Episode.8

「ごめん!アオ」


 優音ゆうとは顔の前で両手をパンっと合わせて大げさに謝った。


<申し訳ありませんが、本日は臨時休業とさせていただきます>


 優音に誘われて来た喫茶店のドアには、大きな張り紙がされていた。


「臨時休業じゃ仕方ないよ。小花おばなのせいじゃないだろ」


「定休日じゃないから開いてると思ってたのに、今日に限って臨時休業か……チョコレートパフェ食いたかったのになー。アオにも食わせたかったのになー」


 がっくりと肩を落としている優音の背中を、蒼空はポンポンと叩いた。


「まあ、そういう事もあるよ」


「んじゃ、気を取り直して何か他のもん食いに行く?」


「立ち直るの早いなあ……」


 コロコロと表情が変わる優音の顔を見て、蒼空そらは笑ってしまった。


「何か食いたいもんある?アオの行きたいとこあったら行こうぜ」


「……ごめん。やっぱり今日はもう帰るよ」


「そっか……俺の方こそ、こんなとこまで連れて来ちゃって悪かったな」


「全然。家からもそんな遠くないし。誘ってくれてありがと」


「また今度、絶対来ような。約束」


「分かった。楽しみにしてる」


「じゃあ俺、予約してるゲーム取りに行くわ。また来週な、アオ」


「うん、また。ばいばい」


「ばいばーい」


 優音がすぐ側の角を曲がるまで見送ると、蒼空も家への道を歩き出した。


 さっきの喫茶店をチラリと見る。


 きれいな花がたくさん飾られ、出窓が付いた、おしゃれな洋館風の店構え。


 蒼空はその喫茶店を知っていた。


 優音と一緒に向かう道の途中、もしかしたらと思っていたらやっぱりそうだった。


 この道を通るのは三年ぶりか。


 あれは、蒼空が中学一年生の頃だった。


 日曜日の午後、友達と遊びに行った帰りに本屋に寄ろうと思い、自転車でこの道を通った。


 喫茶店の前を通り過ぎる時、蒼空は思わず自転車のブレーキをかけた。


 窓側の席に、颯汰そうたが座っているのを見つけたからだ。


 同じテーブル、颯汰の向かいの席に座っていたのは、髪の長い、見た事も無い女性だった。


 二人は一緒にコーヒーを飲みながら、楽しそうに話し、笑い合っている。


 颯汰は、とても優しい笑顔をその女性に向けていた。


「……!」


 蒼空は自転車の向きを変えると、思いっきりペダルを漕ぎ、全速力で元来た道を引き返した。


 家に着くと、玄関に荷物を放り出して階段を駆け上がり、そのままベッドに倒れ込む。


 胸の奥から得体の知れない感情がどんどん湧き上がってきて、どうしていいか分からなかった。


 苦しい。


 こんな事は初めてだった。


 あの女性は誰だろうか?


 もしかしたら、颯汰の恋人だろうか?


 颯汰はあの人と、キスをしているんだろうか?


 いろんな想像が頭の中を駆け巡り、思考がぐちゃぐちゃになった。


 胸が焼ける様に痛い。


 まるで鋭い何かに胸をえぐられる様な感覚を覚え、蒼空はベッドの上で悶え苦しんだ。


 その時、蒼空はようやく知った。


 ずっと颯汰に対して抱いていた、形容しがたい気持ちの正体を。


 あるいは、心のどこかでもう一人の自分がどうしても認めなかったのか。


 でも、もう気付かなかった事には出来そうにない。


 父親としての“好き”とは違う。


 蒼空は、颯汰に恋をしていた。

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星空のサーチライト 安住 爽 @azumisou

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