾を飲み込む。

俺は一体どんな表情をしているのだろう。

変な顔をしてたら嫌だと思ったので、俺は顔を覆うように手を当て、顔を背けた。隠すように覆った手が、火照った顔のせいで熱くなっていく。

なんか陽の後ろでは夏人と古月さんが目を逸らしながら、笑いを堪えてるのが見えててなんかムカつく。


「………」

静寂のひととき、それを最初に破ったのは陽だった。

「おっほ〜!、ありがとうございました。深冬ちゃま。誠に感謝の極み」

両手を前で合わせて、拝むような仕草をする。

しかも嬉しすぎて言葉遣いが可笑しくなバグってる始末だ。


「すみません、秋さん……大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫…」


これ、なんて罰ゲームですかね。

それを口に出して言うと、白神さんに誤解を与えかねないのでその言葉は飲み込み、心の中にしまっておいた。


・・・


–––––そして数時間後、

ようやく掃除も終わり、幽霊屋敷は見る影もなくなり、かつての面影を見せ始めた。その不名誉な異名もこれからの部活動で返上されていくことだろう。


「終わった〜!!」

「お疲れー」


各々が労いの言葉をかける。

時刻は午後7時を過ぎていた。

1階の部屋からだと外は見えないがとっくに日は沈み、暗くなっているに違いなかった。


「このあとどうする?どっか食べ、行くか?」

「せっかくだしこの新たな部室でコーヒーでも飲もうぜい!」

な、秋!と同意を求められる。


やれやれとため息を吐いた。

「調子いいな、おまえは…」


そう言いつつも、元喫茶店のこの場所で、カウンターに立ってコーヒーを淹れるという行為を案外楽しみにしている自分がいることを自覚していた。


そうすることで、俺の中に課せられたを、忘れられるかもしれないからだ。



–––––こうして喫茶研究部は、新しい部室を手に入れた。



–––––橡秋つるばみあきの心に鬱積を残して。

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